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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
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元側室のエンディング。あるいは答え合わせ 【ナイラ&ライラ】(十年後春)

 春。



 あの離宮から運んできた楓と桜は枯れることもなく根付いてくれた。


 晩秋の引越しだったにもかかわらず、子供は心配していたわりには風邪一つひかず、むしろ大人よりも早くこの地になじんだ。

 王妃様はコーニッシュ領に移ってから、体調が少し良くなってきたようだ。



「今日ね。お客様をお呼びしたの」


 ふんわりとした笑顔で突然告げられた言葉に目が点になった。


 来客があるならもう少し早めに教えて欲しい。

 わざわざこんな田舎まで、王妃様を訪ねて 丁寧におもてなししなければ。

 もちろんこんな田舎まで来て王妃を政治に利用しようとする輩は叩き出さなければならないが。 


 私は付いてきてくれたメイド――今は侍女とうなずき合った。妙にニコニコしていたが。


「久々に会いたいでしょう。女医と聞いたから、私を診てもらおうと思って」


 は? え? まさか……


「女医が少ないとは言っても、他に有名な方はいます。なんでわざわざライラなんですか?」


 私の怒りを抑えた口調に、王妃様はほわほわした笑顔で答えた。


義母(はは)の厚意は素直に受け取って」


 今の今まで黙っていたのは私が逃げないように、だ。


 たまにしか会わない息子の正妃よりも、ずっと身近に感じてくださっているのはありがたいが、別に妹に会いたいとは思っていない。


「あなたがいつも話してくれる妹さんに、私も会ってみたいわ」


 妹との思い出なんて数えるほどしかない。

 そんなにしゃべった記憶はないが、社交界の話や、ミニ社交界の学園の話は避けて、当たり障りのない話をと思っていたから自然妹との話が多くなってしまったのかもしれない。


 昔、妹が嫁ぎたての頃に送られてきた手紙の存在を知られてからは、その話もねだられるようになった。

 「もちろん全部じゃなくて、読めるところだけ」などとお願いされてしまったら断りようがない。


医師を呼んだ。数少ない女医とはいえ、ただの町医者だ。


 ウエストレペンス伯爵とそのお付きの二人が寝室に呼ばれた。 

 まさか、いきなり寝室に通されるとは思っていなかったのだろう。イリアが回れ右を仕掛けて、「気にしないで」って王妃様に言われて、仕方なくとどまった。


「ウエストレペンス伯爵イリア・ラハードです。この者たちはレイ・フォレストとその妻」


 レイ・フォレストとライラ・フォレストが王妃様に、次いで私に深々と頭を下げた。 当然だ。私はいまや女侯爵だ。


 伯爵位を継がずに医師となった夫に付いていった平民とは立場が違う。


「あの時以来ね。寒村の医者と言うからどんなぼろ布をかぶっているかと思えば」


 白衣に隠れている服はちゃんとした生地だ。いつぞやのほつれたワンピースとは大違いだ。

 白衣を着た妹を守るようにレイが一歩前に出る。 


「公式行事に出ることはほとんどありませんが、お呼びがかかった時のための服装は取っております」


 そうは言っても、荒れた手を見ればさほど良い暮らしをしていないのは分かる。 


「堅苦しい挨拶は抜きでね」


 王妃様は不穏な空気を打ち消すようにぽんと一回手を打ち合わせて、ほんわりと皆に言った。 


「では、診察を始めさせていただきます。といっても、日々の健康管理は専属のお医者様がやっているでしょうし。イリア様、レイちょっと外で待っていてください」


 二人はほっとして出て行こうとした。 自分達の父母よりも年上とはいえ、女性のそれも王妃の寝所にいることは避けたいのだろう。


「追い出さなくていいわ。城と違って噂する者もいないでしょうし」


 いや、いろいろ見ているだろう。控えている侍女の中には、スパイもまぎれているだろうし。

 自分のゴシップは別に書かれてもかまわないが、王妃様にはいまさらそんな世俗の泥をかぶってもらいたくない。


 ライラも少し困ったようだ。 


「では簡単なマッサージやベッドの上でもできる運動をお教えしますね。運動だけでは退屈でしょうし……。

 どのような話をしましょう」


 ライラもここが何の刺激もない場所だとわかっているのだろう。


「……そうね。ウエストレペンスでのお話でも聞かせてもらえる?」


 ライラは王妃の要望にしばし考えて、


「わたしの義父の話をいたしましょうか。 私が嫁いだ頃にはほとんど……」


 ぽつぽつとウエストレペンス城でのエピソードを語る。


「女性に鈴を? 」


 王妃はころころ笑い出した。


「まるで飼い猫みたいですよね。正直多少の不快感がなかったとは言えませんけれど……」


「前ウエストレペンス伯はお元気?」

「はい」


 ゆっくりマッサージをしながらライラが答える。


「一度、ウエストレペンス城にお邪魔して前ウエストレペンス伯にお会いしたことがあるのだけれど……」


「「父が失礼をして申し訳ありません」」


 まだ、会ったとしか言ってないのにレイとイリアは二人して謝った。


 王妃様はくすくすと上品に笑う。


「あなた達にも会ったのですよ」


 レイが肘で突いているが、イリアはとっさに言葉が出なかったようで、レイが代わりに答える。


「その話は父と母から、聞いています。確か、母と作った花冠をお渡ししたと。なにぶん昔のことで……」


 軽くマッサージを終わらせたライラが、


「今日は天気もいいですし、風も気持ちいいです。少し外に出てみません? 気温も温かいですから日向ぼっこでも。王妃様のお好きな花も咲いています」


 王妃様に対するには礼を失する親しみを込めた言葉遣いで話しかける。


 王妃様の好きな花? 

 ラハード姓を名乗っていた時でさえ、ほとんど公式の場に出席したことがないライラが何を知っているというの?



 ライラは車椅子で王妃様を連れ出したかと思ったら、


「ちょっとお花を摘むから、王妃様とおしゃべりしててね」

「おい」「ちょっと」


 唐突にそう言って男二人に王妃様を預けてしまい、私の手を引いて歩き出した。


 預けられたレイとイリアは王妃にどう接していいか戸惑っている。

 まあ、少し離れたところには侍女達が控えているから大丈夫だろう。



「この草珍しいわね」


 ライラはそう言いながら、シロツメクサと一緒に変な草まで摘んでいく。


「普通に馬の糞落ちているから気をつけたほうがいいわよ」

「それ先に言ってよ」


 少し離れたところでは馬と牛がのんびり草を食んでいる。いつもと変わらない景色。



「まさか、今もそれを着けてくれているなんて」


 そう言って、ライラは自分の首にぶら下げた紫水晶の砂時計ペンダントをちょっとだけ掲げて笑って見せた。

 そして私の首にかかっている赤い砂時計のペンダントを見る。


 そんなこと言うためにわざわざ二人っきりになったのか。


「壊してもどうでもいい安物だから、普段使いにしているだけよ。 予備もあることだし」


「二つとも大事にしてくれていたのね」


「たまたま割れなかっただけよ」


「そう?」


 それ以上は、二人とも言葉が続かない。


 ライラはよーく周りを確認した後、手近な石に座り込んで、花冠を作り始めた。


「あんたどんくさかったのに、案外器用ね」


「子供にねだられるからね。鶴も大人気よ」


 昔、一度私が気まぐれで作った鶴の折り紙をライラは何度もねだっていた。

 めんどくさいから自分で覚えて折りなさいって言って、結局教えるほうが手間だったけれど……簡単な四蓮鶴くらいまではできるようになったはずだ。

 まだ覚えていたんだ。


「私、男の子一人でよかったわ」


 アスランはせっかく折ってもすぐくちゃくちゃにしてしまうのだ。


 そんな他愛のない話をしながら、私は理由を考えていた。

 

 王妃様がライラを呼んだ理由。

 ライラ単独では身分的に会えない。当然、伯爵が付き添って、伯爵の紹介という形で会うことになる。


 この答えを聞くのはたぶんこの時をおいて他にない。


「まさか、本当に第二王子だとは思わなかったわ」


「は?」


 ぽかんと口を開ける妹。

 そしてすぐ眉をひそめる。 その目の奥にちらつく冷徹な光に、私の答えは正しかったことを知った。


「ふふっ、あはははははは、あははは! あはははぁあ、あー、おかし」


 肺の空気をすべて吐き出す勢いで、腹を九の字にして笑った。


 急に笑い出した私を妹が気味悪げに見た。

 

 疑ったのは、夜会で会った一度きり。

 確かにそっくりだったけれど名前も違ったし、ルルナそっくりのスズと寄り添うなんてゲームではありえない組み合わせ、てっきり違うのだと思っていた。 

 なんせ、ゲーム上では、第二王子はルルナにとって敵の息子なのだから。ついでに言うと年齢も合わなかった。


 前王が唯一後継者に指名した第三王子だったけれど、ゲームでは当時の第一王子が前王を幽閉して王になってからは、繰り上がりで、第二王子になった。この世界では第二王子になった途端、死亡ってことになったようだけれど。


 王太子が私を必要とした訳は、こういうことだったのね。

    

 ライラと話しているときの義母の視線は妹でもなく、その夫でもなく、ウエストレペンス伯爵に向かっていた。

 そして、私に妹の手紙の話をねだったのは、妹の手紙の中に、イリア・ラハードの情報がまぎれていないか探していたわけだ。


 同じく王太子も私の言葉の端々からイリア・ラハードの情報を拾い集めていたのだ。


 最初からわかっていたことだけれど、私だけの愛なんて一つもなかったんだ。

 

 そして、息子への愛も……。



「何もかもは、思い通りにいかなかったけれど、私は上り詰められるところまで上り詰めた。

 悪くなかったわ」


  私の知っているゲームとはぜんぜん違うエンディングを見れたのだ。

  最初の予定とは随分違うが、十分楽しめた。


 それに……草原が広がる片田舎の大地と空は確かに私のものだ。


「まるで人生の終わりみたいな言い方をしないで。せっかくあの流行病(やくさい)を生き抜いたんだから。その言葉はもう少し先まで取り置きしておいていいんじゃないかしら?」


 妹は妹で、あの厄災で生きられなかった命を数多く見送ったのだ。

 たかが、王太子に捨てられたくらいで死なれては困るのだろう。

 

 私はただ答え合わせをして、ゲームのエンディングを”今”と区切りをつけただけだ。



 ゲームでは、第二王子は私たちと同じ年で、こちらでは一つ下。


 この国は生まれた子にまで税金がかかる。

 仮に年末に生まれ、年を明けずに亡くなったとしても、一年分の税がとられる。


 庶民は特に田舎では、節税のため子の年齢を一、二歳ごまかすことが良くある。

 戸籍を管理する村長も、そこまできっちりした徴税を行っていない。


 それを使ってイリアの出生年月日をごまかしたのだろう。



 これから先は、××××の人生じゃない。本当のナイラ・タルジェの人生だ。

 

「どうしてもって言うなら、私の息子にあなたの娘を嫁がせることもできるけれど?」


 絶対断られると思っていたが、一応聞いてみた。


「いえ、大変ありがたいお申し出ですが、娘はすでに婚約しておりまして。『助かった』と言っていました」


 妹は一応、形式上丁寧な言葉で辞退した。


「『タルジェが手を貸したことを覚えてくだされば十分です』と伝えといて」


 これも、また一つの縁だ。




 側室ナイラ・タルジュはファッション界に嵐を巻き起こした後、王太子の即位を待たずして、王宮を自ら退き、コーニッシュ女侯爵と名乗った。


 コーニッシュ女侯爵は生涯、国中から桜と楓の他、変わった植物を精力的に集め続け、コーニッシュ領はさくらんぼとメープルシロップの産地となる。

 

 時の王妃との戦いには負けはしたが、桜や楓、バラなどの品種や服、菓子、生活様式など多くの分野に名を残したのは彼女だった。

姉妹の10年をぎゅっと詰めてお届けしました。

勧善懲悪の物語ではなくてすみません。


ペンダント大事に残していたシーン~「悪く無かったわ」のくだりが二番目に書きたかったシーン。


人生勝ち組は女侯爵と言われるまでになったナイラのほうでしょうが、ライラも別にゴールが王子様じゃなくても、本人が選んだ道ならOKじゃないでしょうか。


裏では王太子とイリアと王妃の愛憎劇もチラッとまぎれていました。

(イリアのあれこれについては『茨姫のプロポーズ』の第四話『ピンク髪の侍女』でちょろっと書かれてます。ご興味のあるかたはどうぞ)


王太子が欲しかったのはタルジェの情報網ではなくて、ナイラからのウエストレペンスの情報。

ハーブ事件の真相ですが、この件に関してはウエストレペンス城のキッチンメイド募集の話をナイラがちらっと王太子にこぼしただけで、キッチンメイドを用意したのは別の恋人さんです。

(ナイラは知らない内に犯罪に加担させられて、それに関しては永遠に知らないまま何の償いもできないままです)


ドールの話とかその他もろもろどうなったというのは、選ばなかった道はわからないですと。


××××(ナイラ前世)……ハッピーエンドを目指すが、傍観者として作品を隅から隅まで楽しめればそれでOK。

むしろ、ハッピーエンドでクリアしても、わざわざバッドエンドも確認したがるタイプ。

乙女ゲームの誰も見たことのない外伝を一人占めできるなんて、その乙女ゲームのファンからしたら最高のご褒美……なのか?


ナイラがちょっと休憩して、また次の目標を見つけるのか、このまま片田舎で埋もれてしまうかはわかりませんが、ナイラとライラの物語は一応ここでエンドです。

乙女ゲーと婚約破棄……流行物とぜんぜん違うブツになったような気が……。


あとちょっとだけ他の人たちのその後も書かせていただく予定です。


お読みいただき本当にありがとうございました。


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