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『恐怖』を乗り越えろ

 俺は体を起こし、ナラのいる方を向く。彼女はさっきまで気を失っていたはずだが、どうやら俺が一人で戦っている間に目が覚めたみたいだ。


「ナオトさん…!お怪我はありませんか?」

「あ、ああ。割と平気だよ。それよりナラの方こそ大丈夫なのか?」

「はい、私ならもうすっかり元気になりましたよ。これもナオトさんのおかげです、ありがとうございますっ♪」


 ナラは嬉しそうな声で俺に礼を言う。礼なら、外へ落ちてくるナラをキャッチしたシャルルにも言って欲しいな。あの時に彼が来なかったら大変な事になっていただろうから…。


「ところで、ナラはどうしてここへ?」

「さっき私たちが外へ出た時に、向こうから大きな爆発がしたのを見たんです。私はクリムさんと一緒に爆発がした方へ向かったら、ちょうどナオトさんがイレギュラーと戦っているのを見て…」

「クリムと?クリムもここに来ているのか?」

「――ええ、いるわよ。ナオト」


 俺がナラにそう聞いた時、近くからクリムの声が聞こえてくる。声がした方を向くと、クリムがいつの間にか俺の近くに立っていた。


「クリム…」

「何とかアイツを倒せたようね。あたしのアシストが役に立ったみたいでよかったわ」

「アシスト?何の事だ?」

「ほら、さっきナオトさんがディーオと力の押し合いをしていたじゃないですか?その時にクリムさんが攻撃魔法を使って、それをディーオに当てたんです」

「そ。どんなに強い生物でも、攻撃が自分に当たれば一瞬だけ隙が出来る。それは奴であろうと例外じゃないハズ。あたしはそれに賭けて、ディーオに魔法をぶつけたってワケよ」


 そういう事だったのか…。さっきあいつの攻撃がわずかに弱まったのは、クリムが妨害したからなんだな。


「そうだったんだ。ありがとな、クリム。おかげで何とかあいつに勝つ事が出来たよ」

「礼ならいらないわ。あたしはただ『困った時はお互いに助け合う』という冒険者の掟に従っただけよ。…それから、もう一つ」


 クリムはそう言うと、俺の肩に触れて『ヒーリング』と唱える。俺の傷を治してくれたようだ。


「おかげでもうしばらくは戦えそうだよ。サンキュー、クリム」

「そいつはどうも。これでさっきの借りは返したわよ。ナオト」


 元気になった俺は立ち上がり、再びクリムにお礼を言う。さっきの借りというのは、俺がピンチに陥っていたクリムを咄嗟に助けた事だろう。


「…クリムさん、せっかくナオトさんがあなたを助けてくれたんですよ?ここは素直にありがとうって言った方が、ナオトさんも喜ぶと思います」

「馬鹿、何言ってんのよ。ナラ、あたしがアイツの事を完全に許したと思ってる?」

「はい、思ってますよ♪クリムさんはとっても優しい人だって私は分かってますから」

「あ、あんたねぇ…」


 ナラの正直な発言にクリムは戸惑いを見せている。何だかんだでクリムは俺の事を気にしてくれているので根は優しい子なんだと思う。もし本当に俺の事が嫌いになっていたら、完全に見捨てられていたかもしれないし。


「と、とにかくっ。ナオトがイレギュラーを倒した事だし、いよいよ残るはあの人のみね」

「はい、そうですね。もう一踏ん張りです」


 クリムが言うあの人――それは他の誰でもない、あの男だろう。


「…それって、ロレンツォ神父の事だよな?」

「ええ、そうよ。あたし達はもう一度彼に会って、この戦いを終わらせようと話をしたの。――結果はお察しの通りだけど」

「そうか…。やはり、あいつと戦うしかないんだな」

「はい。本当は戦いたくないのですが…。もう覚悟は出来ました」


 この戦いを終わらせる為には、奴と決着をつけるしかないらしい。――望むところだ、その為に俺はここへ来たんだから。


「お――い、ロレンツォ――!!隠れてないでさっさと出て来やがれ――っ!!」


 俺は大声を出し神父の名を叫ぶ。クリムとナラはいきなり俺が大きな声を上げたからかビクッとした仕草を見せた。


「ちょっ、ナオト!急に大きな声を出さないで頂戴…!みっともないわよ!」

「あ、あはは…。ごめんごめん」


 俺は頭を掻きながら謝る。我ながらちょっとだけ恥ずかしい事しちゃったかな――と思った、その時だった。


「――そんなに大きな声を出さなくとも、私は逃げる事は絶対にしませんよ。フジサキナオト」

「なっ…!?その声は!」


 俺は咄嗟に振り返ると、そこにはいつの間にかロレンツォ神父が佇んでいた。俺たちが戦っている間、ずっとどこかで見ていたのだろうか…?


「出たわね、神父さん…!約束通り来てくれたようね」

「ええ、勿論。私は自分で決めた約束を破るほど愚かではありませんからね。――それよりも、フジサキナオト」

「な、何だよ…?」

「貴方は私が用意したイレギュラー、ディーオを見事倒しましたね。まさか貴方が再び『神の力』を得られ、この地へ戻ってくるとは。私も少々貴方の事を見くびっていたようです。まずは貴方の検討を讃えるとしましょう。――おめでとうございます」


 神父は俺に拍手をしてくる。…本心で褒めているのかもしれないが、俺からすれば嫌味にしか見えない。あいつにはいい印象が全くと言っていいほどないからな。


「さて、貴方達は無事に試練を乗り越えここまで来る事が出来ました。その褒美として次はこの私が相手をしてあげましょう」


 神父は右腕を上げ、そこから邪悪な気を出しながら言う。――あれは、一度俺の力を破壊したもう一つの『神の力』。俺は思わず身震いした。


「ようやく、神父さん自ら戦いに参加するのね。みんな、さっさとあの人を倒してこの戦いを終わらせるわよ!」

「はいっ!ナオトさんも行けますよね?」

「…」

「ナ、ナオトさん?」


 俺はすぐに返事が出来なかった。…何故ならば、俺はあいつの力を見て怖くなったから。あれだけ覚悟を決めていたにも関わらず、だ。


「ふふふ…。フジサキナオト、貴方はこの私に怯えているようですね?」

「お、俺が怯えている…だと?」

「そうです。そして貴方はこう思っているでしょう、また私の手によって『神の力』が破壊されてしまうかもしれないと」

「――っ!」


 何も言えなかった。実際、俺が思っている事はたった今あいつが言ったのと同じだったからだ。下手したら、また『神の力』が使えなくなってしまうかもしれない。もしそうなってしまえば二度とチャンスはやってこないかもしれない――。そう考えるだけでも怖かった。


「――ナオト!あんた何黙って震えてんのよ!まさかあんた、ここに来て戦うのが怖くなったんじゃないでしょうね!?」

「ク、クリム…」

「そうですよ、ナオトさん!ナオトさんはどんな敵が相手でも怖がらずに戦ってきたじゃないですか!私たちはそんなあなたを見てきたからこそ、今日まで諦めずにここまで来れたんです!」

「…ナラの言う通りよ。今まであんたの無謀とも言えるやり方に散々振り回されてきたけど…。それでも、結果としてあたし達が生き残る事が出来たのも事実だわ」


 二人は恐怖に震える俺を励ます。俺のおかげで生き残る事が出来たという、その発言だけでも俺は安心した。

 だが、神父はそんな俺たちを嘲笑うようにこう言い放つ。


「彼を勇気づけようとしても無駄ですよ、お嬢さん方。フジサキナオトは既に私に対して恐怖と言う感情を抱いています。一度植え付けられた恐怖心を取り除くのは普通の人間であれば難しいこと。それは彼であろうと例外ではありません」

「確かにあなたの言う通りかもしれないわ。でも、その恐怖を乗り越えてこそ人は成長するのよ。特にあたし達冒険者にとってはね」

「冒険者…」

「そうよ、ナオト。あんたも冒険者の一人なら、いつまでも震えてないで覚悟を決めなさい。もしここで何もしなかったら――今度こそ、あたしはあんたの事を見捨てるつもりよ」


 俺が何もしなかったら、今度こそ俺は仲間に見捨てられる。そんなのは絶対に嫌だ。俺はもう誰かに嫌われたくない。俺は、今のクリムの言葉で目が覚めた。

 ――俺はなんて馬鹿なんだ。皆があれだけ必死になって戦っているのに、俺だけ何もせずにただ震えているなんて。そんなのは冒険者として、いや一人の男として情けないと思わないのか?

 恐怖を乗り越えろ、藤崎直人。男だったら勇気を出せ!勇気を出して、どんな強大な敵が来てもやっつけてみせろ!それが冒険者としての使命なんだ!


「心配する必要はありませんよ、フジサキナオト。貴方にはもう一度私の手によって『破壊』される運命にあるのですから。――それも今度は力だけではなく、貴方の命ごとね…!」


 そう言うと、神父は紫色の玉を俺に向けて投げ飛ばす。弾は俺の方へ真っ直ぐ突っ込んでくる。

 あれに当たれば俺はまた力を失ってしまうだろう。いや、それどころか奴の言う通り俺の命までも失ってしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ!


「――はあっ!」


 俺は剣を素早く振り、飛んでくる弾に当てた。弾は真っ二つに割れそのまま地面へと落ちていく。


「…ほう。今の弾を剣で斬るとは。流石に二度も同じ手は通用しないようですね」


 神父は今の俺の行動を見て感心したように言う。


「ですが、これはどうです!」


 だが神父は攻撃の手を緩めず、再び弾を飛ばしてきた。しかも今度は一発だけじゃなく何発も放ってくる。


「――ナオト、攻撃がたくさん来るわよ!」

「ああ、分かってる!」


 俺は神父の攻撃に臆せず、向かってくる弾を全て切断させる。剣での攻撃が通じると分かった今、俺の恐怖心は徐々に薄れていく。


「やるようですね…!しかし、この手なら!」


 神父はまた両手から弾を二つ飛ばしてくる。そんなもん、もはや今の俺には怖くなんかない――って!?


「あっ、弾がこっちに向かってきます…!」

「マズいわ、今からじゃ対応出来ない!」


 なんと二つの弾は、クリムとナラの方へ向かって飛んでいく。あいつ、俺じゃなくて仲間の方を狙っていたのか!?卑怯な手を使いやがって!

 俺は急いで二人のいる所へ向かおうと駆け寄る。しかし、俺より弾の方が速い。

 くっ…このままじゃ間に合わないぞ。こうなったら『神の力』に頼るしかない!頼む、俺に二人を助ける力を与えてくれ――!


(――っ!?こ、これは…!)


 心の中でそう叫んだ時、突然俺以外の動きが遅くなっていた。これはさっき、ディーオと戦ってた時に使った力と同じ物だ。どうやら時間が経過して再び使えるようになったらしい。


(よし、これなら行ける!)


 俺はこの絶好のチャンスを逃さず、二人のもとへ走る。俺は二人を庇うように前に立ち、向かってくる弾を両方とも剣で斬った。


「――はわわ、このままじゃ間に合いませ…えっ?」


 俺が二つの弾を剣で斬ったと同時に、世界の動きは元に戻る。クリムとナラは何が起きているのか理解していないようだ。当然だろう。


「な、何が起きたの?なんでナオトがあたしの前にいるワケ?」

「…『神の力』だよ」

「えっ?」

「この『神の力』で、俺以外の全ての物を遅くさせた。その隙に俺が弾を真っ二つにしたって事さ」


 俺はクリムとナラに、たった今自分が使った力を説明した。それでも二人は納得していない様子だったが。


「…これはこれは。私の攻撃を全て防ぐとは、前よりも成長しつつあるようですね」

「当たり前だ。正直、まだお前の事は怖いと思っているけど…。それでも俺は震えながらやられる訳には行かないんだ。ここで何もしなかったらあいつに合わせる顔もないしな」

「ナオト…。その様子だと目は覚めたみたいね」

「ああ、おかげさまでな。――さあ、俺たち三人であいつを止めるぞ!」

「はいっ!」


 俺たちはそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入る。ここで神父に勝てばイレギュラーとの戦いはひと段落するだろう。あと少しだ、全力で頑張らねば!


「…フジサキナオト。貴方は私に対する恐怖心を無くしたと思い込んでいるようですが…。それが貴方の思い込みであるという事を思い知らせてあげましょう」


 神父がそう言った途端、奴の身体から紫色の煙が現れる。あ、あれはまさか…!?

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