ようこそ異世界へ
扉の向こうで俺を待っていたのは、見渡す限りどこまでも続く大草原だった。雲一つない青空で、心地よい風が吹いているのが分かる。後ろを振り返ると、大きな木が俺を出迎えてくれたかのようにそびえ立っていた。
どうやらここが、ロゴスの言っていた別世界のようだ。
「うわぁ…」
俺はその綺麗な光景に思わず声が出た。俺がさっきまで住んでいた世界とは比べ物にはならないくらい、とまでは行かなくても十分綺麗な場所だ。
今日から俺は、ここで二度目の人生を送る事になる。果たしてどんな出会いが俺を待っているんだろうか。
(とりあえず、まずはどこへ行こうか。近くに町でもあればいいんだけど…)
この世界に来てまず最初にやるべき事は、町を探す事だ。そこへ行けば後は何とかなるだろう、と俺は軽い気持ちで思いながら道に沿って歩き出した。
歩いてどれくらい経っただろうか、歩いても歩いても一向に町が見えてこない。ただのどかな草原が広がっているだけだ。代わり映えのない道をずっと歩いてるからだんだんと疲れてきた。
仕方ない、ここは一旦どっかで休憩を取ろう。俺がそう思ったその時だった。
「ん?」
突然、近くにあった草むらからガサガサと音が聞こえてきた。そこに誰かいるのだろうか?と思いしばらく待っていると、草むらから何かが勢いよく飛び出して来た。
「な、何だ!?」
俺は草むらから飛び出して来た何かを見てみる。そして、俺はその正体に思わず背筋がゾクッとなってしまった。
長く鋭い牙に、不気味に光る眼。俺の目の前に、狼に似た凶暴な生き物が現れたのだ。
狼に似た生き物は低く唸りながら俺の事をじっと見ている。それを見て、俺は腰を抜かしそうになった。…間違いなく、こいつは俺の事を獲物だと認識している。
冗談じゃない、あいつに食われるのだけはごめんだ!俺は急いであいつから逃げる事にした。
俺はあいつから逃げてる途中、自分の体に違和感を感じていた。こんなに必死になって走ってるにも関わらず、息切れが全く起こらないのだ。これは恐らく、ロゴスから貰った能力の影響なのだろうか。
とにかく、このまま逃げ回っていればそのうちあいつから逃げきれるはず…!
「うわっ!」
しかし、俺は運悪く足を滑らせて転んでしまった。くそっ、こんな時に何をやっているんだよ俺の馬鹿!
後ろを振り返ると、さっきの狼がこっちに向かって走って来るのが見えた。俺は急いで立ち上がろうとしたものの、片足に痛みが走って思うように動けない。
(まずい、このままではあいつに食われてしまう…!)
逃げようにも、足が動かないから歩く事すら出来ない。しかもだだっ広い草原だから、誰かが俺を咄嗟に助けてくれる確率はほぼゼロに近い。間違いなく「詰み」だ。
俺は、別世界に蘇ったばかりだというのにここでまた死んでしまうのか?そんなのは絶対に嫌だ、死にたくない!
狼は俺に向かって勢いよく飛び掛かる。俺は無意識になって片手を前に出した。――と、その時だった。
ドォォォォォン!!!
(!?)
突然、俺の片手から巨大なエネルギーのような物が狼に向かって放たれた。そのエネルギーのような物は狼に直撃し、爆発する。
それを食らった狼は、爆発の衝撃ではるか遠くへと吹っ飛んでいった。
(な、なんだぁ!?俺の片手から何かが!)
俺は何が起こったのか分からないままただ茫然としていた。まさか自分の手からあんな物騒な物が放出されるなんて思ってもいなかったのだから…。
でも、とにかく俺は助かったようだ。今はあいつを撃退した事を素直に喜ぶべきだろう。多分。
俺は大の字になってその場に倒れた。
「はぁ、それにしてもこれからどうすればいいんだ」
狼を撃退したのはいいものの、今は足を怪我してしまい動けない状態だ。こんな場所で人が来るとは思えないし、俺はこれからどうすればいいんだ。自力で何とかするしかないんだろうか…。
俺はそんな事を思いながら空を見ていた。綺麗な青空だなー。
「――ねえ、今この辺で爆発が起こってたわよね?」
「はい。それに、何かが遠くへ飛んでいったような気がします」
「もしかしたらあたしたちが倒し損ねたファングの一匹じゃない?…あ!見てナラ、あっちに誰か倒れてるわ」
向こうから誰かの声が聞こえてきたような気がした。これは幻聴か?それとも実際に誰かがここにいるのか?
俺はそれを確かめる為にゆっくりと起き上がる。すると、俺の前に二人の女の子がいた。一人が赤髪のツインテールで、もう一人が金髪のショートヘアが特徴的な子だ。
二人の女の子は俺がいる場所まで駆け寄ってきた。
「ちょっとあんた、そこで倒れていたけど大丈夫?」
「え?あ、ああ」
赤髪の子は俺に手を差し伸べてくる。俺はその子の手を掴んで立ち上がろうとしたが、片足を痛めてるせいでまたその場にへたり込んでしまう。
「あの、怪我でもしているんですか?」
「大丈夫だよ。これくらい、何てことないさ」
「強がっても駄目よ。ほら、あたしが治してあげるから」
赤髪の子はそう言うと、俺の怪我している方の足に手を触れた。…女の子に触られるのって今までの人生であまりなかったから、ちょっとだけドキドキするな。
「さ、これでもう足を動かせるはずよ。立ち上がってみて」
俺はその子の言われた通りにしてゆっくりと立ち上がった。すると、さっきまでの痛みがすっかりなくなっており普通に足を動かせるようになったのだ。
これは凄い。でも、どうやって俺の足を治したんだろう?
「なあ、今どうやって俺の足を治したんだ?」
「何って、ただあんたにヒーリングをかけただけよ」
「ヒーリング?」
「あんたヒーリングも知らないの?あたしのような魔術師が使う回復魔法の中でも基本中の基本よ」
ま、魔法だって!?そう言えばさっきロゴスがこの世界は剣と魔法を使うのがポピュラーだとか言ってたけど、まさかこんなにも早く魔法を拝める事が出来るなんて。凄い、凄すぎる!
「おおっ!もしかして、今のが魔法なのか!?すっげぇ!」
「「え、ええっ?」」
俺は思わず大きな声を上げてしまった。その一方で、二人は引き気味だったが。
「あんた、魔法を初めてみたような反応だったけど…。どこの国から来たのよ?」
赤髪の子は俺にそう聞いてくる。まずいな、どうやって答えた方がいいんだ?正直に「別の世界から来ました!」とか言ってしまうと、逆に怪しまれるだろうし。
…ここは適当に誤魔化しておくか。今はそうするしかない。
「俺、ここからずっと北の国から来たんだ」
「北の国って…。あんた、ノーヅァンって国から来たのね?」
「ノーヅァン?…ああ、そう。それそれ」
「はあ、あんた自分の国の名前すら忘れてたの?変わった奴ねー」
悪かったな、俺が変わった奴で。正直に言えない状況なんだからさ…。それにしても、ノーヅァンってどんな国なんだろう。気になる事が色々と多すぎる。
「とりあえず、ここでゆっくりとお話でもしませんか?あなたの事について色々と知りたいから…。いいですよね、クリムさん?」
「分かったわ。まだ時間もあるしね。いいわね、そこのあんた?」
「あ、ああ。分かったよ」
俺はここで、二人とゆっくり話をする事にした。さて、どっから話をするべきか…。