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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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逃げた私が悪かったのです。

作者: 柚木
掲載日:2019/05/19

何も考えていないです。

視界一杯に広がる光景はなんだろう。

学園でもあまり人が近づくことのない、童話や外国の物語が置かれている第三者図書室の入り口前に、大好きな婚約者様と悪い意味で目立っている伯爵家令嬢が、ふたりだけでいる。

婚約者は彼女を被うようしていて、顔は見えないが後ろ姿だけでわかる。

綺麗な長髪を1つに括っているリボンは私が贈った物だから。

贈物を身に着けていただけるくらいには、私たちの仲は良好だ。だから、安心しきっていた。


彼は何故、彼女と一緒にいるのだろう。

しかも、彼女は何故目を瞑っているの?


胸にチクリと痛みが奔る。

徐々に顔が近づき頭が下がっていく姿から目が離せない。

それは、彼がまるで彼女に口付けをしているように見えた。




一瞬の出来事だった。




目を開いた彼女は恥ずかしそうに微笑んでいる。

それは、初めて恋人と唇を重ねたときのように。

また、胸に痛みが奔る。

私だって婚約者様に口づけていただいたことはまだないというのに。

醜い嫉妬心が渦巻く。その感情に自身でも驚き、大事に抱え込んでいた本を落としてしまう。

ドサッとした鈍い音が廊下に響く。



───しまった。



はっとし、急いでその本を拾おうとしゃがみこむ。

その場からすぐに立ち去ろうとすると「…アナベラ?」と名前を呼ばれた。

その声にはいつの優しさはなく、咎められているように低い声だった。お前は邪魔だと言われているようで悲しくなる。

ふたりがいる場面を見せつけられた私の胸は痛みを感じる度に、涙が溢れそうになる。

何か言われる前に去らなくてはいけない。

顔を上げることも出来ずに、俯きながらその場から走り出す。

本を読むことが好きで、殆んど運動したことがない身体だからかすぐに息もあがる。



「アナ、待つんだ」



呼び止められるが、すぐに捕まるだろう。

彼は常に剣術の稽古を行い、自身を鍛えているから、こんな運動もしたことない女を逃がすことなどするはずもない。

それなのに、どうしてそんなに大きな声で叫ぶのだろう。

下に降りるために、階段に足を下ろそうとし、思い切り躓いた。

そのまま一番上の段から落下する私は上へ上がろうとしている生徒の胸の中に飛び込んでしまう。

幸い段数も少ない場所だったので、倒れることもなかったが、抱き締められる形になってしまった。見る人が見れば、まるで浮気をしているようだ。

恥ずかしさのあまりに「あの助けていただいて恐縮なのですが、離れていただいても?」と、素っ気なさすぎて高飛車なご令嬢になってしまったような気がする。それでも、助けてくれた彼は「怪我がなかったようでよかった」と言ってくれるので、ほっとする。

受け止めてもらったままで腕が離れないのは何故だ。離して欲しいという願いは聞き届けられないらしく、聞きなれた声の主だったので、顔を上げれば婚約者様の親友とも呼べるダレン・カートンだった。



───しまった。

内心焦っている。

彼は私が走ってまで、階段を降りる理由が、だいたいわかっているのだろう。

運動が苦手な私が走る理由、それは───




「何をしている」




背後から聞こえてくる声は、名前を呼ばれたときの低さより更に低く地を這うようだ。

首だけ振り向こうとするが、ぱっと背中から腕の感覚が消え、肩を力強く引き寄せられる。そのまま、すっぽりと婚約者様の右腕の中に納まる。



「ダレン、彼女に何をした」



まるで犬が威嚇しているかのような効果音が聞こえてきそうなくらい、殺気が漏れている。

素人の私にでもわかるくらいの殺気なのだから、抑える気はないのだろう。

それにしても、婚約者様はあの伯爵令嬢と仲がよろしいはずだろうに、なぜダレン様に敵意をむき出しにしているのだろう。

私のことをダレン様に押し付けることが出来る機会だというのに。



「ジェラルド、嫉妬も大概にしろ。そして、彼女が何故泣いていたのか心当たりはないのか?俺が受け止めなければ、彼女は…、アナベラ嬢は怪我をしていたからな」


「アナが怪我だと…」



えっ、どういうことでしょう?

婚約者様が嫉妬?

嫉妬とは無縁そうな方というか、いつも優しくて余裕がある方だと思うのです。

むしろ、私の方が嫉妬してばかりのはずです。

先程だって、伯爵令嬢に嫉妬していました。嫉妬よりも悲しみの方が勝ってしまっただけですが。



今度は半回転させられ、婚約者様の美しい顔と対面する。

眉を顰めているので、そっと手を伸ばし眉間の皺を伸ばそうとすれば、その手は掴まれ、そっと包み込まれる。

瞳に不安の色を浮かべているのはどうしたことでしょう。

私は婚約者様に好かれているのでしょうか?



「アナ、アナベラ。あまり危ないことはしないでくれ。君に何かあれば、僕は心配で生きていけない」


「…ジェラルド様、あの…その…申し訳ありませんでした」


「だから、目の届かない場所には行かないでくれ。あと、急に走るのは禁止だ」


「…善処いたします」



目を見開きすぎて瞳が乾きそうだ。

こんなにも過保護だっただろうか?

婚約者様は満足そうな笑みを浮かべながら、前髪をかき分けられ額にそっと口づけを落としてくる。

おまじないと幼い頃からされている行為だが、人前でされるのは何だか恥ずかしい。

恥ずかしすぎて、目の前にいる婚約者様の胸に飛び込む。婚約者様の胸板にぐりぐりと頭を押し付ける。



「かわいい顔を見せて、僕の婚約者(アナベラ)



いつもの優しい声色に戻っている。きっと、私自ら婚約者様の胸に飛び込んだのがよかったのだろう。

いつも優しく大人な彼の扱い方など存じ上げませんが、このような恥ずかしい行為が彼の機嫌をよくするのなら、恥ずかしくても我慢しましょう。

だって、私はジェラルド様のことが大好きなのですもの。

でも、やっぱり恥ずかしいです。



「もう、人前でそういう行為はやめてください」


「そういう行為ってどういう行為?」


「わかっていて言っているのですね」



きっと、対面していたら幼子のように、ぷっくりと頬を膨らませていたでしょう。淑女としてあるまじき行為ですが、婚約者様は私の子どものような振る舞いも寛大に見てくれているので、いつまで経っても直りそうにないです。

本当に甘やかすのは止めてほしいです。



「それよりも、アナは約束して。何があっても僕以外の男の腕の中にいかないで」


「おい、いまさらっと俺のことを指したよな。ジェラルドは感謝を述べろ。そして、ここを何処だと思っている」




婚約者様、私がダレン様の腕の中にいたのは不可抗力です。私が飛び込んでしまったのですから。ですから、感謝を述べてください。

そして、ダレン様はこの方にここがどこだか思い知らせてください。神聖な学び舎だということを、特にお願いします。

明日から休日に入ってしまうので、休日後に学園に来るのが億劫になってしまいます。



「ダレン、アナを手に入れられないからと僻むのは、やめてもらおう。こんにも可愛いアナを他の者たちに見せるなんて出来ないだろう。僕の箱庭に閉じ込めてしまいたいよ」


「あのそれは、少し遠慮させていただいても…?」


「準備なら済ませてあるから、今日から一緒に僕たちだけの箱庭で暮らそうか。君のご両親から許しは得ている」



人の話はきちんと聞かなくてはいけないのですよ。それに、両親が婚約者様の箱庭について了承しているとは…えっ、どういうことですか!!

その前に箱庭ってなに?監禁先?えっ、どういうこと?

ぴたりとくっついていたので、少しだけ距離をとろうと顔を上げ後ろに後退すれば、包まれているはずの手をがっしりと捉えてられて逃げることは叶わない。



「監禁じゃないよ。ただ、少しだけはやい新婚生活だよ」



微笑んでいるけれど、瞳に奥に見てはいけない色をみたよう気が…。

それにしても、可笑しい。新婚生活ってどういうこと。

いろいろと聞きたいことが多すぎてどうしましょう。

こういう時のダレン様ですのに、言い返さないとはどういうことなのでしょう?

「破廉恥なことを」と小さな声が聞こえるので、男女の仲については清い交際推奨派の方なのですね。

私の婚約者様はおまじないと称して色々な場所に口づけするのが大好きな方です。ですが、唇だけは特別らしくまだされたことはありません。



「ルド様、あの…ミシェル伯爵令嬢様のことはよろしいのでしょうか?」


「何故、彼女の名前が出てくるの?」



目が笑っていない。怖い。

ならば、抱き着けば機嫌がよくなるはずと思い、抱き着こうとしたがしっかりと握られた手のせいで抱き着くことが出来ない。無念。

俯きながら「先ほど、…唇を……重ねていたのではないですか?」と、ダレン様の言葉を借りれば破廉恥な行為の追及をさせていただきました。

言葉にするのがこんなにも恥ずかしいとは。顔が熱くなってきました。



「ああ、あれか。彼女の睫毛にゴミがついていたから取り払っただけだから、安心して。僕が唇を奪いたいのはアナだけだよ」




素早く、顎を持ち上げられ艶めかしく目を細めている婚約者様の破壊力が恐ろしい。

金魚のようにパクパクとしそうになる下唇をそっと撫でられ、背筋に悪寒が奔る。



「だから、箱庭で君の唇を堪能させて」



ああ、神様。私は大好きな婚約者様から逃げられないようです。というよりも、ずっと囚われているようです。

真っ赤になる私の額にまた口づけ「箱庭に行くよね?」と問われてしまえば、こくりと頷くしかない。

婚約者様は答えに満足したのか、腰に手をまわしエスコートしはじめる。



「そういうことだから、ダレン。もう、君が結婚するまでアナに近づかないでくれ」



最後に「近づいたら殺すぞ」と物騒な言葉が聞こえた気がしますが、きっと気のせいでしょう。

私を見る婚約者様の目はとても慈愛に満ちているので。

この方の愛を一時でも疑った私が悪かったと反省するくらいです。

その後、何故か婚姻届けを勝手に提出され、学園の退学届けも勝手に提出された私は本当に箱庭に閉じ込められました。


5/21 一部加筆

5/22 日間ランキング 40位ありがとうございました。

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