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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
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パンデミック【ライラ】(7年後冬)

  それから、一ヵ月後。


 伯爵はウエストレペンス領で学んでいた医学生を故郷へ帰した。解熱の薬草の見分け方を記した紙と薬を持たせて。


 とても、この状況で他領の患者を気にかけてられない。


 患者数の推移、死者数……とどの薬を飲んで、回復したのか。

 各地から上がってくる医学生の報告を取りまとめ、随時王都に報告する。

 どの薬もぱっとした効果をあげられていない。


「やはり、十番街のほうが被害が大きいか」


 部屋での休憩中も資料の確認をする。実質ここ一週間休めていない。


「そうですね。 いくら割引しても彼らには薬は高い。根本の栄養状態も違いますし」


 簡単に採れる薬は無償配布しているが、それがどれだけ効果があるか。


「レイ様、コーニッシュ家から手紙が……」


 メイドの一人が手紙を手渡す。


 レイがその手紙を開いて読んだ途端、ぶるぶる震え、涙を流した。

 ただならぬ雰囲気に横から手紙を覗き込む。


「うそ! 嘘よ」


 その手紙はラインハルトの訃報を伝えるものだった。

 一ヶ月も前、あの手紙を送った直後に病にかかりバルバスで亡くなった。

 ラインハルトは荼毘に付され、遺骨や遺灰がわずかな遺品と共に帰り着いた。

 まだたったの23だったのに。


 彼の最期の原稿も添えられている。

 かぼちゃの種などをフルーツや穀物と一緒に食べるナッツ菓子や、種を塩と炒って簡単に作るおつまみなどが紹介されている。


『なお、これは女神が与えた――』


それは最後まで書かれることなく途切れている。


「レイ様、新たな患者が……」


 悲しむ間もなく、使用人が呼びにきて。


「今、行く」


 レイは涙をぬぐって、立ち上がった。



 次は、バルバス王家から手紙が来た。

 ラインハルト君のことがあるからその手紙を開けるのを少しためらった。


「……セト様」


 遠い異国の地の王子。


「疲れたろう。ちょっと休憩してくるがいい。僕もちょっと仮眠を取るから」


 粥をもそもそ食べる。

 彼と文通するために実家から取り寄せた辞書を片手に読み進めていくうちに、私たちの求めていた答えが書かれていることに気づいた。


「『他ハーレム、死、多い。私、ハーレム、あなた、渡す、薬、死、無し』」


 まさか、王子たちまでと慌てたのだろう。心配したレイが私の肩を支える。


「『薬、ありがとう』 ……って! 」 

「薬ってどういうことだ」


「私、シサイの種を王子様に渡したのよ。ハーレムって、殿下の宮は一番小さかったからたまたまかもしれないけれど、ファリダットの宮の侍女も死者はないみたい」


 シサイの種は、ある宗教では身を清める期間に食べる物だったり、別の国ではおやつだったりするらしいが、レペンスの主な使用用途は家畜の飼料だ。


「彼らがどういう組み合わせで飲んだかは分からないか」


 手紙は三枚に及んでいる。詳しい情報が書かれているのだろうが、これを読むだけで随分手間取った。

 それに病に関する情報の誤読は許されない。

 

 私が答えられないのを見て取った彼は、私の手を握りしめて言った。


「すぐ、レイス家の南大陸の言葉に詳しい者を呼ぶ」

   


「凹版画完成しました!」


 ウエストレペンスの薬草だけではとても間に合わないと判断したウエストレペンス伯は、とりあえず毒草と見分けやすい解熱の薬草の絵をいくつか描かせた。

 追加で「シサイの種」の情報も。検証している時間はない。


「印刷所急げ!」


 黒板に最新の情報を貼り付ける。


「こんなところで、タルジェが役立つとは」


 言っているアレスは歯噛みする。

 タルジェ家の流通路に載せられれば、国中どころか近隣諸国に情報が行き渡る。


無料(ただ)でこの紙を配るのですか」


 薬を分捕り……無心に来た、タルジェの者たちが言う。


「お客が全滅したら、早晩タルジェ家も潰れるぞ」


 数日前からイリア様の子供と侍女頭の体調が思わしくない。

 薬は飲ませたが、助かるかどうかは運しだいだ。


 レイと二人、疲れて部屋に戻って、味のしない粥をただ口に入れて、仮眠の前に侍女頭と甥の無事を祈る。


 私も、夫もウエストレペンスで最初の患者が報告されて以来、子供達に会っていない。

 このまま会わないまま生き別れになってしまうかもしれない。


 「……お兄様」


 手紙の束を握り締めてリリーが私たちの部屋に入ってきた。


「部屋で大人しくしていなさい。僕はもう病気が移っているかもしれないんだから」


 病が表に出ていないだけで保菌者の可能性はある。


「私に、薬の調合の仕方を教えて」


 リリーが握り締めているのは、毎日送られてくる『悲鳴』の束だ。



 その三日後、伯爵は決断を下した。


「門を閉じろ。領民以外に決して薬を渡すな」


 伯爵の叫びが患者で埋め尽くされた大広間に広がる。


 国中、人が次々倒れているせいで、流通は滞りがちだ。

 伯爵家は収入の一部を毎年こつこつと日持ちする食料に換えていた。

 このおかげで、不作の年でも大きな問題も無く乗り切ってきた。

 のだが、どこからかウエストレペンスには十分な食料と薬があるという噂が広まってしまった。 


 他領の者がわずかばかりの食料を持ち、薬を求めてこの城を目指す。


 もともと農業よりも観光業に力を入れてきた領だ。食料自給率が他領より低い。

 いくら蓄えているといっても領民が一冬越せる分だけだ。

 他の領の患者を抱え込んだら、すぐ破綻してしまう。


「伯爵。王都から薬と医者を派遣するよう要請が……」


 王都に物資支援を請うどころか、逆に強制徴収されそうな気配である。


「断れ! 書類関係はイリアにまわせ!」


「伯爵様! うちの子を救ってくだせい」

「必ず助けるから」

「大丈夫だ。きっと助かるから」


 その横でさらに小さな子が息を引き取る。


 この騒然とした雰囲気の中、リリーの婚約者のサフィールはただ立ち尽くしていた。


「当主と次期当主が何をしているんですか?」


 伯爵と伯爵の長男が直接治療に当たって、患者一人一人に薬を飲ませている。

 いくら、伯爵が元薬師とはいえ、ここは医者が薬学を学びに来ている所だ。


「そんなことしなくても医者はたくさん--」

「この地に薬学を学びに来ていたものは、すべて自分の救いたい人の所へ帰っている。薬を持って。

 それに、この城は次男に継がせる。イリアが死んだ場合は、一族の誰かが伯爵になるだけだ」


 伯爵はサフィールに答えて、次いで使用人に厳しい口調で命令をする。


「親を亡くした子は感染の有無がわかるまで二階の個室に隔離。新たな感染者が出ないように注意。感染者と非感染者をできる限り分けるんだ。城の塔を使え」


 激しい咳とか細いうめき声。


「畑が……」

「大丈夫よ。他の人が面倒見てくれているわ」


 私は、患者の頭の手ぬぐいを取り替えながら、答える。

 病にかかっていない子供達が畑の世話をしたり、すでに混ぜてしまっている家畜の飼料からシサイの種をより分けたりしている。


 誰かを探すように周りを見回すサフィール。伯爵が患者に薬を飲ませながら彼に問うた。


「お前は救援を請い来たのか」

「いや。リリーのことが心配で」


 は? 今この状況で?


 耳をそばだてていた私は、一瞬その手を止めそうになる。

 伯爵は一瞬、侮蔑の表情を浮かべる。

 と言っても、患者も看病に当たっている人もマスクをつけているが。


「お前は嵐が過ぎるまで、自分の家にいろ。自分の家でもすることは山のようにあるだろう」


 ベリルシュタインを避けて通ったわけではないだろう。 ウエストレペンスからシサイの種は三日前に送ったし、シサイの種は牧畜をしている領なら家畜の飼料として在庫があるだろう。

 他の薬草との調合も一般人でもできるごく簡単なものだ。

 疾病対策の指揮が取れなくとも、看病や炊き出し、薬の調合の手伝いなど、いくらでもすることはある。


「そんな。彼女はどこに」


 医療知識がないイリアとスズは書類仕事をしているからこの場にはいないが、伯爵自身や一家が看病に当たっているのに、リリーだけ姿が見えないのだ。


「自分にできることをしに行った」


 そこで、ばたばたと侍女が大広間に駆け込んでくる。


「――が、お亡くなりに……」


 よく聞き取れなかった。いや聞こえていたけれど、その言葉を聴いた途端、頭が真っ白になった。

 動きやすいように髪を一つにまとめ男装していた伯爵夫人が真っ青になって崩れる。

 伯爵は倒れかけた妻を支えた。


――何度も警告したでしょ。

良かったわね。私とあなたの夫と子供だけは安全が確保されているのよ――


  頬に涙が伝う。悔しい。姉に言われたあの瞬間でさえ、何とかなるって思っていた。


 伯爵は自身も顔を青ざめて、しっかり妻の手を握り、訃報を知らせた侍女に言う。


「今なら、一緒に送れる。聞いて来い」

「は、はい」

「伯爵、ベイル村から手紙が」


 ベイル村はウエストレペンスのぎりぎり外の村だ。

 伯爵は一瞬迷うような表情を浮かべるが、


「あそこは伯爵領ではありません。断りなさい」


 伯爵夫人が青い顔のままきっぱり言いきった。 


「奥方様! ご自分のご実家ですよ!」

「聞こえませんか。断りなさい」


  今までに聞いたことのないような強い口調に思わず身がすくむ。


 「ライラ手を動かすんだ」


 夫の言葉で、手が止まっていたことに気づいた私は再び手を動かす。

 黙々と患者の手当てを続ける。


 そこに別の使用人が駆け込んでくる。


「領外から集まった民が城門を越えて侵入しようとしています」


 今の時代、戦略的拠点どころか、ただの観光地に成り果てているこのウエストレペンス城にかつての山城としての防御力はない。


 城の外からの怒号が、私たちのところまで響く。


「ロセウム人を追い出せ。自分達を入れろ」


 伯爵は身を翻し、城門に向かう。つかつかと、硬質な靴音が響いた。

 リリーの場所を聞き出せていないサフィールは情報を握っている伯爵の離れて後ろをついて行った。



「たぶんすぐ呼ばれる……」


「ええ」


 私は涙をぬぐった。


 この地獄はいつ終わるのだろうか。


ラインハルトは、ゲーム版では、プリムラとの結婚や世界旅行をしない人生を進むので、ゲームでは深く語られませんが、ヒロインがどのルートを選んでもほぼ死なないはずでした。

(ラインハルトのバッドルートと首チョンパルート行くとだめですが)



シサイの種/メガミの種……見た目はひ○わり。西大陸原産。

ライラが初めてバルバス(南大陸)に持ち込んだ。

バルバスでは栽培、利用法の研究は行われていましたが……何に効くかさえわからないところからのスタートでした。

種はたくさん採れる上、とりあえず毒ではなさそうなので、既存の料理に混ぜたり、簡単に塩で炒ったりしたら結構おいしかったようです。辞めていった料理人や御用商人の手によって庶民にも少しずつ広がっていった感じです。

今回マリードが猛威を振るった段になって、ナッツ菓子とかに混ぜて食べてたセトとファリダットの宮が、被害が少なかったので、効用に気づきました。

 おかげでバルバスでのシサイの種の呼び名は『メガミの種』になっています。


※ファンタジーですので、実際の植物の効用とは一切関係ありません。



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