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楽勝で攻略できると信じていました。  作者: くらげ
第三章 ドールと砂の国
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ルチルの告白【ライラ】

引き続きライラ視点。説明回。ライラは時間経過かなり鈍足。

ベリルシュタイン城の食堂は広かった。

長テーブルには等間隔に金の燭台が並んでいる。


ウエストレペンスでも嫁いだ当日は立派な食堂を使えたが、後は台所の側の食卓で思い思いの時間帯に食事を摂っていた。アレス様曰く「内装の豪華さよりシチューの温かさ」だ。


 この長テーブルの端から端まで運んでいる間だけでも料理が冷めてしまいそうだ。そこに三人と給仕だけというのもちょっと寂しい。

 あっちは一人で食べてても、台所の喧騒が聞こえてくるし、使用人ともたまに一緒に食べていた。


 出された食事は美しい盛り付けでとてもおいしそうだが、まったく食事が進まない。

 少し冷めているからだろうか。


「食事が進んでいないようだが……ルチルからは健啖家だと聞いているが?」


 伯爵の膝に乗せられた少女は先ほどとは打って変わって、物静かな雰囲気だ。

 伯爵が飴を少女の唇に近づけると、彼女は口を小さく開いて、素直に与えたれた飴を口の中で転がし、解けた頃を見計らって、伯爵が次の飴を少女の口に運ぶ、を繰り返す。


 健啖家。つまり大食い。あれはラインハルトに付き合っただけで、実際はそんなに食べてない……はず。

 どうでもいいが、食事中に子供に飴ばっかり食べさせるのは良くないと思うよ。


「巻き込まれた君にはルチルが説明してくれる。もうそろそろ帰ってくるだろう」


 ルチル、次に会ったら、髪むしっても許されるよね。

 もちろん、そんなことは絶対やらないけど、心の中で思うぐらい自由だ。


 などと思っていたら、当のルチル様が扉を開けて怒鳴り込んできた。


「父さん、いったいこれは! 」


「久々に顔を合わせたのに帰郷の挨拶もなしか?」


「帰るぞ」


 ルチルに手を捕まれ、無理やり立たされた。


「彼女は私たちと契約しているの。 王子へのお土産と引き換えに彼女の好きな場所を用意するって。ここにいられたら困るけれど。それと、女性はもう少し丁寧に扱いなさい。彼女痛がっている」


「あいつの隣以外のどこが居場所だってんだ」


 ルビアがたしなめ、それに彼は強い言葉で言い返すが。


「私はあそこにいたくない」


 ルビアにウエストレペンス行きを勧めたのは、帰るための言い訳が欲しかっただけだ。

 女の子を保護するためならウエストレペンスに出戻っても許されると。


 でも、今更、帰ってなんて説明するのだ。

 私は姉へのささやかな復讐とレイを天秤にかけたのだ。


「……そうか。あいつの隣で笑っていたのは嘘だったんだな」


 そうか。私は笑っていたんだ。


「ルチル、彼女を説得したいなら好きにするがいい」




 私に割り当てられている客室をルチル様が訪れた。 もちろん扉は全開だ。


「さっき鳩便を手配した。たぶんすぐ迎えが来る」 


 ルチル様の言葉にずきりと胸が痛んだ。

 夏も半ばを過ぎて、日の入りが少し早まっている。今日の夕方か、明日の朝にはたどり着くだろう。


「こちらの事情に巻き込んで悪かった」


 事情?

 首を傾げるが、別に問うつもりはない。彼に事情を尋ねてしまえば、こちらも問われれば返さなければなくなる。


 謝罪に応えることも間を持たせることも嫌で、紅茶を一口飲んだ。


「俺がウエストレペンス学院に入ったのは、義母の病を治すためだ」


 気まずい沈黙を破って、ルチルが語りだす。


「俺らは石化病って呼んでいる。長い時を変わらぬ姿で過ごす代わりに徐々に身体が動かなくなってしまう病だ。呪いともいえるな」


「不老不死ということ?」


 にわかには信じがたい。医学でまだ到達できない領域だ。


 ……ルチルの話に食いついてしまった。


「君が信じる信じないはどうでもいい。

 ただ、ルビアは俺らが子供のときから、あの姿のままだ。

 そして義母をそのような身体にしたのが、初代ウエストレペンス王だった」


 ウエストレペンスの始まりから生きていたと言われても信じられない。


「はじめは医学で治す方法を研究するために。 同時にレイと仲良くなって秘密の書庫にも出入りさせてもらった。昔の呪いの本は残っていたけれど、残念だが俺には読めなかった」


 ルチルは学院では、領主に要りそうな政治経済以外にも古文や歴史、医学を取っていた。

 ウエストレペンス史を研究されているエリー・レイス先生の手伝いもよくしていた。


「アレス・ラハードがただの平民のままなら、俺らも見つけられなかったろうし、先祖の負債を返してもらおうなんて思わなかった。

 先祖の遺産を受け取ったなら、先祖の負債も受け取るべき。それが父の……俺らの考えだ」


「つまりは、レイ様をだました、ということですか? 相談すれば、レイ様もアレス様も協力を惜しまないと……」


「ああ、そうだ。俺も君の事を責められないよな。

 ……死霊王子は伝承上では、化け物になって婚約者を食べてしまったと言われている」


 『そうだ』と言ったのはレイを騙したことだけではなく、レイの協力を信じて頷いてくれた、と思いたい。

 それなら、なぜ、死霊王子の話が唐突に始まったのだろうか。


「では、子孫だと名乗る彼らは本当に死霊王子の子孫なのだろうか?」

「秘密の恋人とか?」


 いや。わからないけれど、たぶんそういうことだろう。後は、実際には死霊王子の弟や妹の血筋が続いていたり。

 でも、それだとウエストレペンスは跡取りが無くて滅んだって話と矛盾するのか。


「今さら家系図を辿りようもありません。王家がアレス・フォレストに位と町を与えた。

 なら、彼らが死霊王子……シャムロック=ラハードの名を権力の裏づけに利用しても、結局はどうでもいい話では?」


 レイたちが死霊王子とまったく関係のない赤の他人だとしたら、先祖の借金だか、負債だかを背負わせるのは、筋違いではないだろうか。


 うーん。でも、赤の他人なら、アレス様が熱く語った墓建立の話はなんだったんだって話になるし。

 少なくとも、アレス様は信じている。


「まあ、その、そっくりなんだそうだ。レイと死霊王子が」


「まさか、レイがその化け物と言いたいのですか? 本当なら大発見でしょうね」


 レイの友人のあまりの言い様に怒りや苛立ちが出てしまった。 


「もちろん、本人だとは言わない。ただ、かなり近しい血縁なのではと」


 かなり近しい血縁ってアレス様? イリア様? どちらにしろバカらしい。


「彼女の証言だけではなく、アレス・ラハードの実家がある村を調べた。

 レイの祖母の家系はずっとその村に住んでいたが、祖父は村の入り口で行き倒れているところを村人に助けられたそうだ。 そして無学な村に文字をもたらした。

 レイの祖父がいなければ、シャムロー・レイスはただの農民のまま、村を出ることはなかったろう」


 この国では、昔、文字は貴族の特権だった。庶民が文字を使えば罰せられる時代もあったそうで、今でも小さな村では、文字が使えない人が多い。


「ウエストレペンス伯爵は隠し宝物庫をぴたりと言い当て、ベリルシュタイン家が死霊王子に献上した指輪を嵌めていた。

 そして伯爵は死霊王子の墓を建てることに異様にこだわった」


 アレス様はルビーの宝石の指輪を確かに指輪を身につけていたが、さほど特徴のある指輪ではなかったし、石もそんなに大きくなかった。うっかり見過ごしてしまいそうな指輪だ。


 ルチルは友人のふりをしてこそこそ調べまわっていたのだろうか?


 不快感が胸に溜まるが、もう私に怒る資格はない。わかっていても……。


 指輪の話と隠し部屋の話が本当だとしても、子孫に長らく受け継がれ、語り継がれてきただけで、何百年も前の先祖の借金をレイたちにどうしろというのだ。


「ウエストレペンスの最後の王子はその病を治したんじゃないか。

 アレス・ラハードは呪いを解く方法を直接死霊王子から聞いているのでは。

 すべて憶測だけれど、関係のあるすべて試さなければ」


 「直接って……ちょっと話が飛躍しすぎて私はついていけません」


 大抵のお話は聞き役にまわる私でも、そんな雲を掴むような話に頷いてあげるほどお人よしではない。


 まず、あの少女が不老不死という話が本当だとは思えない。

 その他の話も状況証拠っぽいものを積み重ねているだけだ。ルチル自身も憶測だと認めている。


「私に愚痴を聞いて欲しいのですか? あなたのやろうとしていることを正しいと、それとも間違っていると言って欲しいのですか? それともその話を聞いた私に協力して欲しいのですか」


「協力してくれるのか」


 彼は私の言葉にすがろうとするけれど、


「いえ。協力できません。もう、レイ様とは赤の他人です。

 私はそもそもの大前提がまったく信じられませんし、死霊王子はひどい有様だったそうですけれど、ルビアさんは普通の女の子です。とても同じ”症状”とは思えません」 


 死霊王子はゾンビ王子とも呼ばれている。腐敗した身体のまま今も魔の森をさ迷い続けているとか。


「では、証拠を見せれば協力してくれるか」


 ルビアが部屋に入ってきた。


 少女の手にはナイフ。疑問に思うよりも先に振り下ろされたナイフは、ざっくりと少女自身の手首を傷つけた。

 私は言葉もなくそれを見つめた。


 彼女の腕を伝い落ちたものは七色に輝く液体だった。

 ざわりと背中に怖気が走り、もう忘れてしまったはずの過去を揺さぶる。


「布」


 それが血だと理解するよりも前に、身体が動いた。

 箪笥から、数枚のハンカチを取り出してその傷にあてがった。

 間近で観察しても確かに手首から、布からぼたぼた落ちている。手品とはとても思えなかった。


「君はすでに(せり)にかけられていたのだよ」


 少女の言葉に手が止まった。


「……私たちの他に数人候補はいたそうだ。売り文句は『バルバスとの王族と繋がりがあり、ウエストレペンス伯爵家ともめでたく縁続きになった』だったか。田舎に半分引っ込んだような老貴族には公達(わらし)の間で広まっている醜聞もどうでもいい話だ。

 私たちは息子の友人だから、手を挙げたに過ぎない。君は恩を返さないのか?」


 そして、かわいい少女の声を作り、小首をかしげて問いかけた。


「あなたは協力するの?」


 しかし、少女はわずかにその表情をゆがませた。ルチルが手当てを代わってくれる。

 痛みを感じていないわけではない。彼女は私たちと同じ“人間”だ。


「また広がっている」


 ルチルが暗い顔でぽつりと呟いた。

 彼女の傷口以外の部分は、石化病の名のとおり石のように硬く、冷たかった。


「もう一度ベリルシュタイン伯爵と話をさせてください」



「私は取引材料になりたくありません。かといって、あそこに戻れるわけもありません」


 二人っきりの部屋で、私はお腹に力を込めて、伯爵に自分の意思を伝えた。   


「……以前、あなたは言っていました。あなたはわたしにふさわしい鳥かごを用意してくれると。

私はこの鳥かごでは満足できないわ。もっと美しい鳥かごを用意して」


「まあ、鳥かごの一つではあるが、大丈夫だ。もっときらびやかな、人の役に立つ(・・・・・・)鳥かごを用意してやろう」


『人の役に立つ』……その言葉に惹かれた。 ただ生きるよりも、そちらのほうがずっと良い。


ルビア……カーネリア(故人)によって、長い眠りから目覚め、カーネリアの輿入れに際し、侍女としてベリルシュタイン家に同行する。普段は物静かで、ルチル達にも母親として接しているが、たまに見た目相応の子供っぽさがでたり、古い言葉が混ざる。


公達(きんだち)……貴公子。





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