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過去 あの日 【ライラ】

「北大陸のレペンス国に行くことになった。雪がきれいだぞ」


 その日。私たちはレペンス国行きを告げられた。

 ここでは見えない『ユキ』を見に行くらしい。




 第一夫人と第二夫人は別々の対屋に住み、当然私たちも別々に部屋を与えられていたけれど、昼は互いの部屋を行き来して一緒に遊んで、夜はどちらかの部屋で寝て、眠くなるまでぺちゃくちゃしゃべっていた。

 今となっては、なぜあんなに姉と話題が尽きずに話せていたのか。


 お菓子や絵本、その日庭に咲いていた花。一番たくさん話してくれたのは、姉の空想の、あるいは夢の中の『お友達』の話だったろうか。

 最初は遠くに離れていて、姿も霧がかかったみたいにぼんやりしたけれど、少しずつ近づいているらしい。

 言葉も最初はまったく何をいっているかわからなかったが、最近はちょっとだけわかって、私としているようなおしゃべりを『お友達』ともしていると言っていた。 



 その日の夜も私は姉の部屋で寝ていた。


「たびたのしみだね。れぴぇんすってどんなところかな?」


「いや。うるさい!」


「ごめん。うるさかった?」


 ナイラははっとした顔で私を見た。寝汗がすごい。良くない夢を見たのだろうか。

 悪夢を追い払うまじないを小さく唱える。


「ちがう。痛い」


「どこがいたいの?」

「……ぜんぶ」


 月明かりだけではよく見えない。ただ、ナイラがぽろぽろ泣いているのはわかった。

 机からランプを持ってきた。

 勝手につけると怒られるが、廊下のランプからこっそり火を移す。


「いや! つけないで!」


 ナイラが火のついたランプを振り払おうとしたので、慌ててよける。


「ちょっと確認するだけから。目をつぶって。どこが一番いたい?」


 目をつぶってと言っても、ナイラは目を見開いてその光をじっと追った。


「おなか」


 いたいよ。いたいよ。ぽろぽろ泣きながら訴えてくる。


 ナイラのパジャマをめくるとお腹に黒っぽい変な帯のような跡が付いていた。

 体中変なあざが付いていて……ちょっと触れた私の手にはぬるりとした感触があった。

 それを光に照らしてはならない。とっさにそう思った。


「いや。しにたくない」


 目を見開いたまま、かすれた声で囁き、私の手を引き寄せると折るんじゃないかと思うくらい強い力で握り締めた。 くちゅり、と湿った音が聞こえたような気がした。

 

「ぱぱとままよんでくる」


「……くるま」


 握る力が弱まって、私はナイラの手を放した。

 私の言葉が聞こえていないのか、ナイラは返事とは違う言葉をぼんやりと呟いた。


 ナイラはなぜか、ランプの灯りを怖がっている。

 一度ランプを消し、とりあえず一番近い第二夫人のところに助けを求めに行った。



「ライラ様。まだお休みになられていないのですか? それともお手洗い?」 


 私はぶんぶん首を振った。


「……ライラ様をお部屋へ」


 第二夫人はけだるい……面倒くさそうな顔で口調だけは丁寧に私を追い払おうとした。

 「ナイラが苦しそうだ」と訴えれば、第二夫人は目を大きく見開いて詰問した。


「あなたナイラに何したの?」


 いつもライラ様と呼んでいた彼女とはぜんぜん違う強い口調。

 私が震えて答えられないでいると、彼女は私を押しのけてナイラの部屋に走って行き、使用人の一人は第二夫人の後ろを付いていく。 他の使用人が父の部屋に向かってあわただしく走っていった。

 私も慌ててナイラの部屋に戻った。


 部屋に戻ったら、ナイラは荒く短い息を繰り返していた。

 このままなら、怖いことが起こってしまうかもしれない。

 言わなければ。


 「おなかにすごくおおきなせんが……」


 怖くて、それでもかすれた声で必死に訴えた。

 侍女がナイラをパジャマを脱がせたが……。


たくさんの灯りで照らされたナイラの身体には帯のような(あと)どころか、あざも傷も何もかも消えていた。


 騒ぎを聞きつけてやってきた父や母もナイラに声をかけたが、ナイラは返事をしない。


 取り乱している第二夫人の横で、母が使用人に医者や、たらい、手ぬぐいの指示を出す。


 その光景をぼんやり見ていたが、ふと、自分の手を見ると、予想していた赤はなかった。

 ぬるりとした感触もいつの間にか消えていた。

 

 ある程度指示を出し終えた母に半ば引きずられるようにして私は部屋に戻った。


 ひどい高熱で一晩中うなされ続けたナイラは翌朝にはけろっとしていた。


 その一ヵ月後には、レペンス王国へ引越しをして……


 いつの間にか、彼女は『お友達』の話をしなくなった。

 

 その一年後には、互いの部屋を行き来することも、めっきり少なくなってしまった。



 あの日、部屋を離れて……手を放してしまったのは正しかったのだろうか。

 あの日、私は助けを求める手を放してしまったのではなく、


 ……本当は振り払ってしまったのではないだろうか。 



「きょうは、おともだちのはなししないの?」

 

「おともだち? さあ、いなくなったみたい」


ほのかにホラー風味な感じで。

夏のホラー企画バナーを見てしまうと、どうしてもホラー書きたくなってしまう。

続きが思い浮かばないから、小ねたでごまかしているわけではありません(たぶん)。



第一夫人……ライラの母。タルジェの最初の妻。バルバス生まれ。

レペンス王国に移住するが、一夫一妻制のレペンス王国では妻は一人しか許されず、夫がレペンス語を使える第二夫人を正妻にしたため、妾になった。

バルバスにいた頃は朗らかな性格だったが、言語や文化の違いに苦しみ、若くして死去。


第二夫人……ナイラの母。タルジェの二番目の妻。北大陸出身。

簡単なレペンス語を使えたため、レペンス移住後、正妻になる。

バルバスにいた頃から、正妻と妾の区別をはっきりつけていて、姉妹のような付き合いをしようとする第一夫人を「奥様」、ライラを「ライラ様」と呼んでいた。

自分が正妻になった途端、態度を翻し、ライラとナイラの交流も(いと)い始めた。


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