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閑話 妹と包帯男 【ライラ】

ナイラの妹ライラ側のお話。

「本当にどれもこれも同じに見える。はぁ」


 薬草学の勉強に飽きて、机に並べていた乾燥した草を一まとめに袋の中に入れた。

 うーんと背伸びをする。


 勉強に身が入らないのは仕方がない。



 ここに来た当初はいつ正体がばれないかとさんざん怯えていたが、一ヶ月を過ぎた頃に「なんで私がびくつかなければならないんだ」ということに気づいた。やらかしたのは父と姉だ。


 二ヶ月の期限が来たその日に私は「このままレイと結婚したい。ついては入れ替わりの事情を伯爵に説明してください」とタルジェ家に手紙を送った。


 本当は、郵便事情による入れ違いを考えれば、期限から三日ほど空けてから送ったほうが良かったのだろうが、どうしても待ちきれずに送った。


 あれから十日。


 姉から「レイの嫁を今すぐ交代しなさい」という無茶な手紙は送られて来ず、胸をなでおろした。

 そもそも姉から手紙が送られてくることはなかったが。 


 父からの返事はいまだ届かない。

 あと三日くらいしたら、もう一度催促の手紙を書こうか。


 もちろん釈明を父に丸投げするつもりはない。 私も共犯者には違いない。

 彼への説明は自分でするつもりだ。

 謎の予告状やら団体客やらで慌しいが、次の月見の時に互いの秘密を打ち明ける約束をしている。


 彼はもうすでに一つ明かしてくれている。


『領民もうすうす勘づいていることだし、君にとってはおそらく重要なことだろう』


 そう言って告げてくれた秘密は確かに大したことだったけれど、大したことではなかった。

 むしろ今までのことがすとんと納得いっただけだ。


 信頼して教えてくれたその秘密を私は姉への罠に使った。 

 結局その罠は意味を失くした。


 これで姉と距離が取れる。



 もう夜も更けてきた。町の明かりがぽつりぽつりと消え始めている。

 いつもならとっくに寝ている時間だが、今日はまだ彼と顔を合わせていない。

 「先に寝てていい」と言伝をもらってはいるけれど……。


 料理本や植物図鑑と共に積みあがっている童話集を手に取って読み始めた。

 彼が暇つぶし用にと私に渡してくれたものだ。異国の珍しい話が多く、知らない話もちらほら混じっている。

 うとうとし始めたころ、扉が開き、包帯姿の男が入って来た。



どうしよう。悲鳴だ。悲鳴をあげなきゃ。引き出しから拳銃を……だめ手が震えて引き出しを開けられない。

 なんとか腹の底から声を絞り出した。


「ぎや……ぅ? レイ様?」

「うん」


 変質者だと思うじゃないか。

 こんな時は、ジト目というやつを向けても良いのではないか?


「で、なんでそんな姿なんですか」

「いや。ちょっとしたイベント」

「医学生が包帯をいたずらに使ってはいけません。座って」


 くるくると包帯をはずす彼に注意をし、ベッドの上に並んで座ってはずされた先から円筒に巻き直した。

 この包帯は昔はレイ様が今は私がもう何十回も練習に使っていて、いい具合に擦り切れている。

 夏の怪談にはちょうどいいかもしれないが。


「毎年こんないたずらやるんですか。アレス様はそのようなことを命じているのですか?」


「今、修学旅行生が来ているだろう」


「王都の『レペンス学園』でしたっけ」


 旅行のついでに『学院』を見学してもらおうと学院では今日からオープンキャンパスも行っている。


 修学旅行先はいくつかあるらしいから、姉がわざわざここを選択するようなことはないだろうが、姉の知り合いと鉢合わせしてしまう可能性がある。

 学院にいる時間は最低限にして、外出も極力控えよう。


「数年に一度、死霊王子を探すとか言って、勝手に森に入ってしまう子がいるんだ。狼が出るっていうのに都会っ子は恐れを知らないねぇ」


 私は首を傾げる。


「仕方が無いから、別にそれっぽい心霊スポットを作ったってわけ」


「そんな理由で墓を建てたのですか?」


 永遠に魔の森をさ迷う死霊王子に安らかな眠りについてもらうため、町の人の寄付で墓を建立しようとしたが、『死霊王子の墓を建てることは法律で禁じられている。』ってお国に言われてしまい、市民他、観光客千人の署名をかき集めて、法律を改正してやっと建立した感動秘話をたっぷり四十五分くらいかけて伯爵様に聞かされた時はうっかり途中で眠ってしまいそうになった。


「この町に住む人々の死霊王子を悼む気持ちは本当だよ」


 レイ自身はどうでもよさそうだけれど。


「この姿は去年くらいからかな。本物の死霊王子の没年よりも随分若いけれどね」


この城に飾られている絵の中の死霊王子は本当にレイに似ている。

 本物の死霊王子の絵は保存状態が悪かったそうで、残っている王族の絵姿やアレス様の姿を元に描かれた。


 物語の中では恐ろしく描かれている死霊王子は穏やかな瞳で他の王族の肖像画と共に入城者を出迎えてくれている。

 本名が書かれたプレートが付いているだけでことさら死霊王子だと宣伝しているわけではないから、ほとんどの人が気にも留めないのだが。


「厳しい学園生活から解放されて禁止されてることは余計やりたくなる気持ちはわかるけれど」


「まあ、ここの学院は制服も何もありませんけれど」


 平民にとっては授業料を支払うのもやっとだ。わざわざ無駄な出費をさせる必要はない。

 校則も無きに等しい。昼休みだったら、飲酒・喫煙も許されている。

 (当然、未成年は親の同意書は必須だし、学生食堂で出されているのは限りなくジュースに近い果実酒だけれど)


 その代わり飲酒強要事件や暴行事件が発生したら、通常の刑罰に加え、領主自ら罰を下す。

 ついでに連帯責任で全校生徒に一年間の禁酒・禁煙令が申し渡される。 


「といっても驚いた拍子に怪我でもされたら問題になりません?」


 特に『レペンス学園』は貴族の子女が多く通っているはずだ。


「森の中で迷子になるよりいいじゃない。

 まー、父は自分の先祖が面白おかしく化け物扱いされてご立腹だったけれど」


 レイたちは誰もが子供の頃に一度は聞いているはずの『死霊王子の唄』を知らずに育ったのだから、伯爵の先祖に対する尊崇の念は相当だ。


 『死霊王子の唄』は細部は地方によって微妙に違うらしいが、

『高慢な王子様が魔女に呪いをかけられる。醜い化け物に変わった王子は怖がる隣国の姫を食べて魔の森に逃げた。

 魔の森に勝手に入った子は死霊王子に丸呑みにされる。悪い子のところには王子が現れて、食べられるか魔の森に連れて行かれる』

 といった内容だ。


 死霊王子が実在していることを知らない一般の人にとっては便利なわらべ歌だけれど、子孫からしたらまったくもって面白くない内容なのはたしかだ。


「公爵令息が僕に会いたいそうだよ」

ライラ・タルジェ……ピースオブレペンスのヒロイン。


レイ・ラハード……ライラの夫(仮)。


アレス・ラハード……伯爵。お酒を飲みすぎると話が長くなる。


拳銃……あるにはあるけれど、命中率が著しく低い。彼女は練習もしていないので、脅し用。

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