ヒロイン交代ーそして
2017/6/18に第五話にエピソード 『花嫁(五月下旬)【ライラ】』を追加しました。
「それは?」
料理のレシピ本やらなんやらにまぎれてきれいな装丁の図鑑があった。
「植物図鑑。もし暇だったらって彼が薦めてくれたの。毎回、手紙に学院や料理のこと書いていたでしょ?」
「彼、ね。勝手なことしてくれちゃって、私が覚える手間が増えたじゃない。 まあ、あんたよりもずっと要領良いからすぐ覚えてみせるけれど」
「でも、料理とか、今更入れ替わるなんて……」
無理よって、小さく呟いたのを私の耳はちゃんと拾った。
それは勝手なことしたあんたの落ち度でしょ? けれど。
「料理? 悪いけれどね、私はお遊びでちょっと覚えたあなたと同じにしないでくれる? あんたが作るまずい料理よりかうーんとおいしい料理を彼に食べさせてあげる」
妹は随分疑わしそうなーー反抗的な目を向けてくる。 そりゃこっちの世界では包丁なんて握ったことないけれどね。
「私、前世では一通り作っていたんだからね! 」
「前……?」
ライラは耳慣れない言葉に首を傾げた。
「で、渡されたプレゼントとかないの?」
「本や、薬袋ですね。あとはペンダントを」
「ペンダント?」
「……おそろいの」
妹はそう言って、荷物の中から赤い宝石屑の砂時計を取り出した。
いつか妹が私に送ってきたものと同じものだ。
「それって、修学旅行の定番品でしょ? 伯爵の息子の癖にけち臭いわね」
商品価値はほぼゼロでも旅の記念にって学生が買っていくやつだ。
私も向こうでお土産屋を一応見てみたけれど、妹が選んだ色が一番きれいだった。
さすが、私の妹。私の好みを良くわかっている。
◇
古臭い本はいらないし、乾燥した草なんてゴミだし、料理は妹なんかよりうまく作れる。
そうだ。攻略相手に料理を食べてもらうイベントがあった。
料理下手な設定のせいで、結局ほぼすべてのルートで、塩と砂糖を間違えたり、焦げた料理を食べさせるイベントだったはずだ。
ってことは、わざと下手に作らないといけないのか。
植物図鑑はお花の絵としても楽しめたのでそのまま貰うことにした。
私が準備を進めている間、ライラは伯爵家のルールについてぶつぶつ呟いていた。
「鈴です。どこでもいいから必ず鈴をつけて」
見ると服には全部鈴が縫い付けられている。
目立たないように、あるいは飾りとしてさりげなく付けられてはいるが、変なものは変だ。
なんでこんな変なことするのよ。はずさないとならないじゃない。もー。
いっそ、全部買い換えようかな。
「後は、扉の前で盗み聞きしたり、通路の角で隠れて様子を伺うなんてことはしないでください。 盗み聞きするなら、必ず扉から三歩離れたところで聞き耳を立ててください」
いや、三歩も離れちゃ意味ないじゃん。
「そうそう、あんたにはお父様がどこかのおじさん伯爵を用意してくれているわよ。ありがたく思いなさい」
ライラは驚いた顔をしていたが、やがて顔を伏せ、
「わ……かりました。身に余るご縁談お受けします」
最終的には、不気味な薄笑いを浮かべて了承した。
◇
妹の口角をほんの少し上げた笑いの意味は結局わからなかった。
そんなことはすっかり忘れて、私はついにたどり着いた。
伯爵様とイリアとスズ・ハニーボックス、伯爵夫人、小さな女の子はたぶんレイの妹のリリー・ラハード、ピンクの髪のメイド、そしてレイが私を出迎えてくれた。
伯爵が眉をひそめ、レイに何事かささやく。
レイとイリアって、もう二人並んでいると本当に見分けつかないよね。わずかに赤みが混じった金髪がレイで、完全な金髪がレイの弟イリアよね。 あと髪の跳ね具合とか。
「じゃあ、少し休んで貰ってから――って聞いていないか」
伯爵は出迎えたのに「お帰り」の一言もなく去って行ってしまった。
「もう二ヶ月以上経つのに……」
「まだナイラに慣れていないのか」
「……やっぱり、一度帰したのがまずかったのかしら」
伯爵夫人はオレンジの髪をボブカットにしたふんわりした貴婦人だ。
「髪は女の命」なこの世界でここまでばっさり髪を切っている女性は珍しい。
日本的な丸い鈴の付いたリボンで髪を飾っているのがチャームポイントと言えばチャームポイントかな。
「気を悪くしないでね」
「はい」
ここは良き嫁らしく控えめに笑っておくのが『吉』だ。
◇
超美形一家。
(想像以上に格好いいじゃないの。伯爵はずいぶん機嫌が悪そうだったけれど、まあ関係ないよね)
伯爵は気難しそうに顔をしかめているが、両親との部屋は離れていると聞いているから、さほど会う機会もないだろう。
「髪形変えた?」
特に髪型をレイは少し戸惑った表情を浮かべたが、私は気にせず、
「ちょっとだけ切ったの。どう?」
妹らしく、にこっと控えめに笑ってみせる。
「……どうって。まあ、いい。疲れているだろう。部屋に行こう」
いきなり疑われているわけがない。
私の胸が気になったのか胸元をちらちら。
で、私の視線に気づいたレイは視線をはずした。
「いやごめん。それ……」
「レイ様が下さったペンダントです」
「……似合っているよ」
どうせ、あの子は後生大事にしまっておいて一度も着けていなかったのでしょう。 こういうのは使わなければ意味ないのよ。
でも、普段使いにはいいかもしれないけれど、夜会とかにはつけていけない。
次は夜会にふさわしいもの買ってもらおう。
"私"の部屋にたどり着いた。
「疲れているところ悪いけれど、父さんが今後のこと話したいって。30分ほどしたらまた迎えに来るよ」
彼は、私を気遣ってか、それだけ言い残すとさっさと部屋を出て行った。
お料理できると言っても、お肉やお魚のパックや調味料、調理器具が揃っている世界のことですので。この世界でどこまでおいしくできるか不明。




