処刑された悪役令嬢 ~彼女が逆行者だと誰も知らない~
姉は幼い頃からずっと、私たちを嫌っていた。
私は公爵家の次女として生まれた。名前はアイリス。
一歳年上の姉、クラリスは早熟な子供で、賢い上に莫大な魔力を持ち、神童と称えられた。
そんな姉は、何故か私と両親を嫌っており、それを隠すことなく態度に出していた。
私が物心ついた頃には既にその状態で、不思議に思った私は母に聞いた。
「ねぇ、おかあさま。どうしておねえさまは、わたしたちがキライなの?」
「それは、私にも分からないの。どうしてかしら……?」
姉のことを両親は持て余しており、普通に子供らしい私を溺愛した。
それは当然のことだと思う。あんな子供を可愛がるのは、あまりに難しいだろう。
私が四歳、姉が五歳の時。
第二王子ルーファス様と姉の間に婚約の話しが持ち上がった。
第一王子は王の愛妾が生んだ子であるため、王妃が生んだルーファス様のほうが王位継承権は高かった。
順調に行くのなら、姉は次期王妃となるはずだった。
けれど姉は嫌がり、侯爵家を継ぎたいと父に訴えた。
後に聞いたことだけれど、父はとても驚いたという。
家族を嫌っている姉が、家を継ぎたがっているとは思っていなかったと。
当時、王妃は神童と名高い高い姉を、息子の妃に迎えたかったそうだ。
けれど、嫌がるのなら妹の私でも構わなかったという。
魔力の高さが確実に子へと受け継がれるわけではないから。
公爵家の後ろ盾が得られるのなら、私でも良かったのだろう。
第一王子のグレン様は、母親である愛妾と共に国王から深く愛されている。
王妃の子であるルーファス様を差し置いて、王位に就くとも限らない。
公爵家は王妃と縁があるため、両親はルーファス様を支持している。
ルーファス様の立場をより強固なものとするため、私と姉のどちかかが婚約しなければならなかった。
婚約の誓いを交わすため、四歳の私と五歳のルーファス様は初めて引き合わされた。
そして、私たちはお互いに一目で恋に落ちた。
あの頃の私には、あの感動を表現する語彙力はなかった。
実は今でも、言葉によって完全に表すことができない。
ただ、まるで生きたまま天国へ招かれたような、神様から祝福されたような、世界が私とルーファス様のものになったような、途方もない感覚を味わった。
それはルーファス様も同じだと、後に語ってくれた。
「わたしはアイリスとケッコンする!」
それは大人たちによって既に決められたことだったけれど、ルーファス様はそう宣言してくれた。
「はい! わたしもルーファスさまとケッコンします!」
私たちは心から、誓いの言葉を交わした。
正式に婚約したあの日から、私は次期王妃となるべく厳しい授業を受けることとなった。
辛くなかったわけではない。
けれど、ルーファス様に相応しい妃になるためだと思えば心が奮い立った。
まだ幼い私たちは頻繁に会うことが出来なかったけれど、代わりに手紙のやり取りを行った。
ルーファス様はいつだって、どれだけ私を愛しているのか記してくれたし、私もあふれ出しそうな愛を手紙に込めた。
私は九歳で、礼儀作法とダンスの習得度を認められた。
だからルーファス様が十歳となり、社交界デビューをするのに合わせて、私もパートナーとして王家主催のパーティーに出席した。
私たちは注目の的で、多くの人々が私たちへ挨拶することを求めた。
そして、私たちは衆目の中、二人だけでダンスを踊った。
今まで練習してきた成果を完全に生かすことが出来たと実感したし、後で国王夫妻直々にお褒めの言葉を頂いた。
屋敷に帰るための馬車の中で、両親も私を褒めた。
姉はしかめ面をしていたけれど、いつもの事だと気にならなかった。
けれど、今回は不味い事態になっていた。
屋敷に戻った途端、両親は姉を強く叱った。
姉はパーティーの間中、ふてくされた様な態度だったらしい。
私が知る限り、姉は家族以外には愛想が良かったはずなのに。
よりによって王家のパーティーでそんな態度だったとは驚いた。
このことにより、他家からも姉の評価は一気に下がったそうだ。
それに反比例するかのごとく、私の評価は上がった。
『さすがは王子の婚約者。公爵家の妹娘は素晴らしい』
『姉娘は神童だと聞いていたが、眉唾だったのか?』
『あの姉娘では、王子の婚約者になるなど無理だったのだろう』
姉に対して同情心を持たない私は、自分の評判が高まったことを喜んだ。
次期公爵となる姉の婚約者は中々決まらなかった。
一番目に名が挙がったのは、ある侯爵家の三男であるバートランドさん。
その家は当家とも王家とも良好な関係を築いている。
そしてバートランドさんはルーファス様の友人でもあった。
良い縁談だと思われたが、何故か姉は嫌がった。
二番目の候補者は、騎士団団長の四男であるブレントさん。
彼もルーファス様の友人で、当人は騎士になりたがっているそうだが、団長夫妻はブレントさんの婿入りに賛成だった。
けれど、またもや姉は嫌がる。どうしてなのか理由は話さない。
三番目のセシルさんも、四番目のディックさんも姉は嫌がり、ついに姉の婚約者候補は挙がらなくなった。
そして父は、姉に公爵家を継がせないことに決めた。
父は従弟を養子に迎えた。
義弟になったアディは私と同じ年だけど、私のほうが数ヶだけ先に生まれたから「お姉様」と呼ばれている。
私とアディはとての仲の良い義姉弟になった。
その頃には屋敷に頻繁に出入りするようになっていたルーファス様もアディと親しくなり、二人は友人になった。
私はとても幸せだった。
姉のことをすっかり忘れていたから。
日差しが温かなとある日。
ルーファス様が私のもとを訪れ、私たちは庭園を眺めながら他愛のない話しをしていた。
すると、恐ろしい感覚がした。
私の魔力が『何か』に反応している。
その何かとは姉だった。
久しぶりに見た姉は、随分と様変わりしていた。
無愛想だけれど美しいと思っていた顔は、まるで悪魔のように禍々しい表情を浮かべ、人間ではないのではと錯覚するほどだった。
姉が放つ魔力によって、私とルーファス様は吹き飛ばされてしまった。
姉は私に駆け寄って馬乗りになり、その爪で私の頬を抉る。
強大な魔力のこもった『攻撃』により、私は意識を失った。
私の顔には傷が残った。
王家に仕える治癒術師でさえ、この傷を消すことはできなかった。
こんな顔になったから、もうルーファス様の妃として相応しくないのではと思ってしまった。
けれど、ルーファス様は私の頬を撫でながら優しく言った。
「私の妃となるのは、君以外に考えられない。私は父と違って、複数の『妻』を愛することなど出来ない。私が愛する女性は君だけだ」
あまりの嬉しさに涙が出た。
姉は処刑されることとなった。
私も立ち会うことになったけれど、姉は完全に狂っていた。
「あの女のせいよ! あいつがルーファスを誘惑したの!」
「アイリスとルーファスが私を処刑させたの!」
「バートランドも! ブレントも! セシルも! ディックも! アディも、みんな! アイリスに誑かされたの!」
「また私を処刑するの!?」
姉の言葉を理解することは出来なかった。
ただ、何故かとある考えが脳裏に浮かぶ。
もしも、姉とルーファス様が婚約していたら。
その後で私がルーファス様に恋をしたら。
きっと私はどんな手段を使ってでもルーファス様を奪っただろう。
だけどそれは『もしもの話』
私は何の後ろ暗さもない、ルーファス様の正当な婚約者。
『悪の令嬢』クラリスの顛末は、歴史の片隅に残ることとなった。