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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
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自分の道【ライラ】(八年後秋)

 伯爵の発表から三ヵ月後、私は医学院を二年、薬学院を一年まで試験をクリアしていた。

 医者と名乗るには、知識が浅いが、簡単な手当の知識なら一通り身に着けている。


  私は思いがけず送られてきた姉の手紙を目に焼き付けてから、暖炉で焼いた。


 その後、一人医学院を訪れ、食堂の求人欄の前に立った。

 数分躊躇した後、もう日焼けしてしまった紙を引っ張った。


 数日後の夜、子供達が寝静まった後、思い切って夫に自分の望みを口にした。


「私、行くならここがいい」


 レイは、早くから医学を学んでいた。弟に伯爵位が引き継がれた後は、城下町に小さな医院を開業する予定だった。

 それなのに妻からレイの故郷で開業したいと言われて、レイは露骨に嫌そうな顔をした。


「その話はずっと前に終わったろう」 


「もしこの要求が呑めないのでしたら、仕方がありません。別れましょう」


「別れるって……子供どうするんだ」


「アレス様からは許可を貰っています。すぐ近くですので、いつでも会いに来れます」


 許可を貰ったのはかなり昔。嫁いでから一ヶ月ほど経ったころ。イリアが伯爵家を継ぐと聞かされた翌日だ。

 『今は羽ばたく力はなくとも、飛び立ちたい時が来たら好きに飛びたてばいい。子供の親権の問題が起きたらできる限りレイには口ぞえする』


 その当時は、そんなに早く私を追い出したいのかと思ってた。


 私が……私たちがレイをだましたと知ってなお、伯爵一家は私に居場所をくれた。

 恩を仇で返すようなまねだ。でも……


「ベイル村に行きたいのなら、定期的に診療に行けばいい。それこそすぐ隣なのだから、わざわざあそこに住む必要はない」


「それでは急患に対応できません」


 それに今年はあの病は流行っていないが、去年のようなことが起こったら、またウエストレペンスから見捨てられる。

 イリーナ様や、レイたちに故郷を見捨てさせることになる。


「もし、一緒に行ってくださったら心強いのですけれど……」


 ◇


 レイに話を切り出す前に何度か相談に行ったのはアレス様のところだったが、なぜかイリア様が全面協力を申し出てくれた。


 「ただ、ちゃんと説得したいのなら、なんでその村に行きたいか考えなきゃだめだ。

 あそこ以外の無医村なら兄さんはそんなに反対しないだろうし。

 『自分達がそこに行かなくても他にも医者はたくさんいる』って逃げられるよ」


  求人掲示板にはベイル村以上に黄ばんでいる村の求人もあるし、誰も手に取らないまま掲示期限が過ぎて捨てられた紙もある。今回、見捨てられた村は他にもたくさんある。

 別にあそこにこだわらなくても無医村は他にある。



 説得できてもできなくても、話が終わったら執務室に連れてきてと言われていた。


 今までのイリアの執務室ではなく、領主としての執務室にだ。


「うまく行った?」


 イリアの問いにうんとも、すんとも答えようがない。

 三日間、夫にろくに口を効いてもらえない状態で、子供達にも異様な雰囲気は伝わっている。


「知っていたのか?」

「うん」


 夫の厳しい問いかけにイリア様は邪気のない笑みで頷いた。


「八年間築きあげてきたものを全部壊すつもりか」


 夫の声が私の心を締め付ける。顔を見れない。


 八年間、築きあげてきたからこそ、私はこういう結論に至ったのだ。

 八年前の小娘だったら想像さえしない道だ。


「私、イリーナ様の苦しい顔を見ました。何もできない歯がゆさを。それは私の心にも。 

 私は私の故郷を大切にできなかったから、あなたがあの村を見捨てても、私はあの村に行きたい。

 側にいて欲しいけれど、別れても少しでも近くにいたい」


 何度も頭の中で考えたのにうまく言葉にできない。


 バルバスは遠い、簡単には手の届かない故郷だ。夫の友は最期まで家族と故郷を想って、南の悪魔に関する資料を送り続けた。

 王都にいた姉や父も一歩間違えれば死んでしまっていたかもしれない。


 スズさんの悲しみも憎しみも……想像はできても、私にはわからないのだろう。

 ……一時は、子供を養子に出さなければいけないのかとぐるぐると考えたけれど、結局ナイラ以外打ち明けていない。


 夫と子供のいない生活なんて考えられない。 遠くで、一人で歩む勇気はないのだ。でも。


「少しでも自分が役立てる道を生きたいの」


 見上げた夫の顔は怖いままだ。それ以上は言葉が続かず私は(うつむ)いてしまった。


義姉上(あねうえ)の申し出はちょうど良かった。兄さんにはベイル村に行ってもらいたかったんだ」


「はあ?なんで? お前、僕が行けって言ったら行くのか?」


 村八分にされて、あまりいい思い出がないことは聞いている。


「絶対行かないね。 だからこそ、兄貴に押し付けるんだけれど。

 ……ベイル村から合併したいって申し出があったんだ。王領なのに王都からなんの助けもなかったのが相当堪えたみたいだね。

 おまけに隣の町つまり僕らからは最低限の支援しかなかった。ロセウム人は手厚く保護したのに、だ」


 イリアはそこで一旦言葉を切った。  


「結果、あそこはろくに医者もいなかったから、死亡率は他の領よりも高かった。

 一年前の疫病で死んじゃった人が多かったから、このままじゃ村を維持するのが難しい。

 王国のほとんどが疫病の影響から立ち直っていない。目が行き届かない王領のままでいるよりも、ちょっとでもいいとこに拾ってもらいたいじゃん」


 ベイル村の人たちからしたら、王領だから王家に手厚く保護されると思っていたんだろう。

 しかし王領の面積は広い。


「申し出があったからって、普通は王国が納得しないのじゃないか?」


「ベイル村なんてうまみのない村、国は全滅しようがどうでも良かったんじゃない? 救済は他の重要な町に絞っていたようだし。死亡率5パーセントってのは、そういった主要都市だけの話だと思うよ。

 それを蝿のようにいつまでもぶちぶち言われるのはうざったいのじゃないかな」


「うまみのない村が欲しいのか?」


「欲しいね。今回の件で、この領の食料自給率の低さが露呈した。農村が丸々手に入るって言うなら、断る理由はないよ」


 ウエストレペンスは平地が少ない。

 石ばかりのごつごつした西山は耕作には向かない。

 森から、南山にかけては昔の墓地であると同時に神域だ。

 掘ったらいろんなモノが出てくるので、領民はあまり開墾したがらない。


「まあ、ウエストレペンスもお荷物は押し付けられたくない。お互い様子見期間を1年設けて正式に合併ってことだね。

 って、ことで使えるものは兄でも使わないと。

 子爵位は悪いけれど、次の選定が終わるまでそのまま保持しておいて」


「ちょっと待て! やっとやりたいことやれるって。 なんで領地経営しなければならないんだ。やれって言われたってできないぞ」


「まあ、兄さんの退職金全部つっこんでも、バルバスの時の借金残ってしまっているからなんだよね。

 俺も兄貴をいじめたかないけれど議会が『もう少しこき使え』って」


 子爵として領に尽くした分は慰労金として城を出るときに渡される予定だが、そういえばあのときの借金、少しずつ返済しようとしても議長は受け取りを断ったって。


 まさか今頃その札を切ってくるなんて、随分人が悪い。


「今までと同じで貴族名鑑に載っているだけで、兄さんの行動を制限する物じゃないよ。

 自治はほとんどベイルに任せるし。兄さんはたまに報告して」


「報告? 何を」


「この領はこのサイズで円滑に回っていた。けれど、それは何も起きていないから。泣きついてきたのはあっちだけれど、村民の中には変化を嫌う者も当然いる。兄上には村の様子を報告をお願いしたい」


「僕はその、公正な報告を上げるには適さないんじゃないか?」


「感情に任せて罵詈雑言書いてもらっても特には咎めはしないよ。まあ、そんなことしないだろうけど。

 でも、一つの意見を取り上げるのも良くない。 そこで義姉上にも、報告を上げて欲しい」


「報告? 私も?」


「形式については特にこだわらない。君がナイラに送っていたような報告でもいいし、その日にあったことを走り書きしたメモでもかまわない。肉や野菜の価格でも、近所のおばさんの噂話でも。ただ、内容については兄さんと相談しないこと」


「平たくいうと間者(スパイ)になれってことだな?」


「まあ、悪く言えばそのとおり。 だからいざっていう時まで、子爵ってことは伏せておいてくれるとありがたい」


「わかった」


 それだけ言うと、レイは私の手をとって、執務室を出て行こうとした。 いや、人前だし、手をつなぐのはやめて欲しいのだが。

 結局ベイル村行き納得したってことでいいのか?

 

 ……彼は私の言葉ではなく、領のためっていう義務で動いた。

 私には彼の心を動かす力はないのだ。


「ああそれと、二人目できたみたい。長い間、気を揉ませて悪かった」

「「ほ、本当(です)か!?」」


 私はレイと同時に喜びの声を上げた。


「ああ、今まで悪かった」


 彼は改めて謝罪の言葉を口にした。


 あのときのやり取りをスズさんから聞いていたのかもしれない。

 私は微笑み、首を少し振ってただ祝いの言葉を口にした。


「おめでとうございます」

ライラももうちょっと上手に交渉して欲しいものですが。極端から極端へ走るのは……。

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