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閑話 妹と手紙 【ライラ】

「公爵令息が僕に会いたいそうだよ」


 彼の言葉に私は目をぱちくりさせる。


「いつもどおり、アレス様かイリア様に振り分けられるのでしょう?」


「いや。今回は逃げられそうにない。

今までの手紙を確認すると、どうも父さんやイリアとは一回ずつ面会しているようだが、後は僕の代理にイリアを立てても公爵令息は断っているようだ」


 たぶん人員不足の弊害だろう。個人的な手紙以外は、伯爵とイリア様どちらか手の空いているときに内容を確認して、返事を書く。

最終的に処理済としてレイのところに届いて文箱へ。

 返事を書く作業は流れ作業だし、手紙を配るのは手の空いているスタッフがするので、統計は取ってなかった、と。


 せめて、レイが文箱に入れたときに異様に多い差出人名に気づいていたら、この忙しい時期に面会なんてことにはならなかっただろう。


「まあ、王都を攻められる位置にある上、次期領主がどんな人間なのかわからないので、少々不気味に感じているだけでしょう。

 会ってしまえば誤解も解けますって。日があるなら私の実家にどのような方か調べてもらいましょうか?」


 私も最初は『冷血伯爵』の息子に嫁ぐと聞いて怯えていたが、伯爵に怒鳴り散らされたこともないし、五体無事だ。むしろすごく良くしていただいている。


 知らないから怖いのであって、知ってしまえば無害なのはわかってくれるはずだ。

 大体、ここは娯楽施設だ。見えるところにある武器は刃の潰れた物や装飾過多な展示品がほとんどだし、裏方でもほとんど見かけたことはない。警備上どうしても必要なものだけだ。 

 

 だけれど、私の言葉に彼は首を振った。


「いや、会談は明日だ。最悪、明日には君の親の手を借りなければならないかもしれない」


 ああ、いつか言われた私が妻に選ばれた理由。結婚の条件。


 『物品の移動を頼んだときは理由を聞かずにバルバスへ運んでくれ』


 総勢数十名に及ぶラハードの一族の国外逃亡の手助けだ。

 バルバスへの流通ルートがあり、王族御用達でない(・・・)商人の父が選ばれたのだ。


 聞かされた理由は『レペンス王家ってウエストレペンスを目の敵にしているから』と言う物だった。 


 『死霊王子の墓を建てた者はギロチン刑に処する』って法律にしっかり載っていたのだから、まあ相当嫌っているか恐れているかなのだろう。


 それならそれで、わざわざラハード家に領地を返すのもおかしな話だが。


「大丈夫。『ゲーシャー作戦』で行くから」

「ゲーシャー?」


「東方の国の接待の方法。綺麗な女性がお客さんにお酒を注いだり、踊りを披露したり」 


「私、その作戦に参加するんですか?」


 いや、別に自分が綺麗とか接待がうまくできるとか言っているわけではない。

 『お姫様』やら『城内案内』やらここに来てからいろいろやらされていたから。


「大丈夫だよ。マーガレットに頼むから。落とす相手のことしつこく聞いて気合入っていたから大丈夫」


 マーガレット。赤い髪のきれいな女性だ。医学科の二回生で、フラワーガーデンの高嶺の花。


「マーガレットに変なことさせないでくださいよ」

「ちょっと彼に楽しくお酒飲んで思考を落としてもらうだけだから。ルチルもいるし」


 レイにマーガレットを紹介されたときは、『やっぱり恋人くらいいるよね』とか勘違いしてしまったのだが……。

 実際のところは互いに好みのタイプじゃない上、彼女が常に側にいたおかげで、傍目には『伯爵令息と学院一の美女』の完成されたカップルに見えてしまい、レイは女学生が一切よりつかない悲劇に見舞われたんだそうで。

 平たく言うと彼はマーガレットの男よけに使われたのだ。


「……眠い。膝枕」


 いくら夜が遅いウエストレペンスでももうほとんど明かりはついていない。

 私も彼もとっくに寝ている時間だ。 疲れているのもわかるが。


「血行が悪くなります。眠いならちゃんと寝てください」


「そう言われるとあきらめるしかないか」

 

 しなびた菜っ葉みたいだ。

 そんな寂しそうな顔に騙されま……すこしくらい騙されてもいいか。


「ちょっとだけです。三分」


 言った途端、彼は私の膝にごろんと転がった。

 ……重い。一分と言っとけば良かったかな。


「何事も経験って言ったのはレイ様です。私、ここに来て『初めて』がたくさんありましたよ。

次はレイ様の番です」 


『お姫様』に『料理』に『学院』、その他もろもろ、いろいろした。

 まあ、最初が公爵の息子というのはハードルが高すぎると思うが。

  

「うん」


 相当弱っているようだ。 と言っても、親同伴だったら舐められる。


「手紙は今夜中に書いて、明日一番の便でタルジェ家に送ります」


「うん。それと明日でいいから1100」


「1100?」


「喫茶店の代金」


 これは私に代金を払えということだろうか。


 1100もあれば……


 スープパスタに季節のフリッター(てんぷら)と甘辛い焼きパスタ(バジル・ジンジャー添え)をつけてもおつりがくる。

 チーズボールのブイヨン添えとジャムボールのチョコソースがけの両方とも付けられるかもしれない。


 が、そんな二つも三つも頼んだ覚えはない。


「ごめんなさい。いつの?」


 自分で買い物を始めたころは財布に入れたお金が足りなくてレイに借りたり、逆に持ちすぎて注意されたりしたが、今は必要分より少しだけ多く入れている。


「今日のお昼」


 今日のお昼は、普通に豚玉キャベツのクレープ(パスタDX)を食べましたよ。一人で。

 ラインハルト様はバイトで、マーガレットさんと二人っきりでご飯を食べたいルチルさんに頼まれて、一人で。


 レイは団体客への挨拶で忙しかったから、一人(ぼっち)で。


 ついでに言うとちゃんとワンコインで納めましたよ?


 予定が合わないことは珍しくないが、食べてもいないご飯代を請求されても……


 少し腹が立つが、でもここで人生初の夫婦喧嘩をするつもりがない。


「明日ですね?」


 しかし彼は答えを聞くこともなく寝てしまった。



 彼が寝たのを確認して私室に戻ったら、侍女のシグニが部屋の中にいた。

 ちょうどいい。今すぐ手紙を書いて渡そう。


「あのレイ様の明日の予定は?」


「予定?」


 私の予定より、彼の予定を先に確認するなんて珍しい。


「あの会談の予定が入っているとお聞きしましたが」


「ええ、私は出なくてもいいそうよ。だから私の明日の予定は変更なし」


 心なし顔が青ざめているような気がする。 


「ちょっと顔色良くないわ。早めに寝たほうがいいわよ」


「あの会談はどこで?」


 いや、私は出席しないから知らないって。

 なぜ食い下がってくる。

 必要なら、明日の朝に侍女長が連絡事項を伝えるはずだ。


 そこで、今『レペンス学園』の生徒が避暑に来ていること、身に覚えのないお昼代。

 ついでに侍女の不審な行動。 何かがひっかかった。

 そして、疑問をそのまま呟いてしまった。

 

「ナイラ?」


 シグニの顔がさぁーっと青ざめる。 


 ああ、彼と話がかみ合わなかったのはそういうことか。

 それにしても他の避暑地も選択できただろうになぜここ?

 

 レイには込み入った話や口約束なんてできない。その上、世間様的には休みでも、学院は基本年中無休だ。

 相手方に合わせている余裕はないはずだし、マーガレットやルチル様もそれぞれ予定がある。

 ”密談”を避けたい彼が公爵の子息と”お話し”するなら……学院のカフェテラス。それも昼食を摂りながらだろう。


 悪いがを姉に大事な話し合いを邪魔させるわけにはいかない。


「さあ、客人をお招きするなら、普通に考えたら城の客間じゃないかしら。四人以上が入れる部屋だと思うけれど……」


 シグニを追求しても仕方がない。

 今は私に同情的だとしても、彼女は姉の侍女だ。姉の命令には逆らえないだろう。


 先ほどの呟きは無かったことにして、私は常識的な答えに自分の手持ちの情報を加えて伝えた。


「あ、ありがとうございます」


「気にしないで。それと今から手紙を二通書くから一つは鳩便で、もう一つは侍女長に渡してくれる?」


『約束の件、準備お願い』


 末尾にナイラと書き添える。姉の名を使っても何の違和感も無くなってしまった。

 少し心の隙間に冷たい風が吹くだけだ。 その隙間はだんだん大きくなってしまっているけれど。


 シグニに手紙を託して、しん、と静まり返った部屋に一人取り残されると余計なことを考えてしまう。

  

 公爵令息のほうは私ができることはした。  姉は、なぜここに来たのだろうか? 

 

 暑いはずなのに、冷たい風が吹いた気がした。

 

ラーメンに焼きそば、広島風お好み焼き、明石焼き。 ヒロインは粉物が好きなようです。 


ライラ……おとなしそうな顔をして、心の中ではごくまれに罵っていたり。


マーガレット/マリーゴールド……平民。ウエストレペンス学院医学部在籍。

男除けにウエストレペンス伯爵の子息であるレイを利用していた。

ライラ・レイ達とは時間さえ合えば一緒に昼ごはんを食べる仲。


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