不規則な存在、イレギュラー
シャルルは俺たちに、例の魔物の事についてゆっくりと話し始めた。
「私たちが魔物を倒した後…実は、兵士の一人が魔物を密かに一匹捕獲していたんだ。学者を呼んでそいつの生態を研究させるよう、予め一匹だけ倒さないようにしたらしい」
なるほど。確かに、その魔物について深く調べれば何か手掛かりを掴めるかもしれない。良い判断だ。
「それで、良い結果は出たのか?」
「それなんだけど…。残念ながら、あまり詳しい解明はされなかったんだ」
そうなのか…。俺はがっくりと肩を落とした。
「あ、あの…シャルルさん?『あまり詳しい解明はされなかった』って事は、少しでも分かった部分はあるんですよね?」
俺が落ち込んでいると、ナラがシャルルにその質問をした。…確かに彼女の言う通り、全く分からなかったとは言ってないから少しでも解明された部分はあるかもしれない。今は少しだけでも、あいつ等に関する情報が欲しい。俺はそれに期待しながら引き続きシャルルの話を聞く事にした。
「ああ、少しだけではあるが解明された部分もあるよ。まず、あいつ等は本来ならばこの世界のどこにも存在しないはずの新種の魔物だという事だ」
「新種の魔物…か。やはり、前に本で調べた通りだったな」
シャルルの話を聞き、アルベルトがそう言った。やはりあの黒い魔物は最近になって急に現れたらしい…。そこまでは分かった。肝心なのはそいつ等はどこからやって来たのかという事だ。
「シャルル、そいつ等は普段どこで生息しているのか分かるか?」
「いや、そこまでは分かってないんだ。何せあいつ等は前触れもなく、そして予測のつかない場所で突然現れる事が多い。…まるで、最初から私たち人間を待ち伏せしていたかのようにね」
突然地面から現れる、か。…そういや、俺が初めてその魔物に遭遇した時もそんな感じだったな。
「それと、もう一つ解明された事がある。偵察兵からの情報によると、どうやらあの魔物はここウェスターンに限らず他の地方にも出没が確認されているようだ。君たちもそいつ等に一度会っただろう?」
「…うん、会った!ナオちゃんと一緒に森から出ようとしたらいきなり地面から出てきたんだよ!あたし、ビックリしちゃった」
「私も森の中で修行をしていたら、そいつ等と遭遇したわ」
魔物の出没する場所は俺たちの住んでるイースタン、ウェスターンだけではないらしい。という事は南と北の地方にもいるという訳か…。あそこにいる人たちは大丈夫だろうか。ここみたいに暴れまわったせいで犠牲者が出ていなければいいけど。
しかしそうなると、しばらく自分の町すら安心して歩けなさそうだな…。不安だ。
「他に何か分かった事はない?あいつ等は何故、俺たち人間を襲おうとしているとかさ」
「…残念だが、現時点で解明出来たのはそれだけだ。一応、学者から今後も魔物についての研究は続けるとの報告はあったけどね」
そっか…。ここは学者たちの頑張りに期待するしかなさそうだな。
「ねえシャルル?そう言えばあの魔物に学名が付いたんじゃなかったかしら?確か名前は『イレギュラー』だったわよね」
「ああ、それを言うのをすっかり忘れてたよ。…皆、いま姫が言ってたように私たちはあの魔物を不規則な存在、『イレギュラー』と呼ぶ事にしたんだ」
イレギュラー…不規則な存在。今後は俺たちもその名前で呼んだ方が良さそうだ。名前がないよりはずっとマシだろうし。
とにかく、今後俺たちが活動する際にはそのイレギュラーって奴も途中で倒さなければならないようだ。そうしなければ自分達の命も危ないし、罪のない一般人まで犠牲になってしまう。俺たちに出来る事は何かあるだろうか…。その事について彼に聞いてみた。
「なあシャルル、何か俺たちに出来る事ってあるか?俺たちは少しでもあなたたちの力になりたいんだ」
「君たちに出来る事?ふーむ、その気持ちだけでもありがたいけど特にそういうのは…」
「――あるわ、あるわよ!シャルル、この人たちなら頼める事が一つだけあるわ!」
シャルルが喋っている途中、ベアトリスが会話に割り込んできた。どうやら俺たちに頼みたい事があるようだ。
「な、なんだ姫?ナオト達に頼める事が何かあるのか?」
「偵察兵の事よ!ほら、そのイレギュラーって魔物の出没地点を探す為に各地へ派遣させたでしょ?それで三人の兵は無事にお城へ戻ってきたけど、北の地方、ノーヅァンに行ってた兵だけ未だに戻ってこないじゃない」
ノーヅァンに行ってた兵だけ未だに戻ってこない…。それは興味深いな。何かあったのだろうか?
「そう言えば…確かにその兵だけまだこちらに戻って来ていないな。でも、その件はナオト達には関係のない事ではないのか?」
「確かに、関係のない事かもしれないけれど…。でも私、気になるの。どうしてノーヅァンに行って調査させた兵だけ戻ってきていないのかって。…貴方達、確か冒険者ギルドって所で働いているのよね?だったら私のお願い、聞いて貰えるかしら?」
…つまり、俺たちにそのノーヅァンで消息を絶った兵を探しに行って来て欲しいって事だな?危険な依頼になりそうだが、ここで断る訳にはいかないだろう。何たってこのお城に住むお姫様からの頼み事なんだ。ここで逃げるようでは冒険者としての、そして男としてのプライドが傷つくに決まってる。
「姫、いきなり何を――」
「分かりました。俺たちがノーヅァンに行って、偵察兵を探しに行ってきます。…皆、賛成してくれるよな?」
「…しょうがないわね。お姫様から頼まれた事を断るワケにはいかないし、あたしも一緒についていくわ。皆もいいわね?」
クリムの発言を聞き、皆は一斉に頷く。それを見ていたベアトリスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。姫の期待に応えるよう、しっかり頑張らないと。
「ありがとう、私のお願いを聞いてくれて!あいつ等を倒せた貴方達なら、どんなのが来ても乗り越えられるって信じてるわ!」
「…すまないね、姫のわがままを素直に聞いてくれて…。姫はいつも勝手な事を言って私たちを困らせてくるんだ」
「ううん、いいんだ。困っている人たちのお願いを聞いて、それを叶えるのが俺たち冒険者のポリシーって奴だからな。…そうだろ、ナラ?」
「はい、ナオトさんの言う通りです♪」
「君たちには感謝しているよ。…さて、そろそろ私からの話はこれでおしまいだ」
シャルルの話が終わったので、俺たちはさっさと部屋から出る事にした。ベアトリスは俺たちともっと話がしたかったらしく名残惜しそうだったが、この後は町の復興に向けてたくさんの仕事をしなければならないというシャルルの話を聞いて納得してくれたようだ。
…俺たちも家に帰ったら、すぐ支度を済ませてノーヅァンへと向かわねば。