社会見学【ライラ】
本筋にあまり関係ない外伝的なものです。
すっきりしないお話ですので、飛ばしていただいてもかまいません。
ウエストレペンス城の庭をレイと二人で散策していると、鈍い物音と子供の声が聞こえた。
小さな子供を二、三歳は年上の子供が数人がかりで取り囲んで蹴っていた。
「たしか、あの子--」
淡い茶色の髪ときれいな水色の瞳。
レイは即座に彼らの元に駆け寄った。
「やめなさい。」
蹴られている子は嫁いできた私を何くれとなく世話を焼いてくれた侍女頭の息子だ。
「俺らは奥様がかわいそうだからやっているん……」
さすがに目の前に現れたのが、伯爵令息と気づいたのだろう。少年達は言いよどむ。
侍女頭の噂はいやでも入ってくる。
伯爵家で未婚の侍女が妊娠・出産ってなったら、まあ、想像の翼を羽ばたかせてしまうわけだ。
実際のところは物理的に無理だろう。
私が出戻ってきて、嬉しすぎて抱きついたら、すぐ引っぺがされたし。
大体それが事実ならさすがにイリーナ様もアリアを城から追い出すだろう。
「母が君らに頼んだのか?」
「頼んでないけれど、レイ様もこいつが目の前でちょろちょろしているだけで不快だろう?
だから、レイ様たちのためにも出て行ってもらうよう説得しているんですよ」
いや、アリアさんいなくなったら、困るって。
それに、レイはものすごく怒っている。君達はすぐ謝って退散したほうが身のためだと思うのだが……。
「君らの言葉が真実だとしたら、君らは私の大事な弟を傷つけたことになるわけだ」
ついでに言うと彼らは一時の快楽のためにレイにもレイのお母様にも罪をなすりつけようとしたのだ。
「ひっ」
うっかりレイの顔を見てしまった子供の一人は悲鳴を上げた。
「君らのやったことは暴行だ。傷害罪に十分問える。ライラ、悪いが警吏を呼んできてくれるか?」
「「「「なっ」」」」
こういうことには、容赦ないよね。
「こういうのはまず、この子達の親に連絡入れるべきじゃないかしら」
「そういう噂を子供達に聞かせているのが親なんだろう。
なんで見つからないようにやらないんだと注意でもされてみろ。
この子達、今度は見つからないように同じことを繰り返すぞ」
そこで難しい顔を作ったままこそこそと「君の護衛を呼んでくれ」と付け加えた。
◇
レイたちのところに向かっている間、護衛に状況を説明すれば、どうすればいいのか大体わかったようだ。
「俺はそいつらに社会見学させればいいんですね」
私は、護衛を呼ぶように言われただけで、彼らがどういう罪に処せられるかは知らない。
「警吏の詰め所と裁判所、ついでに刑場までを回るコースです。オプションで無縁墓も入れますけれど」
そう言って顎でしゃくった。
王都で暮らす私にはどうも理解しがたいけれど、生まれたときから森と隣あわせで生きてきた彼らにとって、どこまでも深く暗い森は十分恐怖の対象になる。
魔の森に捨てられる刑はここでは重い罪になる。この森自体が墓になるのだ。
「反省してなかったら、それもいいかもね」
一応結婚当初は、私専任の護衛であったが、私がほとんど平和なウエストレペンスから外に出ないので、最近は警吏の仕事も回ってくる。
まあ、この一家って実力行使よりも徹底的に脅すところからはじめるから、お漏らしするくらい脅して帰すつもりだろう。
結局、姉は懲りなかったけれど。はぁ。
親への警告はそちらでお願いします。と言い置いて護衛Aは子供達の手をわざわざ縄で縛って連行した。
長年ウエストレペンスで護衛やってくれている人なので、まあひどいことにはならないだろう。
たぶん。
「いや。父に恩義感じているようだから、父に習って吊るすかも」
◇
「彼女が父のお気に入りなのは確かだが、そんなの端から端まで信じていたらきりがない」
髪をピンクに染めた侍女頭――アリアはウエストレペンスが王領から伯爵領に変わったその最初期からいる侍女だ。
きれいな水色の瞳がこちらを睨み付けた。
「あいつら捕まえたからもう帰っていいだろう?」
アリアの息子を事情聴取とかなんとか言って引き止められていたようだ。
「ごめん。ちょっと待ってくれるかな。怪我の手当てさせて」
「俺こいつ嫌い」
子供にはっきり言われたレイは苦笑するしかなかった。
「噂立てられて大迷惑している立場なのはわかるけれど……ちょっとだけ私たちを利用しない?」
「はあ?」
「話は私たちの部屋に行ってからね」
◇
レイには自分の部屋に戻ってもらって、少年の手当てを私の部屋で行う。
「ずっとは約束できないけれど、私の娘の学友にならない? 年はあなたと一つ下の女の子。 殴る蹴るの兄弟げんかでしているがさつな女の子だけれど、数人でぼこぼこにするあの子達よりかましだと思うのよね。 ついでに彼らも伯爵一族のご学友に手を出しにくい」
娘はなんというかレディーに育ってくれなかった。
一応侍女に頼んだりしているけれど、目を離したらおもちゃ一つで弟とけんかしているのに一時間したら、けろっとして仲良く遊んでいるのだ。ほんとあの子達のことよくわからん。
ただ、変なものを振り回していつか怪我をするんじゃないかと気が気でない。
私たちがいないときは子守メイドが面倒を見てくれているけれど、本当に事故が起こってしまったら、子守メイドは子供達の不始末で紹介状も書いてもらえないまま放り出されかねない。
子供達には学友という名の監視役が必要だ。
でも、少年は随分逡巡しているようだ。
「いや?」
目を逸らされた。
暴力を振るった子供達は確かにおとなしくなるかも知れないけれど、女の子の威を借るってのは嫌なのだろう。
逃げ道と後は……
「もしも良かったらだけれど。気に食わなかったらやめてくれてかまわないし」
きれいな水色の瞳がこちらを見た。
「もう少ししたらあんたら出て行くつもりなんだろ。伯爵だって人気取りのためにすぐ追い出すつもりの難民を受け入れたんだろ。貴族は気まぐれに手を伸ばすだけかよ!」
すごく正論でぐっさぐっさ私の胸に刺さるが、非難はちゃんと受け取らなければ。
肩を怒らせて叫んで。 ああ、たぶんレイの部屋まで聞こえているだろう。
そこで、少年は少し冷静になったようだ。失敗したと顔を青ざめさせる。
でも、伯爵が人気取りで難民を受け入れているというのは間違いだ。
国策では不法入国者を追い出せってなっているし、市民からは自分達の仕事を奪うのか、自分達の納めた税をつぎ込むのか、って反対されているし。人気を考えるのなら、『何もしない。追い出す』が正解だ。
「そうよ。私たちはチャンスは与えられるけれど、そこから先は、自分でなんとかしなければ」
はっと上げられた顔は私の中にある嘘と建前と偽善、全部を読み取ろうとしている。
よし、ちょっと興味を持った。もう一押し。
「余計なお世話かもしれないけれど、もしうまく行ったら就職までまっしぐらよ」
「乗った!」
私たちは数年でいなくなってしまうが、この流れでイリア様のご子息の『ご学友』になれば、そういう道も開ける。
アリアにもしものことがあればこの子は孤児になってしまう。
この様子だとアリアはよく言い聞かせているようだ。
「私たちの部屋とアレス様たちの部屋離れているから、一番嫌な人にはあまり会うこともないでしょう」
◇
「あの、勝手に決めてしまってすみませんでした」
前、ちょっともめて流れてしまった話なのに夫に相談もせずに。
私の出産前後から、一番年の近い二人を乳兄妹にしたらどうかという話はあったのだが、噂が噂なだけにその話結局立ち消えになってしまった。
そのときの私の感想は「城の者が反対しているなら、わざわざもめる必要はない」だった。
どうしても、乳の出が悪かったら、アリアに頼むことや城下の婦人方に頼むことはあったけれど。
「いや。話をしようとすると逃げられていたから、君が提案してくれて助かった」
レイが言ったとしても少年は断っていただろう。
もしかしたらもう少年やアリアに直接持っていったのかもしれない。
「もし、本当だとしたら……どうしますか?」
私を見た瞳は不安を溶かすほど温かい。
少年の中に自分の境遇を映してしまったことを見透かされたのだろう。
私はあんな暴力を受けるほどの憎しみも感心も向けられなかったが。
「イリアと兄弟じゃないって知ったときは悲しくて二人して、朝まで泣いたな。
それから血がつながっていようが、繋がってなかろうが兄弟は守らなければならないって決めた。
だからやることは変わらない」
その瞳の奥には兄としての強い決意が垣間見えた。
「一侍女に力が集中しすぎると城の者たちの心配する気持ちもわかるが、僕らは本当に彼女に感謝しているんだ。つまらない噂でこの城を追い出すようなことはしたくない」
アリア・ランチェスター……侍女頭。髪をピンク色に染めている。ライラの結婚当初、(イリアが爵位を継ぐのをしばらく伏せるため)何の説明もなくライラに家事を一通り言いつけていた。
サーウェイ・ランチェスター……侍女頭の息子。淡い茶色の髪と澄んだ水色の瞳が特徴。
彼のおかげで、ライラは赤ちゃんの抱っこの仕方や、おしめの替え方をあらかじめ練習できました。
護衛……ライラの護衛。花盗人騒動の時は、城の警備に当てられ新人さんと交代してました。
一応、ライラの護身術と拳銃の師匠でもあります。(軽く教えた程度でどちらも身についていませんけれど)
レイも他人の子供の喧嘩に口出しするのは嫌です。ヒエラルキーのトップに近いところにいるからこそ口を出してしまったら、えこひいきと言われますし、使用人の揉め事に首突っ込みたくないですし。
ただ、集団で蹴っているのを見たら。
……蹴っている時点で「いじめ」というあいまいなものではなく傷害「罪」。




