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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第三章 ドールと砂の国
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寵姫襲来【ライラ】



 それから二時間後ーー


 セト様がなんとかお昼寝をしたのを確認して、私は通訳の女性と荷解きをしていた。


「会話はそこそこできる自信はあったけれど、やっぱり文字は駄目ね~」

「そうなんですか?」

「小さな村だったから、一応習ったけれど、あまり使う機会もなかったし、いろいろ変わっているのよね~」


「えーとヤークートさん。後は自分でできますので」

「ジェムリア……レペンスの人は発音しづらいでしょ。クーでいいわよ」


 おっとり答える通訳の女性の言葉に甘えさせてもらって、今後は「クーさん」と呼ぶことにしよう。


 鋏、小型ナイフ、王宮に来ると知っていたら、全部置いてきていた。

 薬箱の中は王宮に持ち込むにはちょっと、かなりまずいものが入っている。


 ずっと王子様の子守ができる訳ではない。

 今日の感触では、王子様に一応気に入られているようだが、数日後には気に食わないとか言われて、ぽいっと放り出されてしまうかもしれない。


「王子の子守を廃業した後は、どこかの医者に弟子入りし直して、女医になろうと思っているので、使い慣れたものを置いておきたい」と素直に告げたら中身をチェックされて、いくつか質問されただけで、特に取り上げられもしなかった。


「あの、私の持ってきたものっていろいろまずくないですか?」


「いっぱいいるから一人や二人亡くなっても大した問題にならないの~」


 朗らかな声で告げられた言葉に、背筋が凍りついた。

 もちろん、何かあった場合には相応の報いを受けてもらうことになるけれど~、と付け加えられた。


「あの、買い直しますので」


「持っておきなさい。大切なものでしょ」


 いや、自分の命を賭けてまで持っておきたいものかと言われると……。


 そのとき、複数の足音が聞こえて、大きな音を立てて扉が開かれた。


 おそるおそる王子の居室に目を向けると、侍女たちに団扇で扇がれて、たくさん積み上げられているクッションの上ですやすや寝ていたはずのセト様が不機嫌な顔で目を覚ましていた。


 やっと、やっと寝たと思ったのに。


「寵姫様よ」

「えー。王子様に会いに来たんですよね」

「それは口実で、敵の偵察に来たんじゃないかしら」


 その寵妃様一行はずんどこ私の部屋に入り込んできた。


「(お茶も出さないの?)」


 黒の波打つ髪と勝ち気そうな若葉色の瞳。

 部屋をぐるりと見回して、一行の中で一番偉そうな十五歳くらいの少女は、高慢に言い放った。

 

「(狭い部屋ね)」


 すかさず、クーさんが通訳してくれる。

 荷解きも終わっていない部屋に突進してきて何を言っているんだコイツ。


 そもそも、ここは使用人の部屋だ。明らかに身分の低い者にたかるとは何事だ。


 わけのわからない言葉で怒鳴り散らされるのは怖いが、おっとりした声で訳されるとどうも寵姫様(仮)の短気そうな物言いも間抜けに思えてくる。

 慌てて返さなくてもいい。


「私の出したお茶やお菓子で体調崩したと言われてしまえば、お互いのためになりません。王子様にも迷惑です。私はただの子守ですので」


 でもクーさんの翻訳を待たずに、彼女はしゃべりだした。


「(二人っきりになりたい)」


「無理です。私はバルバス語の読み書きができません」


 チッと小さな舌打ちが聞こえた。

 彼女が侍女を下がらせると、狭い部屋には私とクーさん、寵姫様だけになった。


「(お前は異国の薬師と聞いたわ)」


「違います」


 医学を一ヶ月ほど学んだだけの小娘だ。医者や薬師を名乗れるわけがない。


 それに、陰謀とかに巻き込まれたくなければ、ただの子守を通すようにとは言われていた。

 医の知識があると『家族の命が惜しかったら、他の寵姫に毒を盛れ』とか、無理難題を押し付けられるんだそうで。

 まあ、わざわざレペンス国まで殺しにはいかないだろうから、そこだけは安心だが。


 寵姫様はしばらく私とヤークートさんを交互に見て少しためらって、


「(ほ……)」


 通訳のヤークートさんにこそこそ何か囁く。クーさんはそれを私の耳に囁いた。


 レイは将来的には私を女医にしようとしていたから、私が学院に通うことになった時「男女の産み分けは可能か」とか「女性の身体の仕組み」といった類の授業を薦めた。

 当時、事情を知らなかった私はそのラインナップに目をひそめ何の圧力かとびくついていた。


 彼は普段は気遣いができるのに、そういった方面では気遣いに欠けていた。

 大体、私のどこが気に入ったのか聞いたときは「容姿が気に入った」って言われて、恥ずかしいような結局は顔かと腹立たしいような気持ちになっていると「父さんの故郷って半分が親戚なんだ。遺伝とか考えるともういっそ外国の血を入れたほうがいいかと」とか言い出して……。


 強い視線で思い出から現実に引き戻された。若葉色のきれいな瞳がこちらをじーっと見つめている。

 いや、期待に満ち満ちた目で見られても。


「ああ、だめですよ。あんなの心拍上がって体調崩します。他にも副作用が報告されています。地道にがんばってください」


「(お前はなぜそんなに肌が白いの?)」


 いい加減容姿のこと言われるの面倒になってきた。

 母は北大陸沿岸の人種の坩堝と言われるフウロの町出身だ。

 母の見た目は生粋のバルバス人だったらしいが、どこかで北の血が混じっていたのだろう。


 北では黒いといわれ、こっちでは白いと言われ。

 別に差別的なものではなく、憧憬のような目だから構わないのだが、それでも落ち着かない。


「北大陸では雪のように白い肌の人は珍しくありません。 クーさんは私よりも白いですよ」


「(まあ、偉大なる大巫女様、我らの大国母様、永遠の美の女神様のご尊名を軽々しく省略するなんて)」


 寵姫様はぷりぷり怒っているようだけど何を言っているか、頼りの通訳さんがくすくす笑って「(大げさね)」通訳してくれない。


「(でも、とてもきれいな紫。きっと気に入られるわ)」


 まあ、セト様には気に入られている。


「薬はあげませんが、ちょっとした知識は教えられます。 レペンスのご婦人がたに大人気の講座で教えられたことですが」


「(本当? レペンスの秘技を教えてくれるの?)」


 大したことを教えるわけではないのに、すごくきらきらした目だ。


「でも、目安ですので当てにしないでください。……その前によければ名前を教えてくれませんか?」


 長年勤めていた使用人の名前を知らずに、最近になって聞いたときは恥ずかしい思いをした。

 さっさと名乗っておこう。


「(私? ファリダットでいいわよ)」

 

 また微妙に発音しにくい名前だ。こっちは省略を許してくれそうにない。


「ライラです」


ヤークート……銀髪、赤目の女性。二十歳ぐらい。昔、レペンス王国に住んでいた。わざと翻訳を間違えて楽しんでいる。

 忘れている言葉もあり、知っている言葉でも意味合いが変遷しているものが多いので、本の読み聞かせにライラが加わってくれて助かっている。


ファリダット……黒髪に若葉色の目。「宝石」の意。ヤークートと同じくハーレムで与えられた名。十五歳前後。バルバス国内の有力貴族の娘で、王様にお呼ばれする前から「寵姫(ハセキ)」の地位を与えられる。一話前までは作者の頭の中にいなかった。ペリドットの語源。


二人の名前はアラビア語から。


フウロ……北大陸沿岸の町。海を挟んで南側にバルバスがある。現在はゲラムという国が治めている。バルバスとゲラムで常に取り合いをしている。住民が逃げ出したら意味がないので、ほどほどの小競り合いです。(……作者が戦争を書きたくないので) 


バルバスの都……まだ名前はない。 


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