花嫁(五月下旬)【ライラ】(追加分) &カルセドニーとルビア【ルビア】(追加分)
2017/8/11 カルセドニーとルビアを追加。一話扱いにしたかったのですが、規定の200字を超えなかったため後ろに継ぎ足すことに。
「ナイラ・タルジェと申します」
華やかな南方の衣装に身を包んだ私は、いつばれるか内心ひやひやしながら、出迎えてくれた伯爵一家に頭を下げた。
ベールに取り付けた貨幣型の薄い板がシャラシャラと鳴る。
「随分と着飾った……着飾られた人形だな。慎ましやかな女性でいいじゃないか。ぜひ、うちの嫁に欲しい」
当主は、私の頭のてっぺんから足元まで厳しい視線を走らせて、いろいろ駄目な発言をする。
その視線と言葉に身をすくめた。
「アレス」
「旦那様、その口の方を慎ましくして下さい」
鮮やかなオレンジ色の髪の伯爵夫人とピンクの髪の侍女がそろってため息を付いた。
「最大級の褒め言葉だが? 何か問題が?」
伯爵夫人と侍女が言葉も無く、空を見上げた。
「レイ兄さん、ぼぉっとしてないで」
少女が青年の肩をぽんぽん叩くのとほぼ同時に、私は青年のまっすぐな視線に耐え切れずわずかに睫毛を伏せる。
花嫁の珍しいすみれ色の瞳を見入っていたレイは、あわてて手を差し出した。
「レイ・ラハードです。長旅お疲れ様です。 お部屋に案内します」
(レイ・ラハード)
ほんのすこし目を上げると、水色の瞳の青年が微笑んでいた。
(なんてきれいな瞳なんだろう)
私は、この人を騙し通せるのだろうか。
◇
「この城で、注意して欲しいことは……棘だね」
「とげ……ですか?」
「ああ。この城って、ご存知の通り『茨の城』な訳で、まあ外見をみたらロマンチックかも知れないけれど、バラには、壁の内側と外側なんて日当たりがいいかどうかくらいの差しかないから」
入ってきたなら切ってしまえばいいのに。そんなことを考えていると、その声が聞こえたかのように彼は、
「切りはしているんだが、切った端から生えてくるから。あとは父にはあまり近づかないように」
レイの父アレス・ラハードの女嫌いは有名な話だが、世間というものを知らない私は残念ながらその噂のほとんどを耳にしていない。
「それとこれ」
レイ・ラハードが渡したものは、ピンクのリボンが付いた鈴だ。
「こ……れは?」
「鈴だよ。それを必ずつけて。リボンは自分の好みで」
何気なく、鈴のリボンを持ち上げてゆすってみると視界の端に何かが動いた。
気配を追って前方に顔を向けて見ると窓枠の上に乗っかったモノがこちらを見ているのが目に入った。
「猫?」
窓の縁で日向ぼっこをしていた猫は、顔をライラたちに向け、「なぁ」と鳴くと窓枠から降りた。
「ああ、君、猫大丈夫?」
良く見れば、ライラが手に持っている鈴とさして変わらない鈴をつけている。
「ええ」
(私は犬猫と同じなのでしょうか)
猫はこちらを振り返った後、廊下の向こうに消えてしまった。
「で、オレンジ色の髪が母のイリーナで、僕とそっくりなのは弟のイリア。よく双子と間違えられるけれど、年子なだけだから。しばらくは、弟と見分けがつきにくいかもしれないけれど」
「そ、それは……大丈夫です。覚えました」
伯爵家の男性は、三人とも金髪と水色の瞳で、レイとイリアは特に良く似ていた。
見分け方はなんとなく分かった。
何しろ自分も姉と良く間違われていたのだから。
そうでなければ、入れ替わりなんて発想は出ず、ここに来てはいなかった。
「蜂蜜色の髪の小さな女の子が、妹のリリー。イリアにぴったりくっついていた栗色の髪の女の子がイリアの婚約者のスズ。もし、何か困ったことがあったらピンクの髪の女性が侍女頭だから、彼女に言ってくれたらいい」
男三人の輝くような金髪と、夫人と侍女のカラフルな髪に圧倒されて、スズとリリーについてはあまり印象に残っていなかった。
次はしっかり顔と覚えないと。
「また改めて紹介するから、慌てなくていいよ。親戚はもっと紛らわしい名前が多いから、僕なんておばさんの名前いつも間違えているし」
気を張っているのが伝わったのか、彼は緊張を解きほぐすように微笑んだ。
「じゃあ、夕食、一緒でいいんだね。もし疲れているなら別にご飯用意することもできるけれど……。あ、別に一緒に食事を摂りたくないというわけじゃなくて、ちょっと問題の人が一人いるだけで……」
「……大丈夫です」
話している間に部屋に到着したようだ。
客室の扉を開けてくれたレイは、部屋には入らず、
「ゆっくり旅の疲れを取って」
それだけ言って、去って行ってくれた。
廊下の向こうに姉の婚約者が消えたのを確認した途端、口から小さなため息が漏れた。
◇◇カルセドニーとルビア◇◇
バルコニーの上から伯爵の声が朗々と響く。
「カルセドニー。案外本当かもしれない」
「ああルビア。なら丁度いい。積年の恨みを晴らせばいい」
遠い日の戦火を思い出す。
王は命じる。
あいつらに私は。
「君は『自らの意志で動くもの』だ。自分が生きていることをあの王に示すのだ」
私は、ごみではない。
―伯爵子息結婚式 ウエストレペンス春の庭。