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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
首飾りをめぐる物語
58/60

亡命

ナイラの首飾りのお話。ナイラ最後にちょっろっと出てくる予定。


本編の三年前頃からのスタート。


アンリは本編のはやり病の騒動と『セトその後』にちょろっと出てくるセトたちの隣人さんです。

 ―これはお父様が私にはじめて下さった首飾りなのよ―


 

 私が十歳の時、我が国、ロセウムで革命が起こった。


 母は真っ青な顔で私に宝石が表地と裏地の間に縫いこまれた服を何重にも着込ませた。


母方の一族に他国の有力貴族がいなかった。

父方は嫡子たちを逃がすことに忙しく、私と母のことはほったらかしだった。

頼る者のない母マリアンヌ・ベリーと私アンリ・ベリーは仕方なくロセウムから隣国のレペンス王国へ自力で逃亡した。

 ウォーターフィールドの国境警備員に、足止めを食らっている間、同じように足止めを食らっていた難民が今にも襲い掛からんばかりの瞳でこちらを睨んでいた。


 ウエストレペンスにたどり着くと、伯爵は草ばっかり入った緑色の粥をくれた。

それが、あたたかく、苦く、おいしくて……それが涙が出るほど悔しかった。


「悪いが、あなた達の財産の九割を没収させていただく」


「私たちは身一つでここまでたどり着いたのよ。何も持ってないわ! 家財や宝石も全部国境でもぎ取られたのよ!」


 母はレペンス語で訴えた。


「子供、風呂があるぞ。」

「本当!?」


 泥まみれ、すすまみれで、風呂に入りたかったのは確かだった。


『だめよ! 脱いだ服を漁るつもりだわ』


 喜びの声をあげた私を母がロセウム語で怒鳴って制した。


「最初に言っておく。宝石など飯を食えなければただの石ころだ。ここで暖かな寝床を用意してもらうには、金が必要だ。 しかし、勝手に飯も金も沸いてくるわけではない。 これから、多くの人がこの町に流れ込んでくる。おまえらの大事な財産は、彼らの初期三ヶ月の住民税に当てられる。飯が食べられなければ、土を喰うことになる連中のために使われるんだ」


 伯爵の後ろで、木に生ったままの赤い実を人々がもぎ取って口にほうばっている。

 品のない、意地汚い光景だ。


「うちの街路樹は季節ごとに実がなる。 勝手にもぎ取って食べていいことになっている。今年は全部食べつくされるだろうが」


 そう言って、もぎ取ったりんごを伯爵が私の小さな手に乗せた。 きれいに切り分けられていないことに不満を覚えながら、庶民の真似をして、精一杯口をあけてほうばる。すっぱくて甘かった。


「ちゃんと申告すれば、思い出の品を手元に残すことは検討しよう」


「財産を取り上げる権利があなた達にあるの?」


「どれだけ偉い貴族様か知らないが、あの葬列に俺らが、本来市民のために使うべき税をどれだけ無駄にしていると思っているんだ」


 ロセウムから蟻のように黒い列がぽつぽつ続いている。


「私たちはあれらに金を使えなんて一つも命じていません。あなた方が勝手にやっていることでしょう?」


 さっきまで私たちもあの黒い点だったことを母は……私はすっかり忘れていた。

 私たちの財産は自分と母の暖かい寝床とご飯と今後の何不自由ない生活に当てられるべきだ。

 私自身の考えは母に近かった。

 直接彼に抗議の声を上げたわけではなかった。だが、顔には出ていたのかもしれない。

 後から考えたら、精一杯手を伸ばしてくれた彼らもぎりぎりだったのだ。


「この女をこの場で素っ裸にしろ」


「は」


 粥を難民に渡していた女性たちが、群れて彼女を取り囲んだ。


『汚い手で触らないで!』


 広場のど真ん中で上着を脱がされ、本当にドレスに手がかけられる段になって、母は『わかったわ』と一言呟いた。



「私たちはお金はあります。なぜ、こんな仕事を」


 広場。


 財産の大半を没収されたとはいえ、無駄遣いしなければ、十分残っていた。


 母は伯爵に不満をぶちまけた。


「これは、この子が、いつかロセウムに帰ったときに必要な経験だと思うが」


 私に最初に割り振られた仕事は、ここまでたどり着いた難民に最初の粥を振舞う仕事だった。


 たくさんのぎらぎらした眼球がこちらをにらむ。


 びくびくしながら、一杯の椀を一人ひとりに手渡していく。 彼らと私の間を机が隔てている。 私が王族だと知った途端、彼らは私に襲い掛かってくるのではないか。私は何も悪くないのに。


 伯爵には感謝しているけれど、当時は伯爵が用意した使用人部屋に毎日泣いて帰った。


 

 伯爵は、私が完璧にレペンス語を理解していると判断すると、通訳を命じた。

 その次は、ロセウムの難民にレペンス語を教える先生。


 母はその生活に耐え切れず、レペンスの王都のサロンとパトロンを渡り歩き、一年後にはウエストレペンスにほとんど寄り付かなくなってしまった。


 伯爵家の支援のおかげで、家事もろくにできない元王子の一人暮らしでも十分やっていけた。

 通訳と教師の給料もそこそこ良かったし、家賃は食堂の利用代も含まれているはずなのにすごく安かった。

 洗濯物も洗濯代を払えば、まとめて城の洗濯係が洗ってくれることになっている。

 ボタンが取れていたりほつれがあったら直った状態で戻って来た。


 母からの仕送りもあったし、ウエストレペンス伯爵が売り飛ばしたと思っていた宝石の数々は実際はレンタル扱いにしてくれていたようで、亡命の一年後にはレンタル料をつけてほとんど手元に返ってきた。

 男の私には無用の長物の宝石は、狭い使用人部屋に置くには無用心だし、それなりに場所をとってしまって邪魔だ。

 仕送りは手をつけず貯金に回し、宝石はレンタル代込みですべて母に送りつけた。


 今から思えば何であんなでかい家具を持って国境越えようと思ったんだろう。


 フランボワーズ夫人の偽名で何人もの男達の間を渡り歩く母の噂話を聞くたびに複雑な気持ちになっていると、伯爵が

「あれはあれで、レペンス王国の文化発展に貢献しているからいいんじゃないか?」

 適材適所だ、と慰めてくれた。


 ウエストレペンス城の使用人が母親が外出しっぱなしの私を気にかけてかわいがってくれたおかげで、少し寂しく感じることはあってもうまく過ごせていた。


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