人間の底力
あたし達はフリント姉ちゃんとアルベルト兄ちゃん、そしてシャルル王子様と一緒にたくさんのイレギュラーと戦っていた。みんなはそれぞれの武器を使ってイレギュラーを次々と倒していく。
あたしはクロスボウを武器にしているので、あまり前には出ずみんなをサポートする形でイレギュラーを撃っていく。数は多いけど、みんなが一緒にいるおかげで怖がらずに戦う事が出来た。
「――ミントちゃん!そっちはどう!?」
「こっちはもう大丈夫だよ――って、わわっ!」
あたしの近くにいたイレギュラーを全部倒して安心していたところに、横から別のイレギュラーが襲い掛かってくる。
「うおっ、あぶねぇぞミント!」
だけど、それに気づいたアルベルト兄ちゃんがすぐに駆けつけ助けてくれた。
「おらあっ!――っと、大丈夫か?ミント」
「う、うん!ありがとう、アルベルト兄ちゃん」
「ったく、こんな時だってのに油断すんなよな。ま、何ともないようだからよかったけどよ」
「あはは…。ごめんなさい」
あたしはすっかり油断してた。まだまだみんなと同じように戦えないなぁ…。この戦いが終わったらもっと修行しなくっちゃ。
「どうやら、今ので打ち止めのようだ」
王子様が駆け寄りながらそう言ってくる。周りを見回したけど、次のイレギュラーが現れる気配はまったくない。王子様の言う通り今ので最後なのかな?
「どうやらそうみたいね。元凶は残っているけど、まずは一安心って所かしら?」
「ああ、そうだな。皆、よく頑張ってくれた。礼を言わせて貰おう」
「礼を言うのはこっちの方だぜ。あんたが来なかったらナラも無事じゃ済まなかったし、あの大群を全部倒す前に俺たちが力尽きてたかもしれないからな」
「そうね。流石の私たちもあんなたくさんの敵を相手にするのはキツイと感じてたから…。ありがとう、王子様」
「どう致しまして」
二人が言った通り、あの時に王子様が来なかったら大変な事になってたかもしれない。改めて王子様に感謝しないとね。
「さーて、後はあのロレンツォをぶっ倒すだけだな。俺たちはこのままあいつと決着をつけに行くけど、王子はどうするんだ?」
「私も君たちと共に行きたい所だが…。残念ながら今は無理だ。負傷した部下たちのケアを優先させたいから」
「そっか…。ま、それならしょうがねえよな」
この戦いで怪我をしたり、イレギュラーにやられてしまった兵士の数は少なくない。その人達を放っておいて戦いに行くのは許せないという事なのかな。
こういう時、回復魔法を使えるクリム姉ちゃんやナオちゃんがいてくれたらいいんだけどな…。
「では、君たちとはここで一旦お別れだ。健闘を祈る」
「ええ。王子様も気を付けてね」
とにかく、あたし達は王子様と別れナオちゃんたちのいる所へ向かう事にした。
「うっし、じゃあ早くあいつ等のいる所へ向かおうぜ――っておい、なんだありゃ!?」
「え?どうしたの、アルベルト兄ちゃん?」
「お、おい…!空を見て見ろよ!」
アルベルト兄ちゃんは空を指差しながら言った。あたし達も空を見上げると、なんとさっきまで真っ白だったはずの空が紫色になっている。な、なんなの?これ…!
「そ、空が暗くなってる…!一体何が起きてるの!?」
「んなの俺にも分からねえよ!まさかこれもあいつの仕業だってのか!?」
二人は紫色になった空を見て驚いていた。あたしはこの光景が信じられず、その場にへたり込んでしまう。
「お、おい!ミント、大丈夫か?」
心配したアルベルト兄ちゃんがあたしに近づき、声をかけてくる。
「だ、大丈夫じゃないかも…」
「…無理もないわね。突然、空があんなに暗くなるんだもの。私たちだって怖いと感じているわ」
「ね、姉ちゃんたちも怖いって思ってるの?」
「当然だろ?冒険者といえど、俺らもただの人間だからさ。怖いもんはいくらでもあるぜ。…でもよ、だからといってここで何もしないでいるのは冒険者として失格だ。どんな恐怖でも乗り越えてみせるのが俺たちの役目ってもんだからな」
「アルベルト君の言う通りよ。ミントちゃんは強い冒険者になるって決めたんでしょ?だったらここは勇気を出さなくちゃ、ね?」
「…」
二人の言葉を聞いて、あたしはハッとなった。どんな怖いものでも、それを乗り越えるのが冒険者としての役目。…うん、そうだよね。ここで逃げ出したりなんかしたら今までの頑張りが無駄になっちゃうもん。
怖いけど、ここは勇気を出さなくちゃ!
「…うん、分かったよ。あたし、勇気を出して頑張ってみる!」
「その意気よ、ミントちゃん!じゃ、早く皆のいる所へ行きましょ!」
――ドォォォォォン…!!!
爆音と共に、周囲は大きな砲煙に包まれる。…くっ、なんて爆発の威力なんだ。俺が『バースト』を使った時とほぼ同じくらいの強さだぞ。
それにしても、クリムが使った『エクスプロージョン』とかいう魔法…。あんなのがあるなんて全然知らなかったな。俺が見逃しているだけで、前にクリムから借りた本にしっかり載っていたのかもしれないが。もし俺があの魔法を唱えたら一体どうなるんだ?
…と、関心している場合じゃない。今は爆発の中心地にいる二人がどうなったのかが気になるな。イレギュラーになった神父はともかく、クリムが心配だ。
「お、お二人は一体どうなったんでしょう…!?」
「この煙が消えれば分かるはずだ。――あ、あれはっ!?」
徐々に煙が消えていくと、そこにはうつ伏せに倒れているクリムの姿があった。
「ク、クリムさーんっ!!」
俺とナラは急いで倒れているクリムの元へ駆けつける。
「クリム、しっかりしろ!」
「目を覚ましてください、クリムさんっ!」
俺たちが声をかけるも、クリムからの返事はない。さっきの魔法の反動で力尽きてしまったんだろうか…。
「ナラ、クリムは大丈夫なのか…?」
「ちょっと待ってください!…ナオトさん、大丈夫です!まだ息はしています!」
ナラがクリムの体を起こすとそう言った。よかった、まだ大丈夫みたいだ。今のうちに『ヒーリング』を使って回復させておこう。
…よし、治した。あとは時間が経てば目を覚ますだろう。
『ふふふ…。流石の私も少しは驚きましたよ。ただの人間に過ぎないあのお嬢さんが、あれ程までの威力を持つ魔法を放ったのにはね』
後ろから神父の声が聞こえた。俺たちはすぐに振り返ると、さっきと変わらない様子で神父が佇んでいる。あれだけのバカでかい爆発に巻き込まれてビクともしないとは。分かっていた事だが、やはりイレギュラーと化したロレンツォは只者じゃない…!
『しかし、やはり所詮はただの人間。あの程度の魔法で私を倒そうと思っていたのかもしれませんが、実に浅はかな考えでしたね』
「神父さん!?あなたはクリムさんの言っていた、人間の底力という物を否定するんですか!?」
『当然です。私は貴方達のような愚かな人間に情けをかけるつもりはありませんので』
「し、神父さんっ…!!」
今のロレンツォの発言を聞き、ナラは震えた声でそう言った。普段の穏やかな性格の彼女から想像できない怒りを込めた声だ。
「神父さんがそう言うのであれば、私もあなたに情けは一切かけません…!全力であなたを倒しますっ!!」
ナラは全速力で神父のいる所へ走り、大剣を勢いよく振り上げる。
『怒りで私に攻撃しようとするのですか?それも浅はかな考えです…!』
「黙ってください!あなただけは絶対に許せませんっ!」
ナラは激しい怒りをあらわにし、神父に攻撃をする。だが彼女の攻撃は無情にも神父に届かず、奴の持ってる剣で防がれてしまっていた。
『今の貴方の攻撃は単調すぎる。冷静さを失っている証拠ですね』
「はぁ、はぁ…!あなただけは、絶対に許せません…!」
神父の言う通り、今のナラは怒りに身を任せて攻撃している。だから同じ攻撃しかしていない。これはマズいぞ…!俺も加勢しなきゃ!
「ナラ、俺も手伝う!」
俺は『神の力』で時を止め、急いで神父のいる所へ走った。いくらイレギュラーに進化した神父でも、この力には対応できないはず…!
『――フジサキナオト。愚かな…!』
「!?」
だが突然、止まった時間の中で神父の嘲笑う声が響き渡る。それと同時に奴が動き出し、剣で俺に攻撃をしてきた。
「うあっ!!」
俺はあまりの出来事に対応できず、神父の攻撃をもろに食らい吹っ飛ばされてしまった。…そ、そんな馬鹿な。あいつは止まった時間の中でも自由に動けるっていうのか…!?
「ナ、ナオトさんっ!?大丈夫ですか!?」
『余所見をしている暇はありませんよ、お嬢さん…!』
「あっ!?し、しまっ――!」
ナラが俺に気を取られている間に、神父は彼女に向けて剣を振り上げる。ナラは咄嗟に大剣を振り神父の攻撃を防いだ。
『ほう、攻撃を防ぎましたか。ですが…』
「さっきの手は二度と食らいませんっ!」
神父は次々と剣で攻撃するが、ナラはそれを全て大剣で防いでいく。遠くからでも分かる程、凄い気迫だ…!ナラは何が何でもあいつを倒そうとする気満々のようだ。
「はっ!やあっ!てやあっ!」
『私の攻撃を防ぐとは、貴方はこの短時間で成長してきているようだ。…だが、人間という物には限界があります。そろそろ疲れが来ていませんか?』
「ま…まだこれくらい平気です!私、あなたを倒すまでは絶対に諦めません…からぁ!」
奴の言う通り、ナラから明らかに疲れが見えてきている。このままだとナラが力尽きるのも時間の問題だ。助けに行かないと――!
「こ…来ないでください、ナオトさんっ!!」
「えっ!?」
助けに行こうとした瞬間、ナラが俺の事を止めてくる。な、何言ってんだよ…!?俺は君の事が心配だから助けようとしているのに!
「今は…今は、私一人であの人と戦いたいんです!」
「無茶言うなよ、ナラ!このままだとクリムみたいにやられてしまうぞ!それに君は前から『困ったときはお互いに助け合う』って散々言ってたじゃないか!」
「ごめんなさい、ナオトさん!今回だけはその決まり事を破らせてもらいます!」
ど、どうしてそこまでして一人で戦おうとするんだ?意味が分からない…!
「…私が一人で戦いたいのは、神父さんに一つ知って貰いたい事があるからなんです。人間の力は、どんな物にも負けたりしないって事。どんなに絶望的な状況であろうと、私たち人間はそれを絶対に乗り越えられるって事!」
『愚かな事を…。人の力が私より上回っているとでも言いたいのですか?』
「その通りです!私たちの力を見下すようなあなたには絶対に負けません!例えあなたを物理的に倒すのは無理だったとしても、その心だけは打ち砕いてみせますっ!」
――人間の力は、『神の力』を持つ者より強い。同じ力を持っている俺からすれば耳の痛い言葉だ。
『心を打ち砕く、ですか?…面白い。では、どちらが先に打ち砕かれるか少し試してみましょうか!』
神父がそう言いながら剣を振った瞬間、ナラの大剣が遠くへ飛んでいってしまう。
『これで貴方は武器を失いました。貴方の負けですね』
「いえ、まだ終わりじゃないですっ!はあっ!!」
突然、ナラは神父の胴体をがっしりと捕まえる。…そうだ、ナラにはこの怪力が残っていた!
『ぬっ…!』
「例え私に武器なんかなくたって、これがあります…っ!クリムさんから馬鹿力と言われ続けていた、私自身の力がっ!」
ナラは神父の胴体を力強く締め上げていく。絶対に相手を倒そうとする、殺意に満ち溢れた物を俺は感じていた。それだけナラは本気なんだろう。
『まさか、それで私を締め上げるおつもりですか…?』
「は…いっ!私はあなたを倒す為なら、この力を出し惜しむつもりはありません…!どんな手を使ってでもあなたを止めて見せますっ!」
『ぐっ…!可憐な外見とは裏腹にやりますね…!』
少しずつではあるが、ロレンツォが苦しんでいるのが分かる。いいぞ、ナラ!
『ならば…逆に私が貴方を絞め殺してあげましょう!』
「うあっ!?いや…ああああっ!!」
だが神父もただではやられず、逆にナラを強く締め上げてきた。彼女の悲痛な叫びがこの雪原に響き渡る。今にもナラの方が握りつぶされそうな勢いだ。
『貴方がどんなに力が強かろうと、『神の力』を得た私には敵いません…!それを受け入れる事です!』
「ああっ…あき…らめま…せんっ!この体…が…ボロボロになって…も…!!あなたを…倒してみせま…すっ!!」
『…ナラさん。貴方は愚かを通り越して哀れな存在だ。今、楽にしてあげましょう…!』
神父がそう言った途端、自分の身体から激しい電撃が放出される。電撃はナラの体全体を包み込んでいく。
「いやあああああああっ!!!!」
電撃を食らい、血を吐くような絶叫をあげるナラ。思わず耳を塞ぎたくなるほどの壮絶な悲鳴だった。
やがて電撃攻撃が終わると、神父は両手をゆっくりと放す。電撃を食らい黒焦げになったナラはその場に崩れ落ちていく。
「ナ、ナラ…?嘘だろ?――ナラァァァァァッ!!」
俺は目の前で起きている光景が信じられず、彼女の名を叫ぶ。だがナラからの返事は来るはずもなかった――。