夜会2
……やっぱり物色しても第一・第二王子よりか良い男性はいない。
第一王子は私よりかご年配の令嬢方のガードが固いし、第二王子(仮)にはルルナが張り付いているし、三番手の公爵は、たかが男爵家の夜会には来ていないようで、姿が見当たらない。
婚約者の義務を強引に果たしたあとのウォーターフィールドは私のところに戻ってくることもなく、自らも令嬢を物しょ……令嬢方に挨拶回りを始めたようだ。
結局ウォーターフィールドの婚約者はウォーターフィールドと踊った後、すぐに帰ってしまったようだ。
婚約者がいるのに、他の女に目移りするんじゃないわよ。
まあ、私が言えることじゃないけれど。
仕方ない。ガードが薄い第二王子のそっくりさんに狙いをつけよう。
お酒は、日本では二十歳からだけれど、この国では十六からオッケーだ。よっし。
作戦名バッカスだ。
まず、化粧室でちょっとだけ頬紅を追加して、お酒を酔わない程度に一口二口飲む。
お目当ての男の前で、ふらりと倒れ、そこを介抱してもらい仲良くなる作戦。
ウォーターフィールが私から離れ、他の人に挨拶している間に、私はルルナと第二王子のそっくりさんの側までゆっくりと近づき、頭に手を当てシャンパンの入ったグラスを取り落とすふうを装い、グラスを転がしてゆっくり倒れる。
このまま倒れても、一応受身をとれるようにしてある。
こういう時のために演技指導を受けて上手に倒れる練習をしていたのだ。
ちなみに、演技指導の先生の裏話によると、酔い潰れて倒れる練習をする令嬢はそれなりにいるそうだ。
「ちょ……、大丈夫?」
「酔ったのか?」
倒れる私の身体を第二王子が支えてくれる。
お姫様だっこはよ!
「ウォーターフィールド伯爵はどこ行った? これ、結構重いんだけれど」
なぬ。
「便所じゃない。ってかなんで抱き合ってるのよ?」
「床に頭を叩きつけるよりかいいだろう」
オブラートに包むこともせずルルナが第二王子を叱る。
「ばっかじゃないの? そりゃ、彼女だったら後頭部からぶっ倒れそうだけれど、ほっといてもこの女は大丈夫よ。そこらに転がしといたら?」
「分かってるんだけれど、やっぱり放置ってのは――」
「はぁ~あ。さっさとそこの長いすに運びましょ」
ルルナも私の身体を支えた。
その瞬間、あのゲームの惨殺シーンが頭に浮かんで身体に緊張が走ったが、彼らは気づきもしなかった。
そこに手を差し伸べて、支えてくれる人が一人。
「ルチル……さんでしたっけ。いつも兄がお世話になっています」
「ああ、本当にレイにそっくりだね」
ルチル・ベリルシュタイン。宝山王の息子。
淡い水色の瞳。赤みを帯びた長い金髪は結ばれることもなく丁寧に梳かれて後ろに流されている。
「レディを借りていいか?」
疲れ果てた感じのルチルは救いを求めるように第二王子(仮)に問う。
ああ、薄目だから、ほとんど声の情報だけだけれど。
一応、薄目で怪しまれずに『見る』芸当も演技指導の先生に習った。
こちらも一部令嬢の嗜みだそうだ。
だが、どうがんばっても情報量が制限される。
「ああ。事情は聞いています。でも、いつもは弟さんのパートナーに頼んでいるんでしょう?」
死霊王子様がルチルに問い返している横で、
「踊りたくないのなら来なければいいのに」
ルルナの目はちらちらと肉に向いている。
「ラインハルトに呼ばれたからな」
「まあまあ、ここは小さな恩を売っておこう」
乗り気ではないルルナを第二王子がなだめる。ルチルの苦笑がもれる。
「いつも借りているから、弟が嫌がってね。ついでに弟に見つかると小言をくらう」
「一曲だけならお手伝いしま――」
どうする。ここは起きて、バートナーを願い出るか?
それともこのまま寝たふりか?
とそこにルチルと同じ声優の声が聞こえた。
「おやおや、兄上そんな隅っこで何をしてらっしゃるのですか?」
「げっ」
「げっ、とは何ですか。ああ、お初にお目にかかります。アズライトと申します」
「アルミナです。よしなに」
『ピースオブレペンス』でヒロインの友人役だったはずのアルミナ。
銀髪に桃色にもオレンジ色にも見える不思議な目をしている。
その婚約者『ピースオブレペンス』の隠しキャラクターであるアズライトも。
こちらは濃い青の瞳と色の薄い金髪を後ろでくくっていて、メガネをかけている。
クラスが違う上、攻略期間がたった一学期だけという超難関キャラクター。
当然アルミナの手助けは一切受けられない。
しかし、納得いかない。
さっきのプリ……なんとかもきれいなストロベリーブロンドだった。
ヒロインは地味な黒髪なのに、なんでサポートキャラやライバルキャラがあんなにカラフルなのよ!
淑女の礼を受けて、ルルナも慌ててスカートの端をつまんで礼をした。
「イリア・ラハードの婚約者のスズ・ハニーボックスです。こ、今後もよろしくお願いします」
ハニーボックスとかなんのひねりもない名前は、養蜂農家に多い名前だ。
「別に無理しなくてもよろしいですよ。世が世なら私たちはあなた方の臣下なのですから」
「一度途絶えてしまった家です。昔のことにはとらわれずに今後は新しい関係を築いていけたらと思います」
第二王子のそっくりさん(イリアというらしい)はすごく真面目な表情で、手を差し出す。
「今はまだ、その手は取れないのです。申し訳ない」
だが、冷たい目でその手を見ていたアズライトは握手には応じなかった。
「こら。アズライト」
「……あなた」
『あなた』?
え、この時点であなた?
アルミナがアズライトと結婚するのは二学期に入ってからのはずだ。
「お互いのために未来が良い方向に進むことを願っています」
「……」
アズライトの意味深な発言に第二王子改めイリア・ラハードが返答をためらっていると、また彼が現れた。
「ルチルー肉食べる?」
「お義兄様、この方は?」
「らいんはふとです」
「焼きとうもろこし食いながらしゃべるな。ああ、アルミナ、これがレイス家の次期当主だ」
「こ、この方が?」
アルミナが目をまん丸にする。
いや、こんな薄目では良く見えないのだが、びっくりしているのは確かだ。
「いや、肉ばっかり食べるのもどうかと思って」
ひたすらずれた答えが返った。
なんでパーティーに焼きもろこしが出ているのか。
ゲームの中ではもうちょっと神秘的だったぞ。
なんだこの残念な子は?
「後で行くから先にアルミナたちを案内してくれ」
ルチルの言葉にラインハルトはうなづいて、アルミナたちを連れて行った。
後に残ったのは、ルチルとその弟のアズライト(と私)だけだった。
イリア・ラハード……ラハード家次男。金髪碧眼。
『ピースオブレペンス』の第二王子と姿がそっくりな伯爵令息。
ルチル・ベリルシュタイン……ベリルシュタイン家長男(三人兄弟)。イリアの兄の友人。
赤みを帯びたセミロングの金髪。水色の瞳。髪を梳いてくれる人はいない模様。
アズライト・ベリルシュタイン……ベリルシュタイン家次男。薄い色合いの金髪に濃い青の瞳。
顔立ちも声も兄に似るが、「兄に似ている」と言われるのが嫌なため、度の無い眼鏡をかけたり、髪を結んだり、わざと低い声音にしたり……。髪はおろせば背中まである。
妻が毎日髪を梳いてくれるが、髪をきっちり結んでいるため、せっかくのさらさらヘアに変な型が。
アルミナ・ベリルシュタイン(旧姓コランダム)……銀髪。橙色にも桃色にも見える不思議な色の目。名前は宝石・鉱物等から。
夫の髪を梳くのが、至福のひと時。