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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第三章 ドールと砂の国
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事件【ライラ】

 十月初旬のある夜。


 王子様が寝たのを確認してうつらうつらとしていたら、ばしゃりと水音がした。


 ランプをそっとつけてゆっくりと外に出た。


(夜の散歩ってことで。敷地内だし危ないことは……ないよね? 音は噴水からかな)


 観賞魚が跳ねたのだろうか。それにしては大きい音だった。噴水の中を確認する。


 水底に何かが落ちている。結構大きい。袋?と思っていたら、それが揺れた気がした。

 水面の揺れかもしれない。そんなに底は深くないはずだ。パジャマをたくし上げ、噴水の淵に乗って、足を水にそろそろと付けてみる。十分足が底に着くが、腰上まで水に漬かってしまった。それでもあの黒い影を探して、数歩歩くと、何かにつま先があたった。


 ランプで改めて、照らしてみると確かにそこには袋があった。

 ランプを噴水の縁に置いて、その袋を引き上げようとする。重い。それに嫌な感触だ。

 それに、じわじわ袋から赤いものが滲み出している。

 早く引き上げて中身を確認しなければ……


「誰か。誰か来て!」


 他の宮も隣接しているのに、来てくれたのはクーさんだけだった。


「目立ちたくなければ、明日の朝見つけるほうが正解だと思うけれど」


 いつものほんわかした雰囲気は冷たい瞳でそれを見つめた。

 一瞬迷って、無意識のうちにペンダントのあったところに手を伸ばしかけるが、そんなことしても彼の言葉は聞けない。


「それは、私の正解じゃない、わ!」


 二人がかりで噴水から引き上げ、クーさんに部屋の鍵を渡した。


「私の部屋から薬箱! 早く!」


 袋の口はがっちりくくられているし、見た範囲では破れ目はない。

 急いで胸の位置を確認して袋の上から蘇生術をはじめる。


 さすがに騒ぎを聞きつけた使用人が遠巻きに見ているが、クーさんが薬箱を持ってきた以外は誰もここに近づいてこない。


 多少中の人の肌が傷つくかも知れないが、(はさみ)でざくざく麻袋を切り裂く。


「あんた達、ぼーっとしてないで医者を呼んで! それとランプ持ってきて!」

「(早く侍医を。明かりが必要だそうだ)」


 袋の中から現れたのはファリダットだった。


「寵姫様! 寵姫様! しっかり!ファリダット!」


 セト様が命じてくださってやっとランプを持ってきた一人を捕まえて、「(名、呼ぶ)」とバルバス語で言った。


「(そんな恐れ多い)」


 って、なんと言っているかわからないが、渋っているのだけはわかる。

 学院で習った方法は女一人では、すぐ息が上がってしまう。もう私が倒れそう。

 本当はこっちを代わって欲しいが、悠長に演習をやっている間はない。楽なほうをお願いしてるんだから、さっさとやって。


「セト様」


 セト様の肩がびくと跳ねたが、それに気を使っている余裕はない。


「(……ファリダット)」


 私の意図を理解したセト様は自分からファリダットの横に来て、彼女の手を握り声をかけた。

 数人が釣られて、「(ファリダット様)」「(寵姫様)」彼女を呼ぶ声がやっと上がった。


 実際にどれだけの人が彼女の生を望んでいるかはわからないが、呼ぶ声が聞こえたのか……。


 彼女は、げほっと水を吐き出し、大きく息を吐いた。

 その後は荒く短い息を吸い続けている。たぶん過呼吸だ。


「吸ってー、吐いてー」


 そう言いながら自分も深呼吸をし、リズムをとるように彼女の手を握ったり解いたりを繰り返した。

 ぜぃぜぃとしばらく荒い息を繰り返していたがゆっくりと呼吸が戻ってきた。


「タオル!」


 震えている彼女の身体をゆっくり抱き寄せて、あやすように彼女の背中を軽く叩く。


「大丈夫よ。大丈夫だから……」


 伝わってくる鼓動はしっかりしたものだ。


「一応、私が見つけたって報告するけれど、覚悟しておいてね」


 クーさんがいつもより少しだけ硬い声でそう告げた。

 他の寵姫に目を付けられる可能性を、だろう。



 あの後、侍医が来て、ファリダットを渡した。 状況説明にはクーさんが行ってくれた。

 仮眠をとりたかったけれど、ファリダットのことが気になって眠れない。


 昼頃、私はセト様、通訳のクーさんとでファリダットを見舞った。

 男子があまりずかずか寵姫の部屋へ行くものではないが、五歳くらいなら一応大丈夫なはずだ。


 ファリダットは表面上は、いつもと変わらないどころか、いつもより元気な雰囲気を作ろうとしていた。 いつも以上にぺちゃくちゃしゃべるが、たまにふと口を閉じる。

 元気な姿を確認したら、負担にならないように早めに帰ろうと思っていたのだが、不安なのか彼女は引きとめようとした。

 話すことで少しでも、不安を紛らわせられるならそれに越したことはない。話題は昨夜の事件に移っていった。


「……よくわからないけれど私が犯人なら、見つかる前に心臓とか首とかぐさっとやると思うのよね。 手首をちょこっととか、死ぬまでどんだけ時間かかるのよ。

大体、生きたままだとファリダットに顔を見られる可能性だってあったんだし」


 犯人に腹が立っているせいと昨夜の興奮がいつもより随分、雑な言葉遣いになってしまっているが、クーさんが丁寧な言葉遣いに直してくれているだろう。たぶん。


「(あなたって恐ろしいこと考えるのね)」


「恐ろしいことかどうかは置いといて、あなたが麻袋に入れられていないのなら、自殺を偽装したとも考えられるけれど……ごめん、やっぱり推理とか無理」


「(ちょっとは真剣に考えて!)」


 考えてっていわれても、ハーレムの衛兵が調べているのに、わざわざを首突っ込むことではない。

 でも、個人的な意見なら適当に言える。


「とりあえず、ファリドットがじわじわ苦しんで死んでいくのが見たかったとか?なら相当陰湿な女ね。

 他は、死んでもいいとは思っていたけれど、自分が直接手を下すのは嫌だった。

 それとも、遺留品を使って他の寵姫を犯人に仕立てたかった。その場合はあなたの生死はどうでも良かったということになるわね。

 それか、あなたが私が絶対助けると見越して、誰かをはめるために自作自演をしたか」


「(私、死にかけていたのよ!)」 


 あれが演技だとしたら、命をかけた迫真の演技だ。


「ゆっくり休んで、ご飯しっかり食べるのよ」


「(あなたもね。……王子様みたいに(くま)できてるわよ)」



 って数時間前に話していて、王子様を寝かしつけて、私も今日こそはさっさと寝ようと思っていたのに、王様に呼ばれた。


「昨夜の褒美を渡すって~」


 「なんで夜中なんですか」


 お願いだから、明日にしてくれ。


「ジャーリヤから上の階級に上げてもらえるって」


 たしか、ジャーリヤってハーレム内の一番下の階級だったはずだ。

 それが上の階級に上がるということは……。


「私、別に出世を考えていません」


 そりゃ、女の子だから一度ぐらいハーレムに憧れてた時期もありました。

 でも、日々人が死んだという噂が流れ、短い間に顔ぶれが変わり、私の目の前で知り合いが溺れ死にかけるのを見て、まだ夢を抱けるほど自信家ではない。

 ついでに言うと、私はたった一ヶ月前まで人妻だった。

 二、三年くらい経った後なら、振り落とされるとわかっていて昇る将来もありなのかもしれないが、今はさすがにないだろう。


「悪いけれど、褒美はあなたから拒否できないのよ」


彼女がやらかしたのは、心肺蘇生法です。謎の人物Xが伝えました。

謎の人物Ⅹは別に医学が詳しかったわけではないのですが、レイの祖父が教師兼薬師だったので、そっち方面を集中的に聞き出していただけです。


作者は推理は苦手。犯人不明のままにします(考えていない)。彼女を殺したい人間は一人はいますが、実行するにはかなり無理があるので……。

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