気まずい状況
「やあ、おはようクリム。心配かけてごめん…」
「ふん。あんたが余計な事をしたおかげで大変だったのよ。あんたが気絶している間、こっちはあんたを守りながらイレギュラーと戦っていたんだから」
どうやら俺が気を失っている間にクリム達が俺の分まで頑張ってくれたらしい。俺はそれを聞き、ますます皆に申し訳ない気持ちになった。
…それよりも俺が気になるのは、どうやってトレラントまで戻ってきたのかという事だ。まさかあの雪道を歩きで…?
「なあ、俺達はどうやってここまで戻ってこれたんだ?」
「クリムさんの使ったワープでここまで戻れたんです。クリムさんは万が一の為に備えて色々な魔法を取得していたんですよ。ワープもその中の一つです」
「もしあいつがその魔法を覚えていなかったら、俺達はあのクソ寒い雪の中を歩かなければならなかったからな。ナオト、クリムに感謝しろよ?」
「ああ。ありがとな、クリム」
俺はクリムに向けてお礼の言葉を言うも、クリムからの返事は来なかった。…さっきから俺の方を見ない件といい、もしかして怒ってる?
あ、そう言えば!肝心な事を忘れる所だった。
「皆、ロレンツォ神父はあの後どうなったんだ?もしかしてこの中の誰かがあいつを止めてくれたとか…」
「…ナオト君、残念だけどそうは行かなかったわ。あの人がイレギュラーを呼び出した後、どこかへ消えてしまったの」
「えっ、消えてしまった…?じゃあ俺達は神父を止めるチャンスを逃してしまったって事なのか!?」
「ナオトさん、落ち着いて下さい!…神父さんが消える直前、私たちにこう言い残したんです。『翌日、またこの場所でお会いしましょう。その時まで貴方達が生きていればの話ですがね』って」
それって、俺たちにチャンスをくれたという事なのか?あいつが何を考えているのか分からないが、とにかくここは安心するべきか。
「ったく、わざわざ俺達に猶予を与えてくれるなんてよ。あのオッサンが何考えてんのか俺にはさっぱり分かんねえ」
「…それだけ、自分が絶対に負けるはずがないという確信を持っているからでしょうね。やろうと思えばあそこで私達を殺す事も容易かったはず。それをあえてやらなかったのは、いつでも殺せるから問題ないと判断したからだと思うわ」
「ちっ、余裕綽々ってか!とことん気に食わない野郎だぜ」
アルベルトが部屋にある机を叩きながら言う。今の神父にとって俺達は敵として見てないって事か。…くそっ、あいつを放っておいたらまたどっかの町に被害が出るかもしれない。早く止めに行かないと!
俺はベッドから出ようとすると、フリントから止められる。
「待って下さい、ナオトさん!どこへ行くつもりなんですか?」
「決まってるだろ、ロレンツォ神父を止めに向かうんだ!」
「だけど、今のお前には戦える力が無いんだろ?『神の力』とか言う奴と剣を両方とも壊されてしまったからな」
うっ…そうだった。俺は神父から『神の力』と剣を破壊されて戦える力は残っていないんだったな。今の指摘でそれを思い出した。
もしこのまま皆についていったとしても、お荷物になるだけだ。でもだからといってここで大人しく休むなんて事は俺のプライドが許さない。今の俺に力が無くたってまだ何か出来るはずだ。何か、何かが…。
「――ナオト。ここはあたし達だけでも神父さんを止めて見せるわ。だからあんたは何もしないで頂戴」
俺が必死になって考えていると、クリムは俺に向けて冷たい言葉を放つ。…『何もしないで頂戴』。今の俺にはその一言だけでもかなり効いた。
「ま、そう言う事だ。お前の気持ちは分かるけど、たまには休んだ方がいいぜ?ここは俺たちに任せておきなって」
「アルベルト君の言う通りよ。君はまだ病み上がりなんだから、しばらく安静にしていないとね。いざという時に体が思うように動けなくなるわよ」
「…だけど、何か手はあるのか?神父は俺と同じで『神の力』を持っているんだ。まともにやりあったら間違いなくやられてしまうぞ」
「心配はいりませんよ、ナオトさん。私達の目的は神父さんを倒す事ではなく、あくまで止める事です。力の差はあちらの方が上ですが、それでも諦めずに話し合えばきっと神父さんは私たちの想いを理解してくれるはずなんです!」
勝負に勝って試合に負ける、か…。確かにその方がまだ勝機はあるかもしれないな。
「ま、あのオッサンがそう簡単に折れてくれるかどうかは分からねーけどよ。やれるだけやってあいつを止めてやるさ。だからお前はここでゆっくり休んどけ」
「…ああ、分かった。そうするよ」
皆からここまで言われた以上、もう仕方がない。悔しいが、ここは皆が無事にやってくれる事を信じて休んでおいた方が良さそうだ。
「ねえ、ナオト。あんたに一つだけ確認したい事があるんだけど」
話が終わってしばらく皆が黙っていると、突然クリムが俺にそう言ってきた。
「ど、どうしたんだよ急に…?」
「あんたはこの世界で生まれ育ったんじゃなく、別の世界からやって来た。それは違いないのよね?」
何かと思えばその件の事か…。今までその事がバレないよう必死で誤魔化してきたが、こうなってしまった以上もう素直に話すしかないだろう。俺は覚悟を決めた。
「…ああ、そうだ。俺は別の世界から来た」
「やっぱり、あの人の言った通りだったのね。でもどうやってここへ来たの?」
「それなんだけど――」
俺はクリムや他の皆に、俺が元いた世界で事故死してしまった事、その時に出会った創造を司る神によって俺をこの世界へ転生させた事、そして神の手違いで俺の体に『神の力』を入れてしまったという事を全て話した。
「そ、そんな事があったんだね…。ナオちゃんって変わった名前をしているなぁって思ってたけど、理由が少しだけ分かったかも。…あれ?じゃあ、前にナオちゃんがノーヅァンで生まれ育ったって言ってたのは――」
「ああ、あれは全部嘘だ。今まで騙しちゃってごめんな」
「う、ううん!ナオちゃんが謝る事は無いよ!色々大変だったんだって事はよく分かったから。もし、あたしもナオちゃんみたいに異世界に飛ばされてたら同じ事をしてたかも」
「そいつは俺も同じだな。しっかし、神様が本当にいたってだけでも驚きなのにまさか別世界なんて物が存在するなんてよ。頭が追いつかねえぜ…」
今の話を聞いて皆は驚いている様子だ。無理もない、俺以外にこの世界に転生してきた人は誰もいないだろうから…。
そんな事を話していると、クリムがまた俺に話をしてくる。
「ナオト、あんたにもう一つだけ聞きたい事があるわ。あんたが元いた世界では魔物を倒したり、冒険者として働く職業とかは無いの?」
「いや、そんなもんはないよ」
「…そう。じゃあ、あんたは戦いに関してはこの世界に来るまではド素人だったってワケね。ちっ!」
クリムは舌打ちをしたと同時に、壁を強く殴る。まるで憎しみをぶつけるかのように…。
「あたしね、昨日まであんたの事を密かに認めていたのよ。魔法を短期間で取得出来て、しかもいきなり上位魔法を放てるようになるなんて思ってもいなかった。最初にそれを見てあたしはこう思ったのよ。あいつはかなりの逸材に違いない――って。…でも、現実は違った。まさかあんたが今まで使っていた力が神様から貰った物だったなんてね!少しでもあんたを認めた自分が馬鹿だったわっ!」
クリムは俺に激しく怒っていた。クリムが怒るのは珍しい事ではないのだが、今まで見せていた怒りとは訳が違う。
「落ち着いて、クリムちゃん!君が怒る気持ちは分かるわ。私だってナオト君が別の世界からやって来て、しかも神様の力をその身に宿していたなんて信じられないし…。でも、私達がその力に助けられたというのも事実よ」
「ええ、その通りね。…だからこそ気に入らないのよ!あんなどこの世界から来たのか分からない一人の人間が、『神の力』とかいうのを使って魔物や敵を次々と倒していったという事!これじゃあ、真面目にコツコツと修行してきたあたし達が馬鹿みたいじゃない!」
「ちょっ、クリム!いくら何でもその言い方はないだろう――」
「うっさいわね、あたしに話しかけないで!あんたみたいな卑怯者を冒険者にさせたのが間違いだったわっ!もうあんたは何もしないで、一生ここで寝てなさいよっ!!」
クリムは俺に激しく罵ると、そのまま部屋から出て行ってしまう。
「あっ、クリムさん!待ってくださいよー!」
ナラも彼女の後を追っかけ、部屋から出ていく。それを見ていたアルベルトはやれやれと言いたげに自分の頭をかいていた。
「ったく、昨日からあれだけ感情を押さえろとか言ったのにどうしてこうなるんだか…」
「ア、アルベルト…。俺は…」
「ああ、気にすんな。俺は別にお前の事を嫌いになった訳じゃないからさ。…まあでも、一人で無謀に立ち向かおうとする癖はいい加減に治した方がいいぜ。流石に今回の件で懲りただろ?」
「…そうだな、アルベルト。俺があんな事をしなければ皆に迷惑をかける事は無かったと思う。本当にごめん」
「謝る事は無いわよ、ナオト君。…さて、そろそろ私達も行かないと。アルベルト君やミントちゃんも一緒に来てくれるわよね?」
フリントが二人にそう聞くと、アルベルトは笑いながら黙って頷く。どうやらやる気満々のようだ。…その一方で、ミントはやけにそわそわしている。
「どうしたの、ミントちゃん?」
「う、うん…。あたしね、出来ればナオちゃんと一緒にいたいの。ナオちゃんを一人にさせちゃったら可哀想だもん」
ミントは皆と一緒に行かず、ここに残るつもりらしい。俺の事を心配してくれているみたいだ。
「何だよ、お前は一緒に行かないのか?」
「うん。突然でごめんね…。それに、あたしが行った所で皆の役に立てるか分からないし」
「君は十分、皆の役に立ってると思うわ。…でも、君は一緒に戦うよりもナオト君と一緒にいたいのよね?」
「うん」
「それなら仕方がないわね。いいわ、君がここに残る事は私が代わりに伝えてあげるから」
「えへへ…ありがと、フリント姉ちゃん」
「そんじゃあ、さっさと行こうぜ。あいつらの事が心配だしな」
フリントとアルベルトも俺の部屋から出ていく。これで今ここにいるのは俺とミントだけになった。
「え、えっと…ナオちゃん、さっきクリム姉ちゃんがあんなに怒ってたけど大丈夫?あたし、ちょっとだけ怖くなっちゃった」
「ああ、これくらい平気さ。クリムに怒られるなんていつもの事だと思えばな」
「で、でもいつもより凄い怒ってたよ?どうしよう、もしこのままクリム姉ちゃんがナオちゃんと仲が悪いままだったら…」
確かにあの様子だと、関係を修復するのは難しいだろう。…俺、これからどうなるんだろうな。『神の力』と剣を壊され、仲間との関係は気まずい状況になっている。こうなってしまった以上、今の俺に出来るのは――ただ、皆の無事を祈る事だけだ。それ以外に方法はない。