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魔法の終わり あるいは……

『楽勝で攻略できると信じてました』のエンディングは『元側室のエンディング』で書かせていただきました。

この『魔法の終わり』は『お姫様とスケルトン』~『楽勝で攻略できると信じてました』のラハード一族の物語のエンディングです。『楽勝で~』から読まれた方にはちょっとわかりづらくなっています。すみません。

百年後


 王都の灰色がかった空に飛行船が飛ぶ。

 身を隠して生活するにはちょうどいいが、たまにウエストレペンスの空が無性に恋しくなる。


「久々に行くか」


 ウエストレペンスとて、昔ほどの美しさは失われているのだが。

 

 ◇


 銀の髪と赤い瞳の中年の男が新聞を広げながら呟く。


「ふーん。神秘よりも、兵器か。魔法使いの時代もやっと幕が降りるか」

 

 どんな兵器の大量生産に成功したとかそういう文字が新聞を賑わせている。

 魔法が完全に不要になるのは魔法以上の物を人が手に入れたとき。

 この時が来る日を信じ、待ち望んでいたが、やはりこうなると心に隙間風が吹く。


 「ああ、神様。ちょーどいいモデルをありがとう!!」


 新聞を読みながらゆっくり紅茶を飲んでいると、女性が歓喜の声を上げながら断りもなく男のテーブルに座って男の手を握った。


「肖像画って、澄ましたお顔でしょ。ま、彼は肖像画の中でも難しい顔しているけれど。あんたも難しい顔

しているわねぇ」


「殴って良いか?」


 なんの肖像画かはわからないが、女のつるっとして柔らかな手に不快感を覚える。

 一般の男ならこんな美人に手を握られて喜ぶだろうが、残念ながら彼は女が大嫌いなのだ。


「専属モデルになって! こんだけだけ出すから」


 指三本を立てて言った。


「俺の年間収入知ってから言うんだな」


 女は男の服を見ながら、ため息を付く。ジェントリくらいには見えるだろう。

 実際、銀行の利子だけで、十分生活できている。


「そうよね。こんなところに来れるのはお貴族様か成金さんよね」


 酒臭い。


「ほら、ここのコラム私が書いたの。

 でも本当に髪や目の色違うけれどリオン様にそっくり」


「記者……コラムね。こんなん二番煎じもいいところだろ」


 『エリエルの手記』だったかなんだったかが大ヒットして、次は『アレスの手記』というのを出すそうだ。


 大体自分は憂さ晴らしに女の悪口は紙の裏に散々書いたが、日記なんてものを書いたら逆にストレスを溜めてしまう性質(たち)だ。

 

 その紙くずは処分せずに城の隠し小部屋に投げ入れていた。 

 いつか小部屋一杯になったら全部燃やすつもりで、溜まっていく小山を見て薄ら笑いを浮かべるのが唯一の楽しみだった。 今から思えば相当病んでいたんだろう。

 末娘が生まれてからはすっかり足が遠のいたのだが……。

 子孫の誰かが燃やしてくれていることだろう。きっと。たぶん。


 (……まさかこの女に貢いでいないよな)

 

 親戚筋から、ウエストレペンスの近況は聞いている。

 現当主にまとわり付く年若い記者。

 ハンチング帽にジャケットとズボン。今流行の職業婦人でもさすがに男装までしている女性は少ない。

 香水やら化粧やら必要以上に塗ったくるご婦人方より好感が持てるが、


「だめ?」


 ぶりっ子だろうとだめなものはだめだ。

 

「うっ」


 うるうる涙を目の端にためて近くに置いてあるアレスの紅茶のカップを奪い取った。


「おい」と男が声を上げるが……


 女はじっとカップを見つめて、

「砂糖溶けてない」

 乱暴に数度スプーンをぐるぐるかき混ぜて、ぐいっと、


「砂糖じゃないからな」


 飲む寸前で男が取り上げた。途端女は男に詰め寄った。


「何でだめなんですか? 私じゃだめですか?」


 いや、世の女はすべて滅べばいいと思っているが。

 たぶん、あれと勘違いしている。


「いや、俺に言われても知るか」


「財産なんてびた一文要りません。そりゃちょっとくらい手元にあってもいいですけれど。男一人養えるくらいの稼ぎはありますっ」


 据わった目が獲物を狙うチーターだ。はっきり言って近づきたくない。


「だから、親戚だと言っているだろう。」


 ため息と共に呟いた男は、しばらく女の愚痴を聞いてやった。



未婚の女性が男の前で酔いつぶれている。無用心すぎる。思わずため息がこぼれる。


「……なんで、こんな所で寝てるんだ」

「酒呑んだから」


 リオン・ラハードが目を剥く。

 ぎろりと睨み付けた男が自分とそっくりだったからだ。 泣き疲れた彼女の相手をしてくれていたのだろう。


「本物ですか」


 アレス・ラハードの没年ははっきりしない。完全に隠居して以降は表舞台にでることは無かった。ラハード家の肖像画では、歴代の当主と同じく金髪碧眼だったはずだ。


 だが、稀に子孫の前に姿を現すらしい。銀の髪と赤い瞳の姿で。


「さすがにドールの姿は目立つから。他の人間には髪も目も茶色に見えてるはずだ」



「人は、新たな力を手に入れた。風はじきに嵐になる。俺らはもはや魔法使いではなく、ただの弱い人間だ。守りたいものだけ守るんだ」


 生き残るための備え。大切な者を守るための力。アレスにとってもはや不要のものだ。

 アレスはもう守るものの線引きができないからだ。

 なのに世界には今日も新たな(ひび)ができ、様々な色で色分けされている。

 子孫の中には現在『敵国』で暮らしている者もいる。


 手を貸すことはできないが、当たり障りのない忠告くらいはいいだろう。


いぶかしむリオンには何も答えずにアレスは立ち上がった。


「ミク。こぼれるよ」


 カキ氷のスプーンを掬ったままこちらを見ていた少女を、父親らしき人が注意する。


 サヤカとよく似た服装と雰囲気の黒髪の少女と髪を金に染め上げた異国の男。

 こちらを眺めていた二人と目があった。彼らはちょっとびっくりしたような顔をしたが、二人ともにっこりと微笑んでぺこりと頭を下げた。 アレスもつられておもわず頭を下げてしまった。

 よくサヤカがしていた癖だ。


 手がかりは……異人(まれびと)たちから預かった言葉は本に残している。

 

 この世界を訪れた数人の異人(まれびと)。ナイラ・タルジュ。ミハラ・サヤカ。たぶん彼らも……。

 

 この世界は彼女たちがもたらした異界の歴史とさほど変わらない歴史を歩んでいる。

 彼女たちの世界に追いつく頃には呪いは解けているだろうか。


「さて、あと200年か500年か。どこで暇をつぶそうか」


 世界が卵の殻のように粉々に砕けないことを祈って……

これにて『花の指輪物語シリーズ』+『楽勝で攻略できると信じてました』の終わりです。

この世界で描くのは近代の始まりまで。この期間、もしくはそれ以前の物語を書くことはあるかもしれませんが、戦争や紛争は現実の分でいっぱいいっぱいですので。


拙い文章を最後まで読んでくださりありがとうございました。


アレス・ラハード……ライラの居所の情報と引き換えにルビアの呪いを自分に移した。以降、40代の姿のまま生き続ける。


佐伯 ミク……現代人。『お姫様とスケルトン』『ゾンビとアカツメクサ』などで読み手・傍観者として登場。


佐伯 颯真……ミクの父親。『お姫様とスケルトン』『ゾンビとアカツメクサ』などで読み手・傍観者として登場。


美原 彩夏……現代人。『バクを修正せよ』のヒロイン。レイが赤ん坊の頃この世界を訪れ、十日ばかり滞在した。重要人物だけれど今回出番なし。

 トランプ・おとぎ話・医療知識をアレスたちに授けた。


ナイラ・タルジュ……本編終了後、数年経って転移者「美原彩夏」の存在とその者がおそらく帰還したことを知る。その時点で日本へ帰ることはあきらめていたが、美原彩夏の情報を得るのと交換に自分の『前世』をアレスたちに語る。



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