その日、俺の人生は突然終わってしまった
目が覚めると、俺は知らない部屋の中にいた。物が一つも置かれていない、タイル張りで出来たような真っ白な部屋だ。
ここは一体どこなんだ?
あまりにも非現実的な光景に俺は焦りかけたが、落ち着いてこれまでの出来事を思い出してみた。確か俺は学校が終わって家に帰る途中、横断歩道を渡っていたら突然横からトラックがやってきて…。
その後俺がどうなったのかは分からない。そこで意識が途切れてしまったからだ。だがこれだけはハッキリと言える。俺は、あのトラックに轢かれてしまったんだ。
(にしては、体に痛みを感じないような…)
だが、それにしては妙だ。あの時トラックに轢かれてしまったのなら、体全体に痛みが走って全く動かなくなるのが普通だろう。しかし俺の場合はそうではなく、何事もなかったかのように平然と動けるのだ。
…この状況、明らかに普通じゃない。
「おーい、誰かいないのかー?」
俺はとりあえず、この部屋に誰かいないのか大声で呼んでみた。しかし返事はなく、俺の声が空しく響き渡るだけだ。この部屋には俺一人しかいないっていうのか?
そう考えたら怖くなってきた。頼む、誰でもいいから俺の事に気づいてくれ…!
「――やあ。僕を呼んだのは君かい?」
突然、後ろから俺の事を呼ぶ声が聞こえた。声の高さから察するに恐らく少年の声だろうか、それにしてはどこか落ち着いた雰囲気のある声だ。よかった、この部屋にいるのは俺一人だけじゃなかったんだ。
俺はすかさず後ろを振り返る。そこには、白い服を着た銀髪の少年が立っていた。
「え?ああ、そうだけど」
「ふむ。君がこの部屋の中にいるという事は…。君、もしかして死んでしまったんだね?」
「は?」
銀髪の少年の発言を聞いて、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。俺が死んでしまっただって?何でそんな事を平然と言えるんだ、この少年は。
「何を言っているんだよ、俺が死んでしまったって。どうしてそうだと決めつけられるんだ?」
「そんなのすぐに分かるさ。家から帰る途中に、トラックに轢かれて死んでしまったんだろう?――藤崎直人」
「っ!?」
この少年、何で俺の名前を知っているんだ!?それに何故俺がトラックに轢かれたという事も知っているのだろうか…?
「なあ、あんた何者なんだ?どうして俺の名前や俺の身に起こった事を知っているんだよ!?」
「君の事くらい知ってて当然だよ。何せ僕は、この世界を管理している者だからね。君の情報もしっかりと記憶されてるよ」
「この世界を管理している者って…。要するに、神様みたいな人なのか?」
「うん。あ、だからと言って無理に敬語を使わなくてもいいよ」
俺は仰天した。俺の目の前にいる人が、まさか神様のような存在だなんて。見た目はただの少年にしか見えないけど。
「じゃあ、俺の事も全部知っているんだな?」
「もちろん。――藤崎直人、14歳。日本の東京という場所で生まれ育ったごく普通の中学生。身長は163.7cm、体重は53.7kg。血液型はO型。好きな食べ物はから揚げで、趣味はゲームをやる事と漫画、小説を読む事。家族との関係も良好で、友達もたくさんいる。幼少期の頃に大型犬に襲われそうになった事がトラウマになり、犬全般を苦手としていて…」
す、凄い。俺に関する情報がすらすらと出てくる。やはりこの少年は只者じゃない、本物の神様なのか。
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はロゴス、創造を司る神だ。この世界を最初に創ったのは僕なのさ。とは言っても、全部僕一人で創った訳じゃないんだけどね。もう一人の協力があって創りあげたのが今の世界なんだけど…。おっと、この話は気にしないでくれ」
あまりにもスケールがデカすぎて現実味がない。俺は夢でも見ているんじゃないかと思い頬をつねってみたものの、ただ痛いだけで何も起こらなかった。
ロゴスはそんな俺を見て笑う。
「はは、念の為に言っておくけどこれは君の見ている夢なんかじゃないよ。全て現実だ」
やはりこれは夢なんかじゃない。俺がトラックに轢かれて死んでしまったという事も、この訳の分からない真っ白な部屋にいる事も、そして創造を司る神様と今こうして会話をしている事も。
あり得ないけど、全て現実なんだ。
「そんな事より、ここは一体どこなんだ?あんたが神様って事は、もしかしてここはあの世なのか?」
「正確に言えばここはあの世ではないよ。ここは『あの世とこの世を繋いでいる狭間の部屋』さ。死んだ人間はまずここに運ばれて、そこで僕が死んだ人間を徹底的に調べて天国に行くか地獄に行くかをチェックするんだ」
「…じゃあ、俺はどっち行き?」
「君は人間界で悪い事をしてこなかったから、天国行きだね」
よかった、地獄行きにならなくて。日頃の行いが良かったって事なんだな。…いや、安心してる場合かよ俺。俺にはまだやりたい事がたくさんあるのに、こんな所で死んでたまるか。
「なあ、あんた神様なんだろ?俺を生き返らせる事って出来ないのか?」
「…残念ながら、一度死んだ人間を生き返らせる事は出来ないよ。そんなのは生命のルールに反しているからね」
ロゴスはきっぱりとそう言った。嘘だろ、こんな所で俺の人生が終わってしまうなんて。まだクリアしていないゲームがあったし、友達から借りてた本を返す約束もしていたし、それに来週は前から楽しみにしていた修学旅行があったのに…。
俺はショックのあまり膝をついてしまう。
「ふむ。その様子だと、まだこの世に未練が残っているみたいだね」
「当たり前だろ!俺、まだやりたい事がたくさんあったんだからさ!」
「だからと言って、君を元の場所に戻す訳にはいかないよ。その代わりと言ってはなんだけど…。君を別の世界に住む人間として蘇らせる事は出来るよ」
「…へ?別の世界だって?」
「うん。この世には君が住んでいた世界とは全く異なる、別の世界がいくつも存在しているんだ」
――昔、何かの漫画で読んだ事がある。ある世界から分岐し、それに並行して無数の世界が存在していると。所謂、パラレルワールドという奴だ。でもそんな物はフィクションの中の話だけだと思っていたから、まさか本当に存在するなんて思ってもいなかった。
「そんな事が出来るのか?」
「もちろんさ。何たって僕は創造を司る神、だからね。君を別の世界に移動させる事くらい朝飯前だ。…で、どうするんだい?」
このままあの世に行ってしまうよりはまだマシだろうけど…。でも、別の世界がどういう場所なのかよく分からないからなぁ。どんな所なのか聞いてみるか。
「なあ、俺が行く別の世界ってどんな所なんだ?」
「そうだね。君に分かりやすく言うならば、中世時代のヨーロッパみたいな場所と言えば伝わるかな?」
中世時代…って、明らかに現代人である俺が馴染めるような場所じゃないだろそれ。何か不安になってきた。
「俺、そんな場所でやっていけるのか分からないよ。文化や言語も全く違うだろうし」
「心配はいらないよ。そんな君の為にこの力をあげよう」
ロゴスはそう言うと、手のひらから小さな光る玉を出してきた。小さい光ではあるが、とても綺麗に輝いている。
「これは?」
「この玉には、君が別の世界に行っても適応出来る様々な能力が入ってある。例えば言語を理解出来るようになったり、君がもしもの為に剣や魔法を使えるよう身体能力を向上させる力が入っていたり…」
「ちょっと待って。今、剣と魔法って言わなかったか?」
「うん。あっちの世界ではその二つがポピュラーだからね」
それって要するに、ゲームとかでよく見るファンタジーの世界まんまじゃないか。それを聞いて急にワクワクしてきた。我ながら酷いなぁ、さっきまであれだけ元の世界を恋しがっていたのに。
「それで、どうするんだい?君を別の世界の人間として蘇らせるか、もしくはこのままあの世に行くか。好きな方を選んでくれ」
「そんなの決まってるだろ。俺を、別の世界の人間として蘇らせてくれ」
このままあの世に行ってしまうくらいなら、別の世界に行った方がまだマシだ。どうせ元の世界に帰る事はもう出来ないんだし。俺はそう決心した。
ロゴスは俺の話を聞いて、分かったというように頷く。
「決まったみたいだね。では、この力を君にあげよう。ちょっとだけじっとしてて」
ロゴスはそう言い、光る玉を俺の腹に押し込んだ。不思議と痛みは感じず、寧ろ心地よい。そして俺の体全体に力がみなぎるような感覚を味わった。
「これで君は別の世界でも馴染める体になった。僕が出来る事はここまで。後は君自身の力で上手く環境に慣れていってね」
「ああ、分かったよ。色々とありがとな、ロゴス」
「どういたしまして。それじゃあ、そろそろ君を蘇らせようか」
ロゴスがそう言った途端、彼の隣に巨大な扉が現れた。そしてその巨大な扉はゆっくりと開き始め、そこから光が差し込んでくる。
恐らく、あの扉の向こうに別の世界が俺を待っているんだろう。そう考えると何だかドキドキしてきた。俺、別の世界で上手く馴染めるかな。とりあえず今はロゴスを信じよう。
「じゃあ行ってくるよ、ロゴス」
「うん。また機会があったらまた会おうね、藤崎直人」
俺はロゴスに別れを告げ、扉の中へと入っていった。