一枚絵
再びナイラ視点。
午前は、団体行動で潰れてしまったが、お昼以降は自由だ。
レイと喫茶店で会ったときは制服だったけれど、自由時間は『レペンス学園』のバッジさえつけておけば私服でもOKだ。
城の中の立ち入り禁止区画もとがめられることなく入れた。
立ち入り禁止区画(伯爵一家居住スペース)で一番最初に出会った衛兵に声をかけられた。
「ナイラ様。ちょっとやせましたか? だめですよ。がっつり食わないと。もちろんお野菜も忘れずに。
あとは乳と卵と……」
挨拶もせず何言っているんだ。
「レイを知らない?」
そこで衛兵は首を傾げた。
「レイ様ですか? 今の時間は学院では?」
学院か。今オープンキャンパスをやっているって言っていたな。
学院の敷地も広い。探し回るのは無理だ。
「公爵令息との会談はいつ、どの部屋で行われるの?」
「はぁ。いえ、お聞きしていませんが」
「はあ? なんできっちり把握していないのよ! まあいいわ。私の侍女はどこ?」
今度こそ、彼は驚き不審そうな顔をにじませた。
しまった。やりすぎた。ライラったらちっとも私のフリできてなかったってことね。
「はあ、飯時ですから食堂で食事をとっているのでは?」
「ありがとう」
ぼろが出ないうちに移動しよう。
◇
あまり城の扉を一つ一つ開けて捜すと、不審がられる。
食堂に行ったら、余計な人に接触する可能性がある。ライラに会うか。
懐に忍ばせていたライラが送ってきたパンフレットを取り出しライラの部屋を探す。
ライラは最近侍女と別行動しているらしい。もし会えなくとも部屋に行けば、侍女がいるだろう。
「この部屋で合っているよね」
そーっとドアノブに手をかけたところで後ろから声をかけられた。
「ナイラ。勉強ははかどっているか?」
「だ……」
誰と言いそうになって振り返ると、レイをちょっと老けさせたような怖い感じのナイスミドルがいた。
銀に近い金髪に冬の凍りつく一歩手前の湖を思わせる水色の瞳。
たぶんこの人が伯爵。
「一度でテストに受からずとも、三年くらいどっしり腰を据えるつもりでやればいい。
どうしても無理だと思ったら他のことを学べばよい。お前とレイは違う。
前にも言ったと思うが、まるっきり同じ道を歩む必要はない。根をつめすぎて飯と睡眠忘れるな」
内容は相手を気遣うもののようだが、目が怖い。
「はあ。ありがとうございます」
何のことかいまいちわからないけれど、ぼろが出る前に速やかにこの人の前から撤退しよう。
「呼び止めて悪かった。部屋に戻っていいぞ」
私の思いを感じ取ったのか、伯爵(仮)はそういうとさっさと離れていった。
カチカチに固まっていた身体から緊張が抜ける。
さっきの伯爵の態度、なんか嫌なことをさっさと済ませた感じよね。
で、そんな怖い思いをして入った部屋には誰もいなかった。
実家でそろえた家具以外は非常に地味な机と椅子。簡素なベッド。
小説と刺繍の教本、料理のレシピを書いた手書きのノート、植物図鑑に解体新書みたいなちょっとグロい本って、なんなのよこの謎ラインナップ。
とりあえずお料理ノートを手に取る。
「アレス様はしょっぱいのが苦手」「砂糖と塩は間違えないように」「刃の前に指を持ってこないように注意」「じゃがいもの皮は丁寧に剥く。特に芽の部分と緑っぽい部分はしっかり削る」「油断大敵。慣れた頃にこそ注意を」などなど。注意事項がびっしり書かれていた。他にも……
「どんなにまずくともおなかの中に入れば同じ」
「包丁の波紋に吸い込まれそうになったら速やかに包丁を置くこと」
「肉叩きに力が入らなければNの顔を思い浮かべよう」
Nって誰よ。
で、さっきから気になるのはちゃっちな鍵の付いた扉。これって続き部屋よね。
この先はしっかり鍵は下ろされているから続き部屋から勝手には入れないようになっている。
廊下から部屋に入る鍵はかかっていなかったのに。
ちょっと覗いても……
天蓋つきのキングサイズベッド。一応、サイドテーブルに古臭い本が置かれている。
ベッドメイキングが完璧で、掃除が行き届いている。
普段この部屋が使用されているかどうかはわからない。
喫茶店の様子ではライラとレイは仲が悪いというわけではないようだ。外ではそう装っているだけかもしれないが。
かと言ってべたべた甘々もむかつくが。
うーん。この先は彼の部屋ってことでいいよね。こっちも鍵かかっていたら、この部屋は使われていないのかな。
おっ。開いた。
そーっと覗いて誰もいないことを確認する。
まあ、レイに見つかってもライラのふりををすれば良いだけだし。
会談の資料はない。都合のいいことに卓上カレンダーが机の上に置かれている。
8/5 つまり昨日『修学旅行。14:00準備』『夜 30分ごとに連絡あり』。
8/8~8/15 『←テスト→』
8/14~8/16 『←夜警→』
テストの最終日である8/15には『夜8:30デート』って可愛らしく花丸がついている。
その日の枠の残りにはさらに小さな字で『予告夜8:00』って書き加えられている。
で、肝心の今日の会談のことは何も書かれていなかった。
それにしても、なんで予定の詰まっている日にデートを予定しているんだろう。
デートかぁ。勝手にレイとのデートイベ進めるなんて……むかつく。
うん。面白いこと思いついた。
デートイベントを一度捨てることになるけれど、デートは後でいくらでもできるしね。
一旦ライラの……『私の』部屋に戻ってしばらく待っていたけれど、誰も帰ってくる気配はない。
このまま会談が終わってしまうかもしれない。
さて、どうしよう。
◇
引きこもり妹が部屋にいないとなると……城下町をぶらり歩きとかないだろうし、もし城下にいたとしてもあの人混みじゃ見つけられないだろう。会える可能性があるのは庭か。
ライラのことだ。いるとしたら、どうせ目立たない隅っこにいるのだろう。
半日陰の庭の隅に……
妹がいた。声をかけるか迷っていたところにレイが来た。
「無事に……」
私はバラの生垣にとっさに隠れたけれど、レイの声が聞こえない~!
「……。ずっとここで結果を……」
ライラはほっとしたような笑顔と少しすねたような顔を覗かせる。
「悪い悪い。……たんだ。心配……?」
彼女は彼の言葉にちょっと恥ずかしそうに本に視線を落とす。
ライラの隣に座ったレイは、つるっとした小さな赤い実を彼はライラに差し出した。
「――の実ですか?」
「ハーブ講座で毎年出るのは――関係かな。では、花や種の効果は?」
「美肌――やストレス……ですか」
「うん。当たり。実際そのハーブを見せて、名前を当てさせるまでで、やっこ…………けど、ついでに覚えておいたほうが後々――。あとはお茶の入れ方をテストする……」
彼はウエストポーチみたいな袋から次の木の実を取り出す。
うーん。ちょっと聞き取りにくいなぁ。もう少し……
がさっ。
レイがこちらを向いた。やばい。
「……なー」
身をできるだけ低くしてごく小さな声で猫の鳴きまねをした。
「猫?」
「今のちょっと君に似ていたね」
一瞬、ライラは引きつった顔をしたが、すぐに否定した。
「わ、私はあんな変な声をしていません!」
変な声って、自分の声でしょ。
まあ、録音機器のないこの世界は自分の声を客観的に確認するすべはないけれど、親は「顔も声も双子のようにそっくりだ」って言っていたからたぶん私と妹の声って同じ声優さん使っているのだろう。
このゲーム、ヒロインの声が付いていないゲームだったから、実際にヒロインの声を聞いたのは転生してからだけれど、結構気に入っているのよね。この声。
「じゃあちょっと猫の……」
レイがライラにさらににじり寄って何事か言うと、ライラはきょときょととあたりを見回した後、下を向いて何かを呟いた。
「……」
耳まで真っ赤だ。
ちょっとライラ今すぐそこ代われ。
レイは言葉に満足そうにうなづいて、「もう……かい」って、ゲームだったら一枚絵になっていそうな甘酸っぱいイベが繰り広げられている。
うーん。自分が体験できないなら、せめて会話だけでも聞きたいけれど、途切れ途切れで聞き取り辛い。後もう少し近づければ。
「こんな誰が見て……」
「じゃあ……で」
彼はからかうようにライラに何かをささやいた。いじめたい気持ちわかるわー。
甘々しい雰囲気がむかつくけれど。
ついに彼女は「……も……もう、知りません!」って言って立ち上がった。
あの子が怒ったの初めて見た。
ライラはベンチ下に転がってしまった本の砂を払い、さっさと歩き出した。
レイも一瞬驚いて動きが止まってしまったようだが、すぐに立ち上がって彼女の後を追った。
私も後を追うかと立ち上がろうとしたところで……
びりっ。




