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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第四章 南の悪魔
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警告 (7年後 夏)【ナイラ】

 私は王太子の恋人の一人になれた。


 あの聖痕が出る謎の症状に見舞われた私はベールや仮面で文字を隠しつつ、目立つ道を選んだ。

 そう、コスプレ。バルバスの衣装はもとより、十二単、着物、巫女服、ナース、チャイナドレス、セーラー服、CAなど、考えられる限りのコスプレをした。


 誰も正式な装いを知らない。知らないから、十二単にベールをつけていても不自然ではない。

 

 一人仮面……仮装舞踏会と化し、笑いものになったが、現代日本に生まれた私からしたら別にドレスも十二単もコスプレだ。十二単は、そのまま着たら重たいので、袖や襟の部分だけ、別の布を足す形にしたけれど。

 

 おかげで王子の目に留まった。


――君は、もし王妃になれるとしたら、どうする。


――冗談。行儀作法だけでなく、他国の情勢やら、言語やら今から覚えるなんて絶対無理。

  自分の感情とは関係なく国民に笑顔で手を振るのでしょ。そういうのはやりたい人がやればいい。

 私は笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣くの。


――面白い女だな。


――それはどうも。


――君が新たな野心に目覚めないことを願うよ。


 そう言って彼は控えていた給仕からシャンパンを二つ受け取ると一つを私に渡した。


――人間はゴールにたどり着いて、歩みを止めてしまったら負けなのよ?


 私たちは誓いの杯を交わした。



 そして他の恋人たちと同じダイヤモンドとムーンストーンのネックレス(くびわ)をもらった。

誰にでも合って、誰にも合わない首輪。

 

 世の中、目立ったもの勝ちだ。

 笑っていた令嬢達が私の真似をし始めるけれど、もう遅い。


 本当は私が気に入ったから声をかけたわけじゃない。

 タルジェの情報網が欲しかっただけだ。


  王太子に利用されているだけとわかっていたけれど、幸せな時を重ねるにつれて、不安になってきた。


 こんなにゲームと変わってしまっても、切符はまだ有効なのだろうか?


 私は這い上がった。

 私は間に合った。


 一度目でそんな話をすると、即刻縁を切られてしまう。話すつもりもなかった。

 ちょっと位のわがままならなら聞いてもらえるほど、十分仲良くなったところで時期を見計らってその話を切り出した。



「随分、安物の首輪をつけているのだな」


 王太子は私の胸元を控えめに飾っているペンダントを弄ぶ。


「すみません。あれは大切な物ですから、王太子様に会うときと夜会の時以外は別の物をつけているんです」


 私だって、今日王太子が来ると知っていたら、ちゃんと準備していた。

 連絡もなく突然やってきたのはあなたでしょう。


「望むなら、他の首輪を送るが」


 またとない昇格のチャンスだ。

 でも、チャンスであると共に切られるきっかけでもある。


 いくら、私が他の令嬢にはない武器を持っているとはいえ、油断してはならない。

 彼女たちもおそらく私にはない武器を持っているのだろう。


 そのまま関係がしばらく続いて切られることも多い。

 数多くの解析書が令嬢達の間で出回ったが、結局は殿下の気分しだいだ。


 ……いつまでも、無言のままも良くない。


「私が望むものですか……宝石は少々飽きました」


 ささやかなペンダントに触れる。

 それだけで、王太子への説明は十分だ。


 集めても、集めても結局、冷たい石は私の心を満たさない。 


 言うのなら、今だ。


「ねぇ。南の悪魔って知っています?」


「ん?」


「南大陸のはやり病で、数年に一度流行するとか」


「そんな病聞いたこともない」


「今年は大流行するという話があります。念のため備えていたほうが良いのでは?」


 まるで、いつものようにタルジェが集めた情報をいち早く伝えるように。


「遠い海を越えた先のことだろう」

「ええ。でも、念のため検疫だけでも……」


「収穫祭が……」


「収穫祭?」


 ああ、十月頃に毎年行われる収穫祭だ。


「検疫と軽く言うな。その日のために国外から多くの人が訪れる。それらを十日も留め置いていたら、収穫祭が成り立たなくなる。収穫祭で収入を得ているものもいる。簡単に中止にはできない」


「……」


 私に無言で見つめられて、王太子は面倒そうにため息をついて呟いた。


「必要なら対応しよう」



「気にしていた流行病のことだが、北大陸に来るどころか、南大陸でも流行の兆候がないそうだ」


 ああ、ずれたか。今年ではなく、来年なのかもしれない。


「君は昔、予言の巫女と言われていたらしいが、最近は予言を今回もはずれのようだな。これなら、辻占い師のほうがマシだぞ」


 今、私の評価なんてどうでもいい。 


「水際対策が必要です。フウロの港に検疫の強化を頼めませんか?」


「国交は一応あるが、互いにロセウムから戦争を吹っかけられたときの同盟だ。形だけのことだ」


 ロセウムは、市民革命からの建て直しに10年もかかっていて、戦争どころではないだろうが、本当にやばくなったら仕掛けて来ないとも限らない。


「そういえば、ウエストレペンスにいるロセウム人の帰化申請者数が急に増えだしたな。

 いつかは帰すつもりだと聞いていたから不法移民にも目を瞑っていたのだが、ウエストレペンスは何を考えているのだろうな」


 私は焦っていた。最近、ずっと胸が締め付けれれるほど苦しい。

 失いたくないのだ。


「さあ。私は何も。それよりも検疫のほうをお願いします。できれば、南大陸に面する港町すべてに」


「なぜこだわる。今まで海を越えてもそこで終わりだった」


「今まではたまたま港町で防げていただけです。一度港町を出てしまえば、病は人に……この国に四方から襲ってくるのです」


「機会があればプラテンセに話そう」


 つまりは話さないということだ。


「わかりました。ウエストレペンスは情報が入り次第お知らせします」


 警告はした。 後はどうなろうと……



 その日から王太子の訪れは途絶えた。

 きっと面倒くさい女と思われたのだろう。


 もう、私の知っていることは何一つ当てにならない。

 切符はまだ有効なのだろうか。


 一ヶ月後、タルジェの者から流行病がフウロの港を越えたと報告があった。


ナイラ、超ポジティブシンキングで奇病を乗り切りました。



ロセウム……十年ほど前、市民革命が起こるが市民の立てた指導者も独裁者と化してしまった。

共和派や王統派やさらに枝分かれした分派で国のことが何一つ決められていない状態。

(モデル:フランス革命後のフランス。)


プラテンセ……フウロの町を持つ。


参考史実:カーニバルで検疫弱めた途端ペストが広がったことがあったよう。


モデルはモデルであって、実際と随分違います。


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