結婚話 (四月中旬)
「ウエストレペンス? 」
父はストローク・グラスの紹介で、それなりに大きな夜会に潜り込めたようだ。
そこで、なんと結婚話を拾ってきたのだ。
「身分の差というものをあまり気にしないお方のようで、割とあっさりこちらの話に乗ってくれた」
「乗ってくれた」って、そんな話はゲームには無かったんですけれどー。
『鮮血のジェムリア』でジェムリア山脈の一帯に追いやられた王兄派一族はウエストレペンスを名乗っていた。
確か、歴史で習ったことによると一度は独立したけれど、三百年前に再びレペンス王国に取り込まれたってことになっていたはず。
「ウエストレペンスは新興の貴族だが、元は王家と同じ流れを汲む由緒正しい血筋でな」
そう言われても、攻略対象でもない伯爵の所に嫁ぐつもりはない。
『何とか氏の流れをくむ』って、新興の貴族が箔付けのために、適当に自分の先祖をでっち上げているんでしょ。
大体、あやふやで良いのなら、私だってバルバス王族の血を引いているって言うわよ。
「つうか、冷徹伯爵でしょ? 」
「安心しろ。お前の相手は息子のほうだ」
「やーよ、そんな舅がいるところ。それに、娘の恋人の紹介で出た夜会で、結婚話を拾ってくるなんて、 いくらなんでもまずくない?」
まあ、私も小さな夜会にはストロークと連れ立って行って、次のお相手を物色しているんだけれど。
「しかし、私から話を持ってきておいて、こちらからお断りするわけには……」
娘が今の恋に本気ではないことはだめもとのつもりで声をかけて、思わぬ成果に舞い上がっちゃって、後の事を考えてなかったのね。はぁ。
「ねえ、私は今『ライラ』を名乗っているんだから、妹には『ナイラ』を名乗ってもらいましょうよ」
これで妹をゲームの『ヒロイン』から完全に遠ざけられる。
◇
私は早速妹を自分の部屋に呼んだ。
「父が縁談貰ってきたのよね。でも、私、ほかに好きな人がいるの」
黒髪で紫の瞳を持つ私とそっくりな少女、ライラ。 それも隣に並べてみないと違いは分からないだろう。
ゲームの中の『私』は妹の話を聞いてアドバイスする役割だ。
ゲームとは違って、自宅通学にした分、少しでも物語のずれを防ぐため妹に学園で起こったことを話しているので、恋人の話は妹も承知している。
「あの、お相手の方は?」
「ウエストレペンス伯爵の長男だか次男だかよ」
さすがに一瞬、私とそっくりな顔が青ざめる。
伯爵には、『女性を吊るした』『舞踏会では、女性の足をわざと踏んでまわっている』『前王を毒殺した』『一夜にしてぼろぼろの城が修復された』『死霊王子の生まれ変わり』と数々の噂が飛び交っている。
「いくら伯爵家って言ってもそんな恐ろしい舅がいるところには行きたくないわ。
それに、強烈すぎる伯爵のせいで息子の噂があまり入ってこないのよ。分かっているのは親とそっくりな
金髪に水色の瞳で、顔立ちがそこそこ整っているってことだけ」
なぜか妹は生暖かい視線をこちらに寄越した。
「私、この恋頑張るつもりよ。でも……でもね、もしダメだった時のために“取り置き”しておきたいのよ。ねえ、ちょっと協力してくれる?」
「協力って?」
妹はとても不安そうな顔をする。
安心しなさい。あなたの不安当たっているから。
「私の代わりにその人の所に行って」
妹がうんともすんとも答えないでいると、部屋に父が入ってきた。
「伯爵家に第二夫人の娘を送るわけにはいかない。第一夫人の娘……『ナイラ』として行くんだ」
商家の娘ってだけで貴賤結婚と言われて貴族からは煙たがられるのに、第二夫人の娘となると話を持って行っただけで激昂されなねない。
レペンスは一夫一妻制で、私たちの生国バルバスは一夫多妻が認められている国。
第一、第二夫人の差なんて無かった。
国が変わったってだけで、まともな縁談が無いんだから今回のことは感謝して欲しいくらい。
「それとも好きな人がいるの?」
そんな人はいないのは、私が良く知っている。
首を振る妹の手をとり、優しい声で、
「私の要らないほうをあんたにあげるから、ね?」
あなたには余り物が似合いだと、そう告げた。
ゲームでは、あなたが余り物を私にくれたのよ。
もうそろそろ別の男に乗り換えるつもりだけれど、ね。 ルルナがいないから振り放題だし。
ってことで、よろしくね。