奇妙な遺体
病院から出ると、町の中は化け物が現れたという事で大騒ぎになっていた。中にはその騒ぎを一目見ようと駆けつけてきた野次馬や、急いで遠くへと避難する人たちも途中で見かけた。監察医に会ったら、あの遺体について聞くのと同時に病院での騒ぎを鎮めたという事も伝えないとな。
「あっ、いたわ!あの人が監察医よ。見える?」
フリントが指差した方を見ると、緑色のガウンを着て眼鏡を掛けた一人の男性が立っていた。昔、母さんが見ていたドラマでああいう服を着てた人を見た事がある。あの人が監察医か。
監察医はこの騒ぎで落ち着かないからか、挙動不審になっている。遺体の事について聞く前に、まずは彼を落ち着かせないと。俺たちは監察医に近づいて声をかけた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「ん、君たちは…?こんな時に何の用だ?」
「俺たち、さっき病院から出てきた人からあそこに化け物が現れたという話を聞いて駆けつけに来たんです」
「駆けつけに来た…むむっ、その恰好から察するに君たちは冒険者か?」
「そうです。それで、その化け物の事ですけど…さっき俺たちが食い止めてきました」
監察医は今の俺の発言を聞いて、驚きの表情を見せた。
「なんと…!その言葉は嘘ではないな?」
「はい、本当です。これでもう病院や町にいる人たちが襲われる心配は無くなりましたよ」
「そうか…。まさか君たちが止めてきてくれるなんて思ってもいなかったよ。何はともあれありがとう。早速この事を町の人たちに伝えねば!」
監察医は俺たちに感謝し、向こうへと走っていく。――ああっ、待ってくれ。俺はあなたに一つだけ聞きたい事があるんだ…。俺はそう言おうとしたが、監察医はとっくに俺たちのいる場所から離れていたので言おうにも言えなかった。
「…どうする、皆?あの人に遺体の事について聞けなかったけど」
「しょうがないわ。今はそれについて聞くよりも、町の人たちを落ち着かせる方が大事よ。この事態が落ち着いたら、またあの人に会いに行きましょ」
「そうだな…。そうするよ」
俺たちはクリムの案に賛成し、この事態が完全に落ち着くまでしばらく待つ事になった。その間に俺たちは休憩を取る事にした。この町は今大騒ぎで休める場所は無さそうだし、ここはワープを使って一旦トレラントに帰った方が良さそうだな。
「じゃあ皆、一旦トレラントへ戻ろうよ。ここは今、騒ぎで休めそうにもないし」
「うーん、そうね。あんたの案に賛成するわ。皆、ナオトの両手を掴んで。トレラントまで戻るわよ」
皆は俺の両腕をしっかりと掴む。準備は整ったので、早速ワープを唱えよう――とした、その時だった。
「…あれ?」
ふと、後ろに何かの気配を感じ取った。後ろを振り向くと、建物の後ろに人が隠れているのが見える。姿はハッキリと見えないが全身黒い服を着ているのだけは分かった。誰だろう?うーん、気になる…。
「どうしたのナオト?早くワープを唱えなさいよ」
「あ、ああ。ごめん」
俺はクリムの声を聞き、慌ててワープを唱えた。しょうがない、気になるけどここは我慢するか…。いずれどこかで会う機会があるかもしれないしな。俺たちは一斉にトレラントへと戻り、各自休憩を取った。
――それから翌日、俺たちは再びハーシュへと向かった。昨日はあれだけ大騒ぎしていたにも関わらず、町はすっかり落ち着いていた。思ったよりも収束は早かったな。
俺たちは監察医に会いに病院へと向かう。昨日の騒ぎで病院が休みだったらどうしよう…と密かに思っていたが、そんな事はなく普通に営業していた。どうやらここも既に落ち着いていたようだ。
俺たちは早速建物の中に入り、受付の人に声をかけた。
「あの、すいません」
「はい。…あら、貴方達は昨日私たちを助けてくれた人ですか?」
「そうです。今日はこの病院にいる監察医に会いに来ました」
「やはり貴方達だったのですね。昨日は助けていただきありがとうございました。…あ、監察医ですね。今からお呼びいたしますのでしばらくお待ちください」
受付の人はそう言うと、彼を探しに向こうへと走っていく。数分後、受付の人は一人の男性を連れてここへ戻ってきた。昨日俺たちが出会った、あの眼鏡を掛けた男性だ。
「やあ、私に何の用…おや、君たちは」
監察医は俺たちの方を見て反応をする。昨日出会った事を覚えていてくれたようだ。
「俺たちの事覚えてますか?昨日会ったんですけど」
「ああ、しっかりと覚えてるよ。昨日、この病院であの動き出した遺体を止めてくれた冒険者たちだね。今日は何の用だね?」
「覚えていてくれたんですね!えっと、今日は先日の件について詳しく聞きたい事があるんです」
「先日の件、か。…ああ、構わないよ。今は時間が余ってるからね。話なら私の部屋でゆっくり聞かせて貰おう。ついてきてくれ」
俺たちは監察医についていき、彼の部屋へと案内された。部屋の大きさは広すぎず狭すぎずといった所で、大勢の人が一斉に部屋に入っても特に窮屈とは感じない。
部屋の中は薬品の匂いで漂っている。…俺はそれを嗅いで、何故か懐かしいという気持ちになった。
「――さて、君たちが私に話したい事というのは何かね?」
監察医は椅子に座って俺たちに話しかける。俺たちは昨日遭遇した、動き出す遺体の事について彼に聞いた。
「あの遺体の事か…。分かった、君たちには全てを話そう。まず、あの遺体は一昨日にここへ移送された物だ。彼はウェスターンという国にある城下町からはるばるやって来た兵士らしい」
俺は監察医の話を聞いてピンときた。…まさか、その人って以前俺たちが探していた偵察兵の事か?
「クリムさん、その兵士って人はもしかして…」
「間違いないわ。あたしたちが探していた偵察兵よ」
他の皆も、俺と同じ事を考えていたようだ。
「ん?君たちは彼の事について知ってるのかい?」
「ああ、はい。俺たちはそこの城下町に住む王女様から、一向に帰ってこない偵察兵を探しに行ってと頼まれてここまで来たんです」
「なんと…!君たちはその王女様と知り合いだったのか!?」
監察医は俺たちがベアトリスと知り合いだったと聞いてとても驚いていた。当然の反応だろう、まさか俺たちのような庶民が偉い人と付き合いがあるなんて思ってもいないだろうし。
「…ごほん、失礼。君たちがそうだと知ってうっかり取り乱してしまったよ。それで私はその兵士を解剖する事になったのだが、途中で彼の身体に奇妙な物が付着していたんだ」
奇妙な物?それって一体なんだろう…。俺は喉をゴクリと鳴らし、監察医の次の言葉を待つ。
「――その奇妙な物というのは、紫の色をした液体のような物だ」
紫の色をした液体…?ちょっと待って、それって俺が身体を乗っ取られた兵士を倒した時に出た奴と同じ物じゃないのか?でも、そうだとしたら変だ。その液体のような物は彼の身体を解剖する際に見つけたんだから、とっくにそれが取り除かれたとしてもおかしくはないのに…。
ここに来て訳が分からなくなってきた。…とりあえず、今は監察医の話を最後まで聞こう。