ラインハルトの土産【ライラ】&密談(7年後秋)
結婚から数年。二人の子供に恵まれ、
そして――
流行病が国を襲った。
◇
レイの妹のリリーは16歳。夜会デビューをしたばかりだ。彼女はある意味一番令嬢らしく育った。
緑色のくりくりした瞳。小さな頃は美形二人の間に挟まれて、ぱっとしなかった(失礼)蜂蜜色の髪は輝きを増し、黄金の川のようだ。
令嬢であろうと精一杯背伸びしている姿がとても可愛らしい。
父の夢を継いで教師になりたいそうだが、アレス様は、完全温室育ちの娘には貴族の長男は無理でも、次男か三男に嫁いでもらいたいようだ。
十分に人の目を惹く容姿だが、ウエストレペンスの財産と容姿に惹かれるだけの殿方は「ノーサンキュー」だそうだ。
そのせいで今までお見合い二連敗で、今回はレイの紹介でルチル様の弟(三男)とお見合いすることになった。
第一関門は無事にクリアしたサフィール・ベリルシュタインは暇を見つけては、足しげく婚約者のところを通っている。
で、ばれた。魔法が。
ばれたのは駄目だし、そのばれる原因がレイだったというのもアウト、なのだがそれで二人の仲が縮まった。
このままでは、リリーのほうが先に城を出て行ってしまうかもしれない。
イリア様が伯爵位を継いだ時点で私たちも城を出て行くつもりだが、私とレイの意見は微妙に割れたままだ。
やっぱり新米の医者が病院が充実しているこの領で新たに開業しても流行らないだろう。
そのまま、城医のおじいさんのお手伝いを続けることになりそうだ。
でも、それでは、結局住む場所を移しただけで、何も変わらない。
たしかに子供達も急激に環境が変わるのは良くないとは思うけれど。
その話題は夫と深く話し合う前に必ず子供が邪魔に入る。
結局、その話を振ることはほとんどなくなった。たぶん私が納得していると思っている。
今も、医学部の求人掲示板は、田舎の求人ほど売れ残っている。
あのベイル村も……。
別に、喧嘩したいわけじゃないけれど、もやもやする。
そんな折、『ラインハルト・コーニッシュ』から荷物が届いた。
コーニッシュ領と言っても村二つ。ラインハルトは婿養子で領はプリムラが女子爵として継いでいる。
それもほとんど村長と家令に任せて、奥さんと娘さんと三人で半年間世界旅行をして、残り半年は戻ってきて奥さんと料理紹介をメインにした旅行記を執筆出版しているのだ。
ウエストレペンスにある庶民でも手に入る材料で似た料理を作れるレシピまで載っていて、それなりのヒットしているらしい。そして、それで得られた収入を元手にまた旅をする。
実際のところ、領地経営で得た利益より印税のほうが多いそうだ。
最初はレペンス国内の小旅行だったのに、次は隣国、隣国を周り終わったら別の国へ、ってなって今では大陸またいであちこち行っているそうだ。
私も何度か料理を作った。
反応は微妙だったが。
「サフィール様とはどうなの?」
送られてきたお土産と旅行記の新刊、海外の医学の本や珍しいハーブを分けながら、リリーに尋ねる。
ラインハルト君からのお土産にはいつもちゃんとリリーの分まで入れている。
「その、王都の収穫祭に誘われました」
その次の週はウエストレペンスでも収穫祭がある。
建国何百年祭と重なるから今年はそれなりに大きな規模で行うと聞いている。
「あら、良かったじゃない」
交際は順調に進んでいるようだ。
私らなんて甘酸っぱいもの何もなしに、滝つぼに落ちるように結婚したのだから。
「でも、お父様からは反対されて」
まあ、祭りのメインは夜だから。アレス様が心配するのもわかる。
でも、リリーにもしものことがあれば、レイから即座にルチルに連絡が行くだろう。
「彼も兄が怖いだろうから、君を傷つけるような真似はしないはずだ。一応、護衛も付くだろうし」
レイは送られてきた医学書を早速ぺらぺらめくっている。異国の本なので、誰かに翻訳してもらわないとまったく読めないのだけれど。
「過保護」
「いいじゃない。過保護で。ほら。あなたにプレゼントだって」
うちの父は伯爵家を利用しようとする時くらいしか、手紙を寄越さないんだから。
ラインハルトからの贈り物は金細工のブレスレットだ。
いつもはちょっとしたお土産が多いのだが、南大陸は北大陸より金の価格が安いから、ちょっとだけ奮発して買ってくれたのだろう。
「きれい。ラインハルト様にお礼のお手紙書かなきゃ」
「たぶん、選んだのはプリムラさんだと思うけれど。デートにつけて行ったら?」
私の言葉にリリーは頬を桃色に染めた。
「……デートじゃ。それよりこれってどこのお土産ですか?」
「今回は南大陸ですって」
ラインハルトは今ちょうどバルバスにいるそうだ。
◇
半月後、ラインハルトからまた手紙と本がどっさり送られてきた。
今回は土産も何もなし。送られてきたのは医学書ばかりだ。
いつもは最短で、二ヶ月、長ければ半年くらいの間隔で送られてくるのに。
お土産を期待していたリリーはちょっとしょんぼりしていた。
その横でレイが手紙を開け、すぐに顔を曇らせた。
「収穫祭は断りの手紙を書いたほうがいい」
デートの許可を出さない父に口添えしてくれた兄の言葉にリリーは何度か目を瞬かせた。
「南の悪魔がフウロを超えたって。奥方を先に帰らせるそうだ」
「え、ラインハルト君は?」
レイは険しい顔で、じっと手紙を睨み付ける。
「兄さん?」
返答がないのを不思議に思い、私は義理の妹と一緒に首を傾げた。
「もう少し南の悪魔について調べてから帰るそうだ」
厳しい表情のまま、彼は手紙をたたんだ。
南の悪魔って……少し前どこかで聞いたような。
「念のため父さんとアンリに話を通しておかないと」
「なぜ」
アンリに話を通してどうするのだ。
「このままじゃ事が起こったときに一番最初にウエストレペンスが見捨てるのは十番街の人間だ」
報告のため部屋を出て行く間際のレイの呟きを私は確かに拾った。
「資料なんてどうでもいいから早く帰ってこい」
◇◇密談◇◇
議長の執務室。
伯爵から報告を受けた議長は、深々とため息をついた。
「受け入れだけでも俺がどんだけ反対したと思っている」
「南の悪魔……現地では、マリードと呼ばれているらしい。 おそらくこの国のほとんどの者が耐性を持っていない」
「対処法は?」
「現地にいた息子の知り合いから現状報告と共に本が送られてきたが……」
「翻訳には時間がかかるか。あれの嫁は南大陸出身だろう。あの嫁は使えるか?」
「彼女のバルバスでの知り合いに手紙を送っている。親はマリードについて詳しいだろう。 ここ数年、仲違いしているようだが、明日には向かわせる。
ついでにレイス家からバルバス語に堪能な者を借り受ける」
「バルバス出身だと聞いたが」
「こちらに来たのは幼いころだ。 日常会話は可能らしいが、医学の専門用語まではさすがにわからん」
「使えんな」
議長はため息をついて、めがねを拭きながら次の言葉を告げる。
「俺らの領は小船だ。助けられる数には限りがある。
ここのすぐ隣の村はお前の嫁さんの村だ。お前の実家くらいまではうちの領地だった。お前は何を見捨てるつもりかわかっているのか。王よ」
顔を上げて、アレスを睨んだ。
王としての覚悟を問う言葉だ。
議長の家系は元を正せば、ウエストレペンス宰相ベリルシュタインの分家だ。この”国”を守るため、家名まで捨てて滅びた王国に仕えている。
「この領は城下町だけだ。そんなでかい王国は俺の手に余る。 もしもにならないようあがくがな」
「アレス、決断に後悔はないな」
「実際なってみないとわからない」
アレスが退室し……
机の上に一本糸くずのような白い毛が落ちていた。
議長はそれをつまみ上げるとゴミ箱に捨てた。
リリー・ラハード……レイの妹。現在16歳くらい。今までもモブ扱いでかすかに登場しています。
サフィール・ベリルシュタイン……ベリルシュタイン家の三男。
夫婦間ちょっとぎすぎすしている気がしないでもないですが、同じ人間じゃないので意見が対立することもあります。
ラインハルトとプリムラの短編は……第三章の終わりに入れようかと思ったのですが、書きかけて挫折。
人物紹介で想像していただけると。
ラインハルト・コーニッシュ(旧姓レイス)……死霊王子時代の料理長の霊に取り付かれていた。料理長の望み(死霊王子の結婚式に料理を出す)を叶えようとするが、包丁持ったことがない上、バカ舌。
プリムラに協力を仰ぎ、無事幽霊を引き剥がすことに成功した。その後、プリムラと結婚。
プリムラ・コーニッシュ……女子爵。趣味お菓子作り。ラインハルトから贈られたくまのぬいぐるみに幽霊が入ってしまった。バルバスの菓子を再現、ライラの結婚式で出し、貴族の令嬢の間で話題になる。
結婚後は新たな食を求めてラインハルトと各国を旅する。
くま(本名フリッツ)……死霊王子時代の料理長。王国終焉後、イーストレペンスから来た総督が「料理がまずい」と言って料理長の手を切ってしまい、大量出血で死亡。(後、総督は料理長の弟子に毒殺される)
さほど強い霊ではないため、ウエストレペンスを出るときは基本溶けないように「くま」に入っている。成仏せずにラインハルトたちと世界旅行を続けている。
ラインハルトとプリムラの恋のキューピット(たぶん)。
ウエストレペンス市議長……実質の市長。ウエストレペンス王国の宰相の子孫。レイが借金をした人。
あの借金は現在も返せていません。お返ししようとしても断られてしまいます。
手札としてしばらく持っておくつもりのようです。




