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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
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凋落【ナイラ】(九年後秋)

 王太子妃の姿が見えたので脇によけ、三十度お辞儀をした。

 決してスカートをつまんで服従の意志を示すつもりはない。


 王太子妃一行はわざわざ私の前で立ち止まった。

 王太子妃は口元を扇で隠しながら、お付の侍女に耳打ちをした。


「最近、王妃様のところに通われているそうですね、と」


 自分でしゃべれんのか。


「孫を見せに行っているだけでございます。王太子妃様はちっとも孫をみせてくれないと嘆いておられましたので」


 王太子妃は私の前を通り過ぎながら、ぽつりと呟いた。


「同類で仲がよろしいこと」


 昼ドラは好きだったが、自分は50話も続く女のどろどろバトルを繰り広げるつもりなどない。

 だが、釘は刺しておいたほうがいい。


「私は耳が良いほうですの。お聞こえになりまして?」


 笑顔でわざわざ王太子妃の呟きと同じ大きさに調整した声で返した。


「王妃に告げ口されても文句を言えないですよ」という意味もこめて。


 ぼきっと扇が折れる音が聞こえた。 ああ、もったいない。


 王妃様から聞かれたら、世間話程度はする。

 でも、わざわざ告げ口して、王妃様のお心を煩わすつもりはもうとうない。


 王妃様は表から身を引き、どの派閥とも距離をとっている。

 どこの勢力が権力を取ろうとも、落ちぶれようとも、私と息子は王妃様の側で寄り添っていれば安全圏内だ。

 でも、あの方を利用してしまえば、王様の怒りを買う。

 だから、あくまで匂わせるだけに留め……



 私は王太子妃とは逆の方向に歩き始めた。



「母が王城を離れたいと言っている」


久々に私の宮に訪れてくれた王太子様が開口一番そう言った。


「王都の喧騒は王妃様にとって煩わしいのでしょう」


 王妃様は、遠い田舎で静かに暮らしたいと長い間、王に願い出ていた。

 やっと希望が叶ったのだろう。

 

「……君は王都の喧騒は好きか?」


「ええ。皆が私のことを良い噂であれ、悪い噂であれ口にするたびに、ここまでのぼりつめられたのだと実感できますもの」



「母とともにコーニッシュ侯爵領に行ってくれ」


 頭の中が一瞬真っ白になった。いや、真っ白になっている場合じゃない。

 突然のことに怒鳴りそうになるが、怒りを押し殺して一番大切なことを王太子に尋ねた。


「息子を私から取り上げるおつもりですか?」


「いや。君には別の役目を与える。お前の息子がコーニッシュ侯爵になるのだ」


 まだ生まれて一年しか経ってない息子を追い出すなんて……


 私の息子アスランが生まれて半年後、王太子妃が第一王女を生んだ。

 以前は王子しか王位継承権が認められなかったが、今の王の代になって王女にも王位継承権が認められることとなった。


 このままでは、もめると判断したのだろう。

 もしかしたら、王太子妃が王太子に囁いたのかもしれない。

 


 用済み……完全な厄介払いだ。


「ここにいれば、いらぬ悪評が立つ」


「王子様がたを害すると?」


「……」


「私は私の行いで不幸になったものがいることは自覚しておりますが、自ら誰かを死に追いやったことはありません」


「他の者は君が暗殺者を雇うなり、事故に見せかけるなり――」


 他の者……ね。


「私は……あなたが、この世界の人が生きていることを知っています。

 私は人を殺しません」


 この手は……


 この恐怖は……


 多少悪いことをして来た自覚はあるが……


 生きている人を殺すのが怖い。嫌だ。

 前世で自然に身に着けてきた当たり前のことだ。

 それはこの世界で前世より長く生きていても、変わりはしない。

 ただの日本人の小娘から成長していない。


「信じていただけないのですね」


 この忌避感を彼に説明するのは無理だろう。


「ええ、わかりました」


 涙を堪えて、王太子の前を去り、自分の宮にたどり着くと、


 ――黒瑪瑙と紫水晶の首飾りを引きちぎって、泣いた。


 これと揃いで作ったドレスも耳飾りも髪飾りも何もかも意味がなくなった。



 私は父と母と三人家族だった。

 父は家ではだらーとしている印象しかなかったし、母はがみがみうるさかったけれど、私は確かに幸せだった。


 私は歩道を普通に歩いていただけなのに。……後一分、早ければ。後一分遅ければ。


この世界に来て、痛みと熱から覚めた私に『父』役の男は『妹』役の子供から私の傷の話を聞いて喜んだ。

 『妹』役の女には、愛が用意されている。

 この世界の中にいる限り私は妹のお下がりの愛しかもらえない。


「私をあそこに帰して!」


 何度、心の中で叫んだろう。私は始めてその言葉を口にした。


 悲しみと反比例してどうしようもない怒りが込み上げてきた。


 机からナイフを取り出す。


 枕にナイフを何度も突き立て、涙が枯れるまで泣いて日が暮れた頃、メイドがそっと私の手からナイフを取ってくれた。 


 もし、今、ナイフ一本で道が開けても、自分は息子を置いて帰ることはできない。


 ――私はもうこの世界の人間なのだ。



王太子妃とのバトル……この作品で三番目に書きたかったシーン。


海外の後宮物ドラマ……見るのは(・・・・)好きです。間違って放り込まれたら、一発でお堀に浮くか、毒殺されそうですが。


お辞儀…… ・会釈(15度)  ・敬礼(30度)  ・最敬礼(45度) 


スカートをつまんでのお辞儀……「あなたにひざまずきます」という意味だそうです。

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