ドールとの邂逅
ゆっくりと後退したらバラのとげに引っ掛けてしまったようだ。
「うー。どうしよう」
音からして、結構破れちゃったようだ。ちょっと部屋まで戻るのは遠いかな。
ふと、私の上に影が差した。見上げると、アルミナの銀の髪に良く似ているゴスロリ美少女がいた。
ただ、目は血のように真っ赤だった。
「……ドール?」
私はそう呟いてしまった。
ドールとは『鮮血のジェムリア』に出てきた魔道人形だ。
「ほう。我を知るか?」
「な……何?」
ドールの瞳がすっと細められる。まさか、私を亡き者にしようってわけじゃないよね?
「来い。そのままではいささか不便だろう」
差し出された手は見た目は子供特有のマシュマロ肌だったが、触ったら違和感があった。硬い。
石化が始まっている。
◇
城のホテルとして活用している区画に来た。
「あなた本当のドール?」
「そうだよ。もっとも今残っているのは片手ほどだが」
部屋に引き入れられるとそこには30代後半くらいの男がいた。
まあ、顔は整ってはいるのだろうが、ふと目を離すと顔を 特徴と言えば金髪に灰色の目ってだけで。
「その子はどこの子だい?」
「さあ。知らぬ。尻の部分が破けてたから、連れてきた」
少女の身も蓋もない説明に一瞬かっとなるが、その男は私を頭からつま先まで見ると、それっきり私から興味を無くしたようでドールを手招きした。
ドールは彼の手招きに応じて、自分から彼の膝の上に乗った。
男は手元のキャンディーポットから、宝石のような飴を取り出しドールの口に押し当てる。
これって通報したほうがいいレベルよね?
「ん。甘い」
ドールは満足そうに微笑んだ。
私はキャンディーポットに目をやる。
「それは食べないほうがよいぞ」
「知っているわ。石なんでしょ?」
「ほぉ」
彼女達は魔法を使うことはほとんどできない。
魔術師は世界の理を乱せない。理は世界が決めるもの。乱せば罰を受ける。
戦争時、貴重な魔術師を使い潰すわけにはいかない。
魔術師を意図的に作り出すことはできなかったが、魔術師の補助者は作り出すことに成功した。
魔術師の魔法を妨害したり、増大したり。
そして、『赤の王城作戦』はイーストレペンスの王都を焼いた。
でも、ドールは魔石を補給しないと人形みたいにまったく動かなくなる。
魔術師がいない今の状態じゃ、宝石消費して動かしている意味ないと思うんだけれど。
それとも、目の前の男は魔術師なのだろうか。
「私をどうするつもり? その、殺すつもりなら通報するわよ。この男を!」
「私は通報されるようなことをした覚えはないがね」
自分の子供でもない少女を三十代の男が膝に乗っけている時点で、通報するのが世界のためだと思うのよね。
例え、少女の年齢が数百歳だとしても。
「どうもしない。私のドレスではサイズが合わないな」
まあ、12歳児の服はさすがに無理だわ。
「おい。久々に息子に会いに行くがいい」
「一人で大丈夫か?」
「この娘に何ができると言うのだ?」
謎の紳士の心配を少女は鼻で笑う。まあ、わざわざドールと戦う理由はない。
◇
男性が部屋を出ると、少女は私に毛布を渡し換わりに受け取ったスカートを携帯ソーイングセットから取り出した針と糸でちくちくと縫い始めた。
「なぜ、動いているの?」
首チョンエンドでちらっと出るだけで、目の前の彼女とはどのルートでも、こんなところで会う予定はなかったはずだ。
「この山脈のものなら砂だろうがただの石ころだろうが、力になる。おいしくないし、効率も悪いけれど」
「だからここにいるの?」
「少し違う。私は……」
そこで少女は目を伏せた。
「……あの」
「すべてのことに答えが与えられるわけではないよ。……さあできた」
「解れ目わからない。あ、ありがとう」
渡されたスカートは表を見ても裏を見てもとげに引っ掛ける前とまったく変わらない状態に戻っていた。
「私はカーネリアの代わりだからな」
「カーネリア?」
少女は誇らしそうでいて少し寂しそうな目をした。
「ねえ。あなたってローナ?」
最初にドールに志願した一体。
当時の服は質の悪い普通の平民の服だった。間違ってもこんなゴスロリファッションではなかったはずだ。
「驚いたぞ。名まで言い当てられるとはな。もっとも今は別の名を使っているがな」
その後は「もう、ここに用はないだろう。さっさと帰るがいい」とあっさり部屋を追い出された。
ドールは魔石を補給していても、いつかは内部から石化が始まる。もう皮膚に影響が出始めているってことは……。
◇
前作キャラのその後を知れてちょっとラッキーと喜んだのもつかの間、レイとアレスの会談はとっくに終わっていたのだ。
あるグループがオープンキャンパスで学院に行ったら、カフェテラスでレイとディアスの会談を目撃したらしい。まさかそんなところでお茶会しているなんて
赤毛の美人に見とれていて同席していたドリルに腕をつねられていたそうだ。
別グループの話ではプリムラが茶色の髪の少年と屋台通りで二人仲良くチーズボール(たこ焼き)を食べていたとか。たぶん少年はラインハルトのことだろう。
昨日はあんなに邪険にされていたのに。
◇
「ほんとこの世界って不親切設計よね。別ルートが見れないなんて」
「はぁ。私には何のことかわかりかねますが」
「実際のところ、ゲームと変わり過ぎているのよねぇ~。
で、私は考えたのよ。これはリストラキャラを拾いなおした追加シナリオだって。
それならゲームで一度見たハーレムルートを無理に目指すより、せっかくなら追加キャラのほうをやったほうが断然お得じゃない?」
「私にはさっぱり意味が……」
「8月14日にライラの侍女の手に届くようにして」
「中身は?」
「妹へのお姉さまからの大事なお手紙よ」
「はあ。せっかくここまで来てらっしゃるのでしたら、会えないまでも……まさか」
彼女はようやっと私の思惑に気づいたようだ。長年私の侍女やっているのに察しが悪くて困っちゃうわ。
封筒の中には『8月15日の夕方に中の手紙をライラに渡して』というメモとは別にナイラ宛の手紙を入れている。
「ライラを呼び戻すわよ」
その言葉に侍女は顔を真っ青にして私に詰め寄った。
「すでに約束の期限から十日も過ぎています。『レイ様との関係には特に問題はなく、このまま嫁ぎたい』との手紙も届いております」
「つまり準備は整えてくれてるわけね。ちょっと先にすすめ過ぎのような気もするけれど、まあいいわ」




