不吉を告げる手紙 (7年後春) 【ライラ】
―あんたの子供って今何歳?-
ナイラからそれだけ書かれた変な手紙が送られてきた。また、何か企んでいるのだろうか。
―六つ―
時候の挨拶も何もなく、聞かれたことだけを返した。
しばらくすると、次の手紙が送られてきた。
招待状転送を催促する手紙以外は最近送られていなかったのに珍しい。
―ねえ。南大陸で数年に一度発生する南の何とかって病気知っている?―
聞いたことないけれど、夫に確認してみた。
ナイラの名前を出した途端、レイは嫌な顔をした。
「また、頼みごとか?」
ナイラはあらゆる手を使って、王子様の恋人の一人になった。
その、あらゆる手の中には伯爵家も利用されたのだが、伯爵はこの件に関して怒るどころか「騒動を傍から楽しむのもいいものだ」と傍観している。
伯爵という足かせから解放されつつあるアレス様は、なんというか、少々奔放に、趣味に走るようになった。
子供の頃は小説に出てくる『義賊』や『怪盗』といったものに憧れていたそうで、だから花泥棒に甘かった。ほとんどお咎めなしどころか、レイの妹リリーとベリルシュタイン伯爵の三男のお見合い進めようとしている。
あの件は、散々援助させといて、約束を反故にし続けた育種家たちにも落ち度があったが。
亡くなった奥様の名前をつけるって約束だったのに、王太子の愛人達の名前を次々につけちゃって。
そのうち『ナイラ』って名前の薔薇もできるのかしらね。
「『南の……』って付く病気知っている? 数年に一度南大陸で発生する病なんだそうだけれど」
「南の……南。南の悪魔か。」
「南の悪魔?」
「南の悪魔は確か、南大陸で数年に一度流行する病気で、北大陸で被害に遭うのは港町ぐらいだから、内陸のここらではほとんど聞いたことないかな」
――『南の悪魔』と言ってレペンスで今までかかった人はいないようです。すごく珍しい病気のようですよ。
もう、近況を伝え合うこともない仲だ。前回と同じく尋ねられたことだけ答える。
――ホント医学チュウセイレベルのおばか。 昔ならいざ知らず、人が遠くまで簡単に行けるってことは、病気も広がるのが早くなったってことよ。 私は忠告したからね――
忠告ねぇ。
チュウセイってなんだろう。とりあえず意味もなく罵倒されたようだ。
それから、もう一度不思議な手紙が送られてきた。
―いろんな薬草送ってくれるかしら―
薬学にあまり興味があるように見えなかったが、まあいつまでも王太子の愛……恋人でいることもできないだろう。
手に職をつけようとしているのかもしれない。
私が医学初心者の時に見本用に使っていた比較的安全な種や草と薬学の教本を送ることにした。
「それ、どうするんだ?」
「ナイラは、最近は病に興味持っているようね」
「そうなの?」
彼の問い私はあいまいに微笑んだ。
会話はそれっきり、手紙も送られてくることは無かった。
あの時、もう少し姉の忠告に耳を傾けていたら、少しは変わっていたのかもしれない。
私たちが再び『南の悪魔』の言葉を聞くのは、半年後。
カーネリア・ベリルシュタイン……ベリルシュタイン伯爵の妻。第三子を出産後体調を崩し亡くなる。
有名人の名前が付いている薔薇は結構あります。
誰だかわからない人の名前付けるよりも有名人の名前を付けるほうが注目を浴びるので。




