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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第三章 ドールと砂の国
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王子様【ライラ】(九月末)

ルチルの告白【ライラ】の最後のほう、少しだけお話追加しました。

「私が、この城の主、カルセドニー・ベリルシュタインだ。私の用意した鳥かごは気に入ってくれたかな」


「子どもじゃない。何百年もこんなのばっかり! だからこんな身体嫌なのよ」


「伯爵は隠し宝物庫をぴたりと言い当て、ベリルシュタイン家が死霊王子に献上した指輪を嵌めていた。

 そして伯爵は死霊王子の墓を建てることに異様にこだわった」


「ウエストレペンスの最後の王子はその病を治したんじゃないか。

 アレス・ラハードは呪いを解く方法を直接(・・)死霊王子から聞いているのではと俺達は考えたんだ」


「私はこの鳥かごでは満足できないわ。もっと美しい鳥かごを用意して」


「まあ、ここは鳥かごの一つではあるが、大丈夫だ。もっときらびやかな、人の役に立つ(・・・・・・)鳥かごを用意してやろう」


「これ、レイに会う機会があったら私の代わりに返しておいてくれますか?」




「なんで、こんなところにいるんだろう」


 南大陸の一国、バルバス。


 思えば遠いところに来てしまった。


 ベリルシュタイン伯爵が花盗人で、本人の言うところの親切心で私を回収してくれたらしい。

 ルチルはルビアという少女の病を治すためにレイに近づいて、私はそのルチルの懺悔を延々聞かされた上、ルビアの七色のざらざらした血液を見せられ。


 ベリルシュタインからは、実家に帰ってもいいし、ウエストレペンスに帰りたいなら帰ってもいい、ベリルシュタイン城に居続けてもいいとも言われた。

 そして最後に示されたのがバルバス行きだった。



罠にはまったナイラを見てみたいという気持ちは心のどこかにあった。


  だからこれはきっと罰なのだ。


 早く言ってしまえば良かった。彼は私の言葉を待っていてくれていた。何度も手を差し伸べようとしていた。


 嫌われるのを恐れて、結局何一つ言えないまま……




 ナイラに呼び戻されて一月近く経った九月の終わり。


 バルバスの王宮。


 目の前には無駄にきらきらしい服の男がいた。貴金属をじゃらじゃらつけているので、たぶん偉い人-国王だろう。20代後半から三十代前半。バルバスの人らしい黒い髪に小麦色の肌。

 そして数人のバルバス人がこちらを品定めするように、じっと見つめていた。


「(お前に名前を与える。アメシスタ)」


 少しは言葉を覚えていると思っていたが、なんと言われているか。アメジストがどうのこうのと言っているようだが。


 私の横の女性が通訳してくれた。


「名前をーー」


「ライラと申します」


「名前を賜ったのです」


 通訳の女性が言葉を付け足した。

 ああ、失敗した。

 でも、もう遅い。国王の顔が見る間に険しいものに変わる。


「(父上、それは僕の妻です。僕が名前をつけます)」


 ちっちゃな子が横合いから、助け舟を出してくれた。

 うん。なんて微笑ましいんだろう。

 通訳さんはくすくす笑っているし。


 偉い人は玉座から立ち上がり 「(では、そのように)」何事か言い残し去っていった。


 これで謁見は終わったのだろう。




「……ええ、バルバスに行くとは聞いていたのですが、まさか王宮とは」


「いきなりこんなところ連れて来られてびっくりしたでしょう~」


「昔住んでいたといっても言葉はすっかり忘れてしまって。でも、良かったです。レペンス語がわかる方がいらっしゃって」


「私はジェムリアの村出身なの~。言葉はゆっくり思い出せばいいわ」


「つまりは、五歳で不眠症になった王子にこの本を読む……子守ということですね」


「で私は、あなたの言葉を翻訳する係」


 五歳で不眠症って、成長に良いわけがない。それが半年も。

 でも、本を読んだとしても、それは根本的な治療にはならない。


「あの不眠症の原因はわかっているのですか?」


 通訳の女性はそれには答えず、


「……北大陸から贈られてきた『眠れぬ王』の話をしたら、その日だけは早く寝たのです」


「たしか『アラビアンナイト』というお話ですよね。千話くらいあるって言う。でも……あれについては二話しか伝わっていませんよ」


 十数年前、レイの祖父は魔の森で迷子の少女を拾った。少女は七宿二十一飯の恩義に、子供達に毎日、自分の知っているおとぎ話・歴史・文化を語って、ある朝、唐突に消えたそうな。


 ウエストレペンス伯爵にそれを伝えた人物は、『アラビアンナイト』をあまり詳しく知らなかったようで、『眠れぬ王』と『魔法のランプ』しか詳しく書かれてなかった。 


 私が持っている写しにも、『あとはなんか大鷲に肉と宝石を運ばせる話とか、アリババとか、魔法のじゅうたんとか、望遠鏡とか、空飛ぶ木馬とか、木馬って言えば何とか戦争ででっかい木馬作って、奇襲作戦やる話があって、トルコに本物が置いてあるらしいよ。後はてきとーに考えて』と、走り書きされている。


 半数以上がそんな物語の切れ端なのだが、教師だったレイの祖父母はその切れ端をつなぎ合わせて、いくつか話を追加したらしい。 


「では、今夜はギリシャ神話から『月の女神』の話をしましょうか」


 すかさず、通訳の女性が王子様に伝える。


「(ギリシャ?)」


「長靴の島だそうです。長靴を履いた猫が人口の半分を占めていて、丸く平べったいパンにトマトソースをかけて食べるんだそうですよ」


  私は通訳さんを挟んで注釈を読み上げた。


「(ふーん。ナンにトマトソースか?)」


 ナンとトマトソース。

 ナンか懐かしいなー。レペンスはパンが主流で、あまりナンは出ないのよね。


「ああ、そんな感じじゃないですか?」


「(今すぐ読め)」


「じゃあ、お昼寝しましょうね」


 まだ幼いのに目の下に(くま)ができている。


「(その前に、私はセト=バルバス。おまえの夫だ)」


「『私はセト=バルバス。あなたの主です。よろしく』と言っています」


「セト様ですか。よろしくお願いします。私はライラ……」


 王族から名前を新たに賜るのが一般的なようだ。

 ウエストレペンスでは「ナイラ」と呼ばれ、ここではまた別の名を付けられるのか。


「(君の名はライラだ)」


 ゆっくりとつむがれたそれは訳されずともわかった。

 通訳の女性が少年の耳に囁く。


「君、名前、ライラ」


 少年は慎重に言葉を紡ぎ、通じているか不安そうに私を見つめる。


 その心遣いに心底ほっとした私は、自然に少年を抱きしめぽろぽろ涙を流していた。


「……ありがとうございます。バルバス語はあまりわかりませんが、精一杯仕えさせていただきます」


「(妻として、精一杯お仕えさせていただきます、と)」


 通訳の女性は銀色の髪と赤の目の持ち主で、ルビアという少女を思い起こさせるが、わざわざ詮索するつもりはない。


――私は王子様の子守になった。


セト=バルバス……第十皇子。五歳くらい。不眠症。ベリルシュタインから贈られた『眠れぬ王』を気に入り、ベリルシュタインに他の話の収集を依頼する。


通訳の女性……銀髪赤眼。二十歳前後。ちょっと間延びした口調で話す。


謎の人物Ⅹ……名前はサヤカ。17年前、魔の森で迷子になっていたところ、教師だったトリス(レイの祖父)とレイの叔父に保護され、しばらく滞在していた。歴史はまあまあ。国語・地理は少々苦手だった模様。数日滞在した後、自分の国へ帰った。異国のおとぎ話やトランプ等をもたらす。ナイラから見たら歴史(ゲーム)をぐちゃぐちゃにした張本人。今回の物語にはほぼ無関係。


木馬……レプリカだそうです。本物残っていたら、単品で世界遺産になっていると思う。

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