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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
48/60

パンデミック【ナイラ】

ゲームの終わりから7年。 


 検疫は失敗した。

 王太子がプラセンテに問い合わせをしたときには、すでにフウロの町に病は侵入していたらしかったが、例年にない強さの『南の悪魔』への対処に手一杯だったのか、ただ単に自国の失態をレペンスに知られたくなかったのか。 結局正しい情報がレペンス王国に届いた頃には手遅れだった。 


「そう。ウォーターフィールドが」


 最初に届いた訃報はラインハルトだった。南大陸で客死したそうだ。

そして、今日、ウォーターフィールドの訃報が届いた。


 無いものをねだっても仕方がない。

 そして王太子の使者が来た。


「王妃様が……」


 やっと私のことを思い出してくれたか。


「わかりました。必ず薬を手に入れます」



 病は身分など関係なく降りかかる。


 本場のバルバスでも、まだ治療法がない。

 今、『効く』と言われている薬も実際は一般的な解熱薬で、ライラによると効果は怪しいらしい。


 現在はそれさえも手に入りにくい。


「日本なら……」


 もう少しましな方法を取れたのかもしれない。


  『南の悪魔』は父からはそんなたいそうな病気じゃない、健康な成人なら寝てたら一週間で治るって聞いていたのだが、予想に反して……私からすれば予想通り猛威を振るっていた。


 この病に慣れているはずのバルバスでも死者は例年よりかなり増加しているらしい。


 患者が出始めた当初から、症例から現代の病気に照らし合わせてみた。


「王子様には特にうがい手洗いを徹底して行ってください。マスクの着用も忘れずに。 

 料理人にもこまめに手を洗うように。料理には良く火を通して、しばらくなまものは控えたほうがいいかもしれません。咳をしている人を見かけたら、隔離して…… 部屋をこまめに換気して……吐瀉物は手袋雑巾ごと捨てて……エンソは良くわからないから、アルコールで拭いて」


 覚えている限りの知識を伝える。これが正解かどうかわからない。

 時期的なことを考えてインフルエンザなのではないかと思うが、もし間違っていたら私が余計な指示を出したせいで被害が拡大するのではないだろうか?


 血は出ていないし、身体が黒くなるわけでもないからエボラやペストではない……と思う。ぶつぶつも出ていないから、天然痘の類でもない。コレラや赤痢だと現代日本ほどきれいな水ではないだろうから、手を洗ったら逆に菌が付いてしまうかもしれない。

 下痢は少ないから、ノロとかの食中毒系じゃないとは思うけれど。


 ゲーム製作者も『はやり病』の一言で済ませて、どんな病気かまったく考えてなかったのではないだろうか。


 王妃様が病にかかり、私はタルジェ家を通して妹に薬を融通してもらうことにした。


 王家は再三ウエストレペンスに薬と医者を送るように命じ、貴族は貴族で金を積んで薬を買い占めようとした。

 ウエストレペンスは買占めには断固応じず、王侯貴族には必要な分だけの薬を送り、多くの弟子たちに薬を持たせて故郷に帰した。

 あとはタルジェ家の流通網を使って、薬を各町に送ってほとんど在庫を使い果たしてしまっている。


 ウエストレペンスに病を抱えた人が押し寄せているそうだが、迎えるだけの場所も物もないとすべて断っているそうだ。


 ライラに頼んだ薬の横流しも段々数が減ってきた。

 そうこうしているうちに今度は王太子の子息までもが倒れた。


 私は恋人が死にそうなのだと手紙で訴えた。

 私の恋人ではなく、実際体調を崩しているのは王妃と王太子の息子なのだが。

 私の恋人が王太子だと知っているライラは薬をしぶしぶ送ってくれた。


「熱を下げる効果しかありませんが」とそれだけ書かれた手紙が添えられるのはいつものことだ。



 ライラから同じ日に二通の手紙が届いた。


 一通目を開ける。

 

「イリアの子供まで死に、伯爵夫人は自分の故郷さえ切り捨てた。私がこれ以上薬を横流しできない」と書かれていた。 紙だけで薬草は入っていない。


「これ以上無理ってどういうことよ。せっかく王太子様の……」


 特別になれるチャンスなのに。


 ちらりと見ただけだが熱に苦しむ王太子の息子の姿は痛ましかった。


 もう一通の手紙を開けると、見知った種が一粒添えられていた。


 バルバスで知り合ったという王子からの手紙で流行病に効く種がわかったと書かれていた。

 妹は一番速い便でその調合方法を私に教えてくれた。


 まさか、ひまわり……シサイの種だったとは、思わなかった。

 半信半疑でシサイの種のスープを飲ませて……


 王妃様と王子様が助かったという知らせが届いたのは三日後だった。


  その知らせに胸をなでおろした。


 これで、私は王太子の特別な存在になれる。



 そして、私は特別に離宮に住むことが許され、正式に側室となった。



 しばらくして、妹から手紙が送られてきた。


 私らが十歳くらいのときにやわらかい石で手彫りした判子が使われている。

 妹はこの判子をわりと気に入っていて、姉妹間の私信にはよく使っているのだ。


 封ろうはよく再現できているけれど、たぶん一度検閲が入っているのだろう。妹は左斜め下に力を入れて判を押す癖があって、その癖が再現できていない。王宮だから私信を盗み見られるのは仕方がない。

 封を切り中身を確認する。


 中身は愚痴だった。


 イリアの妻に「私の息子が死んだのに、なんであなたの子は二人とも元気なのよ」と言われて、その後関係がぎくしゃくしているとか。

 お世話になった侍女頭の子供を引き取りたいとか。

  子供を一人養子に出したほうがいいのではないかとか。


 ただ不安を書きなぐっているだけの文章。


 自分は夫とは他の道を生きたいのかもしれないとか、私に言われても知らない。


 夫や周りの人に愚痴れる内容ではないのはわかるが、


「まあ、ぐだぐだと」


 私は前の人生で親不孝してしまった立場の人間だ。イリアの夫人の気持ちなんて分からない。


 息子を養子に出して、孤児を代わりに引き取るなんて。


 それってイリア夫妻に子供ができたら盛大に揉めるパターンじゃないか。

 大体、今は事情をわからない子供かもしれないが、後ほど自分を養子にだして、別の子を引き取ったと知ったらいい気はしないはずだ。


 私はライラの都合のいいサンドバックではない。

 ここは今後余計な愚痴を言われないためにも、しっかり釘は刺しておいたほうがいい。


 むかむかした気持ちのまま、私は手紙を書きなぐった。


「子供はそんなころころ取っかえるものじゃないの。良い? 分かった?

 イリアたちはまだ若い。子供ができた途端あんたの子は邪魔者になる。

 それに夫妻に子供ができなかったら、ほっといても自分たちの子供に爵位が回ってくるのよ。わざわざ養子に出す必要はない。

 あんたは『幼にしては父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う』そのまんまの人生を生きるのね。

 二度とくだらない手紙を送ってくるな」


 妹は王宮というものをまったくわかっていない。

 

 おそらく手紙の内容は王太子か……下手したら私やウエストレペンスを(おとしい)れようとしている者に報告されている。


 ウエストレペンスを陥れよう、害そうとしている者は、おそらくいる。

 いつか、「メイドを使ってイリアの妻の料理に薬を混ぜたか」とバカ正直に聞いてきたけれど、私が犯人だとして素直に答えると思っているのかしらね。 


 ことわざについては、もちろんこの世界には、まったく同じ言葉はない。私自身もうろ覚えだ。

 あの一文をどう(とら)えようとと私の知ったことではない。


昔、彫刻刀でゴム判を彫ったなぁ。

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