終息【ライラ】
呼ばれて私たちは無言で裏庭に向かった。棺が数個並んでいる。
葬儀屋までもが倒れてしまって、白いシーツがかけられているだけの遺体もある。
「皆、別れの花を手向けたか」
誰も彼もがウエストレペンス城自慢のバラを手向けている。
花が手向けられていない遺体は、家族がいないのか、それとも家族も病で苦しんでいるのだろうか。
そういった遺体は伯爵自ら花を手向けた。
「足元に大地があることを感謝し、頭上に太陽と月が昇ることを感謝します。天と地に還る死者に花を手向ける事をお許しください」
伯爵は随分変わった祈りをささげる。
「炎よ」
彼がそう囁くと金の炎が遺体の手の先に点り、瞬時に全身を包む。
不思議なことに焦げる臭いはせず、ただ花の香りに気をとられている間に遺体は骨と灰に変わっていた。
住民達は疑問に思う余裕も気力も無いのか、静かにそれぞれの祈りをささげている。
伯爵が「ごほ」と一つだけ咳をする。まさかと思って伯爵のほうを見る。
「大丈夫だ」と伯爵は言った。
「私の見立ててでは、倒れている数は多いが死亡まで至る人数は多くない。百人に三人か四人といったところだろう。王都ではもっと多いらしいがな」
そういう問題ではない。アレス様にはこれが終わったらゆっくり休んでもらわなければ。
一体一体、伯爵は祈りを捧げながら遺体を金の炎で燃やす。
「夫から、許可を……頂きました」
消える直前のろうそくのような声が聞こえ、私たちは振り返った。
スズさんが、小さなシーツを抱いている。
真っ白なシーツに、小さな子供が包まれている。
父親であるイリアの姿はない。
私とレイ、伯爵夫妻、サフィールの見守る中、スズさんは炎に包まれていない死者の所に迷うことなく向かった。
子供は、侍女の隣に横たえられる。
「アリアと一緒だから」
スズさんが息子に優しく語り掛ける。
私に家事全般を教えてくれた侍女頭だ。いつも、こまごまと子供達の世話を焼いてくれた。
息子のサーウェイが、私のズボンの裾を掴む。
伯爵は真っ赤なバラを一輪、侍女の手に持たせる。
他のすべての死者に捧げたのと同じ祈りを捧げ、
「炎よ」
伯爵が触れていた指先から金の炎が彼女を包み、伯爵の孫にも燃え移った。
スズはついに泣き崩れてしまった。
私は、彼女にかける言葉を何も持っていなかった。
◇
あまりにも簡素な葬儀が終わって――。
伯爵夫人がサフィールに手紙の束を渡した。
それを「イリーナ」と伯爵が夫人を叱責する。
「行き先です。でも助けを請われれば別の所に行くかもしれません」
イリーナ様は目の端に涙をためていた。
手紙の内容はすべて『自分の村に医者や薬を』と言った内容だ。このウエストレペンスは城下町だけしかないので、この手紙のほとんどは先ほどのベイル村と同じ領外からのものだ。
私たちはリリーを追えない。リリーが手紙の束を手に私たちの部屋を訪れた夜に別れは済ませている。
「彼女を追います」
サフィールは、力強く宣言し、すぐにウエストレペンスを発った。
◇
王太子の息子が体調を崩したから薬を送って欲しい。
今までは頼られるまま送っていたけれど、イリーナ様が自分の故郷の村の受け入れを断っているのに、薬を勝手に送るわけにはいかない。
高い熱に脱水症状。咳。
私とレイができることと言ったら、患者たちに薬を飲ませて、手ぬぐいを換え、汗を拭くことくらいだ。
「生水は必ず一度沸騰させて、肉もよく火を通して、野菜も全部火を通したものにしたいですが、栄養が偏るらしいからしっかり酢づけしたものを食べて。手を洗うときも一度沸騰させたものを使うといいかもしれません」
考えうる限りの方法を伝える。それが正しいことかわからない。
食べ物、水、人や動物との接触。どれが原因かわからない。
どう対策をとればいいのか、わからないままの戦いは私たちの精神を疲弊させた。
薬を飲んだら初期なら持ち直すことが多いが、症状が進んでしまったら薬を飲んでも助からない者もいた。
病は三ヶ月間国中……世界中に吹き荒れ、春の訪れとともに収束していった。
ウエストレペンスでの感染者 約30パーセント。死亡者 3パーセント。
他の領の死者数の割合は5パーセント前後と言われている。
初期の感染者は大人が多かったが、最終的な死者は体力のない老人と子供に偏った。
重篤化する者は多かったが、ほとんどの者は回復して行った。
リリーも一時期体調を崩したらしいが、回復しサフィールが無事連れ帰ってくれた。
10人かかったら9人助けたのだから、私たちは十分戦って、勝利したと言っていいだろう。
ただ、甥とレイたちが幼いときから面倒見てくれていた侍女が死神に連れて行かれてしまった。
レイの父アレスはその半年後、イリアの息子の喪が明けるのを待って伯爵を退くと発表した。
◇
事後処理は大変だった。特に大変だったのは孤児になってしまった子の行き先である。安い労働力を探す業者に間違っても渡らないように注意しなければならなかった。
母親を亡くしたサーウェイは、名目上は学友兼使用人として、城に住み続けていたが、年の近い伯爵の孫の内イリアの一人息子は亡くなり、私たちは子供達ともども城を出て行くことが決まっている。
サーウェイはこのまま、使用人として城で働くつもりらしい。
十番街は今までロセウム人しか住めなかったが、低収入の者にも開放することに決定した。
これで、孤児達が孤児院を出た後も住み場所だけは確保できる。
今は、減ってしまった労働力を回復しなければならない。
ロセウム人にかけていたレペンス人との結婚も許可され、子はレペンス人と認められるようになった(ロセウム人と認められるかはロセウムの法律次第だが)。
難民申請・在留許可申請の禁止も解除された。王家の許可はすんなり下りた。
最初に大量の帰化申請書類を送りつけるなんて無茶をやったから、難民申請くらいはってことになったのかもしれない。申請の許可が下りても、審査は別にあるのだが。
いずれは、帰化する人もでるだろう。
死神の鎌は貴族と庶民平等に振り下ろされた。一部の貴族は跡継ぎを失って、急いで再縁組しなおしている最中だ。
サフィールはベリルシュタイン家に戻った途端跡取りを失った母方の祖母の姉の……すごく遠い侯爵家から養子になるよう言われたらしい。
息子三人に孫も誰も欠けなかったのだから一人よこせということらしい。
この条件のいい申し出蹴って、サフィールはリリーとの結婚を決めた。
コーニッシュ家のほうはラインハルトの喪が明けないうちから、コーニッシュ家の主家からプリムラさんにお見合いの打診があったそうだ。
ウォーターフィールドも長男を亡くして焦っていたんだろう。
本来は主家からの命令は逆らうのも難しく、基本見合い話は断れないものだが、その次男には正妻がいたのだ。
つまりお見合いと言っても事実上妾になれと、嫌なら、一人娘だけでもよこせということだったらしい。
なぜ、こんなにも内幕に詳しいのかというと……
兄には浮気の濡れ衣を着せられて一方的に婚約破棄され、弟には夫が死んだのを待っていたかのように妾になれ、それが嫌なら娘をよこせと言われ。
ウォーターフィールド兄弟にコケにされたプリムラの怒りは頂点に達した。
プリムラはその怒りのまま、小説という名の暴露本を半月で書き上げ、出版してしまった。
一応、『この物語はフィクションです』とは書いていたけれど。
忍んで来たその次男に燭台を投げて火かき棒で撃退した話とか、本当なんだろうか。
でも、海外旅行では危ない目にもあったから、一応の護身術は身につけたそうだけれど。
レイは「女って怖い」ってぽつりと呟いていた。
騒動は国中が知ることとなり、コーニッシュ領は王家預かりとなった。
彼女は娘と共にレイス家に保護され、現在は王家と次の領主の条件を交渉中だ。
手放すつもりとはいえ、個人的な都合で手放すからこそ愛した領民達を悪政を敷くような領主に預けたくない。
現在のところ王太子のお気に入りの恋人の誰かに渡されるというのが有力だそうだ。
やっと落ち着いてきて、一人になったときにふと考えてしまう。
イリアの次の跡取りをどうするか、サーウェイの今後、私の進みたい道。
私が考えなくても他の人が考えてくれるだろうが……。
私は姉に手紙を送った。
たぶん破り捨てられるだろう。そのほうがいい。
ウォーターフィールド(兄)……プリムラの元婚約者。ウォーターフィールド侯爵。結婚することなく死去。
ウォーターフィールド(弟)……既婚者だが、プリムラの夫が亡くなったのを期に結婚を申し込む。本人はいやだったけれど、父が何が何でもコーニッシュ領を手に入れろと命じた模様。
すでに書かれている物語があるため、侍女頭とイリアの息子はこの物語が始まる以前から亡くなることが確定していました。すみません。
イリアの息子……二回も死んでいるのに未だ名前を付けられていません。しかも今回は出番さえないです。
感染者数、死者数はスペイン風邪を参考にしています。
感染者数3割。かなり経済にダメージ与えております。
現実の世界に当てはめると、
・例年……インフルエンザ(これでも北大陸では珍しい) ・今回……スペイン風邪
※実際のインフルエンザの薬は『八角』から作ったりしているようですが、直接食べてもインフルエンザは治りません。ちゃんと病院で診てもらってください。




