雪原の戦い
「ぬぐぐっ…くそっ、離しやがれ!」
――現在、俺は謎のイレギュラーに捕まってしまい身動きが取れない状態だ。イレギュラーは俺と共に外へ飛び、仲間のいる場所からどんどん離れていく。
俺は何とかしてこいつから逃れようと試みるも、奴の握力の方が強く殆ど腕を動かせない。なんてパワーだ、このまま握り潰されてもおかしくはないぞ。
「お…おい、お前!俺をどうするつもりだ!?」
『…お前がこの世界に存在するのは絶対に許してはならない!異世界から来た者よ、お前はこのディーオが殺す!あの小娘を殺すのはその後だ!!』
どうやらこのディーオと名乗るイレギュラーは、俺がこの世界にいる事を許せないと思ってるらしい。そんなの知った事か!
…それよりも、この身動きが取れない現状を何とか打開しないとマズいぞ。でもどうしたらいい?クリムはあいつに魔法は効かないとか言ってたけど…。ん、待てよ。奴に攻撃魔法が効かないなら、それ以外の魔法であれば何とかなるかも!
よーし、だったらこの魔法で――!
「『ワープ』!」
俺はワープを使い空間へと飛び、ディーオのがっしりとした両腕から抜け出す事に成功した。…ふぅ、きつかった。いくら『神の力』をその身に宿しているとはいえ、体を締め付けられるのはやっぱり嫌だな。
さて、ディーオの奴が映っている映像は…あった!あいつ、俺が急にいなくなったから驚いているみたいだぞ。
「――よし、今がチャンスだ!」
俺はこの機を逃さず、すぐにディーオのいる場所へ戻る。奴のいる場所に再び行くと、丁度俺はディーオの真上にいた。
『…ぬうっ!?そこにいたのか!』
「気づいた所で無駄だっ!――やあっ!!」
ディーオは俺の事に気づいたようだが、もう遅い。俺は剣を振りかざし、奴の体を狙って勢いよく振り下ろす。
――ズバァッ!!
斬撃音と共に、ディーオの体は一瞬にして真っ二つになる。
『…ぬっ、ぬううっ!?』
あまりにも一瞬の出来事だったからか、ディーオは自分の身に何が起きているのか理解出来ていないようだ。一振り終わった後、俺とディーオはそのまま地面に落ちていく。
…待て、こっから地面までかなりの高さがあるぞ!?俺高い所苦手なのに――!
「う、うわあああ――っ!」
俺は絶叫しながら地面に激突してしまう。――が、不思議と痛みは感じなかった。雪がクッション代わりになったのか、それとも『神の力』の影響なのか…?とにかく何ともなくて助かった。
立ち上がり周りを見回すと、そこは建物が一つも建っていない平原だった。どうやら、俺はあそこから遠くまで連れて行かれたらしい。仲間の救援はあまり期待しない方がいいだろう。
――それより、ディーオの奴は一体どこへ?
「あいつはどこへ行ったんだ?…ああっ!」
俺の目の前に、縦に真っ二つに割れたディーオの体がある事に気づく。普通の生き物であれば間違いなく即死だろう。だが、あいつはイレギュラー。そう簡単にやられるような相手ではない。すなわち…。
『…ぬうっ…』
普通に生きている、という事。以前に俺が戦ったイレギュラーもそうだが凄い生命力だ。やはり、完全に倒すには『バースト』で木っ端微塵にするしかないのか?
『…やはりお前は許してはならない存在だ…!ただの人間の子供が我に傷を付けるなど、本来ならばあり得ぬ事!』
ディーオは真っ二つにされた状態でも普通に喋れている。イレギュラーが異様な奴だというのは分かってはいるものの、不気味な光景だ。
だが、奴が動けない今がチャンス。このまま『バースト』で一気に倒してしまえば…!俺はすぐに剣を構え、魔法を唱える準備に入る。
『…我がこのままお前に倒されるとでも思っていたのか?我の力はまだこんな物ではないぞ…』
ディーオは不気味に笑った途端、真っ二つになった体が集まっていく。まさか、体を復元させるつもりか?そうなる前に仕留めてやる!
「『バースト』!!」
剣から放たれた火球がディーオへ一直線に向かい、奴に当たる直前で大爆発が起きる。相変わらず凄い火力だ…。もしかしたら、以前よりも力が増しているかもしれない。
(やったか…?)
俺は立ち上る煙を見ながら心の中で呟く。しかし油断は出来ない。以前俺がハーシュで戦ったイレギュラーのように、完全に倒せていない可能性が高いだろう。
何が起きてもいいように守る態勢に入らなければ――。
『…甘いぞ、小僧っ!』
俺の後ろからディーオの声がした。やはりあいつ、『バースト』を食らう寸前で復元完了したのか。
透かさず俺は後ろを振り向くと、ディーオは拳を振り上げ俺に殴りかかろうとする。
「そうはいくか、『バリア』!」
俺はすぐに『バリア』を唱えた事で、奴のパンチを防ぐ事に成功した。
『…ぬうっ、我の攻撃を直前で防ぐとは!だが今のはまぐれに過ぎん。我のスピードに追い付く人間は一人もいないのだ!』
そう言うと、ディーオは超高速で俺の周りをぐるぐると走ってくる。それはまるで光が走っているかのようで、俺の目では奴の動きを捉える事が出来ない。悔しいが、あいつの言った通り今の状態ではディーオのスピードに追い付く事が出来ない。さっきのように『ワープ』を使ったとしても、まともに攻撃を当てる事は至難の業だろう。
…だが、あくまで『今の状態』では無理だという話。『神の力』を持った俺ならば奴に追いつく事がもしかしたら可能かもしれない。――こうなったら、やってみせる!
(――時間よ、遅くなれ!)
俺は目を閉じ、心の中でそう念じる。そして再び目を開けると、驚きの光景が起きていた。
(こ、これは…?)
ディーオの走るスピードが、さっきより明らかに下がっている。さっきまでは光の速度のようなスピードだったのに、今では普通の人間が走る速度まで落ちていた。
――いや、それだけじゃない。よく見ると雪の降る速度まで遅くなっている。つまりこれは、俺が念じた通り時間が遅くなったという事なのだろうか?
(とにかく、今なら奴に攻撃出来る!)
このチャンスを逃す訳には行かない。俺はディーオの近くまで走り、剣を振り下ろす。
『…ぬうっ!』
しかし、ディーオは寸前に二の腕を使い攻撃を防ぐ。剣を通じ、あいつの頑丈さが全身に伝わってくる。全身が鎧を着ているような見た目に違わずかなりの硬さだ。
『…ふん、まさか我のスピードについてくるとは。やはりお前はただの人間ではないという事か!』
「ああ、そうだ!いくらお前が強くても、『神の力』を得た俺には絶対勝てない!」
『…我を挑発しているつもりか?だが勝負はここからだ、人間!』
ディーオはもう片方の腕を使い俺にパンチを繰り出す。俺はすぐに横へ避け、そのまま奴に向かって剣を振り上げる。だが、ディーオは今度はパンチで俺の攻撃を防いだ。
その後、俺はディーオの攻撃を避けてまた奴に攻撃を繰り出し、それを防御され再び奴からの攻撃をかわし…という戦いがしばらく続く。他の人から見れば、俺たちを目で追うのがやっとだろう。何故ならば俺とディーオは高速で移動しながら戦っているのだから。
(くそっ…これじゃあいつまで経っても奴を倒す事が出来ないぞ。何とか、あいつに僅かでも隙が出来れば…)
俺はこの終わらない戦いにピリオドを打とうとひたすら戦い続けた。どんなに強い相手でも、必ず隙が出来る瞬間がある。あいつの動きを観察すればそれが分かるはず…!
「はああっ!」
『…ぬっ!』
何度か攻撃を繰り返していると、俺の振った剣がディーオの拳に直撃する。その衝撃で奴は後ろにのけぞり、無防備な状態になった。
(――しめた、今がチャンスだ!)
俺はこのチャンスを逃さず、剣を勢いよく斜めに振り下ろす。
『…ぬおっ!馬鹿な…!』
ディーオの体は斜めに切断され、そのまま地面に落ちていった。よし…!この勝負、俺の勝ちだ!
俺は地面に着地すると、すぐそこに倒れているディーオを見つめる。
『…ぬうっ、何故だ!何故、最強の存在である我が異世界から来た人間如きに…!』
ディーオは歯を食いしばりながら悔しそうに言う。まだ完全に倒せてはいないものの、奴のプライドは既にズタズタのようだ。
「…さっきも言っただろ?『神の力』を得た俺には絶対勝てないって」
俺はそんなディーオを見てそう言った。ディーオは俺の言葉を聞くと、鋭い眼光で睨みつけながら俺にこう言い放つ。
『…黙れ…!我はあの方からお前達人間を殺す為に生まれた存在なのだ…。我が人間を一匹も殺せぬまま死ぬなど、屈辱以外の何物でもない!』
「俺も、お前みたいな奴に殺されるのだけはごめんだね。せっかくあの力をまた手に入れたのに、何も出来ないままお前にやられたらあいつに見せる顔がないからな」
『…ふざけるな…!自分の力で戦う事も出来ぬ、弱き人間の分際で!』
…確かに、俺は今まで自分だけの力で戦った事は一切ない。だが、そんな事を言われて動揺する俺ではなかった。
「ああ、確かに俺は弱い人間かもな。だけど俺は、どんな力を使ってでもこの世界を守るって決めたんだ」
『…この世界を守るだと…?異世界から来た人間の癖に、何故そのような事を言える!?』
「異世界の住人とかそんなの関係ない。――俺は、この世界が気に入った。ただそれだけさ」
俺はハッキリと、ディーオに向けてそう言った。…俺がこの世界に来たばかりの頃は、正直に言うと不安でいっぱいだった。いきなり魔物に襲われて絶体絶命の危機に陥ったりもしたし。
だけど、そこで出会った俺の仲間の影響でその気持ちは徐々に薄れていった。もし俺に仲間が出来なかったら今とは違った人生を送っていたかもしれない。だから、俺は皆に感謝してる。――だからこそ、俺は仲間やこの世界を守りたいって思ったんだ。
『…やはり、お前はこの世界に存在してはならない人間だ。こうなれば、この命に代えてもお前をここで始末する!この忌々しい世界に救いをもたらすあの方の為に…!!』
ディーオは再び真っ二つになった体を合体させ、立ち上がる。するとディーオは自分の腕をクロスさせ、低い声で唸り始めた。
『…ぬううううっ…!ぐおおおおっ…!!』
奴の体から邪悪な気が溢れ出る。あいつ、まだ力を出し切っていないのか…!
またまた更新がかなり遅れてしまいました。すみません...。
もしかしたら次も遅れるかもしれないです。