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肝試し


 夏といえば肝試し。 そしてここには丁度よい心霊スポットがある。


普段は、こんなお馬鹿なお遊びができない貴族様方は、妙に盛り上がっていた。


「あら、あなたも参加するの?」


 ドリルがちらりと女子に目を走らす。

 情報止めていたのこいつか? しょうもないことするなぁ。


「ええ、誘ってくださる殿方はたくさんいらっしゃいましたもの」


 ドリルの冷ややかな視線にこっちも睨み返してやるが、公爵の息子ゴーシュ様が割って入る。


「まあまあ。楽しくやろう」


 日が落ちかける寸前、ゴーシュ様はこのウエストレペンス城に訪れた記念品である鈴を肝試しメンバー全員分集めて、死霊王子の墓に置いてきた。


「よーし、男女二人一組になって、登るんだ」


 ランプを持つ彼らはほとんど顔しか見えないのでそれだけで十分不気味だ。


「夜間通行禁止って書いてあるけれど?」


 気弱そうな男子がゴーシュ様に意見する。


「坂は緩やかだし、柵もあるし、足元注意すれば大丈夫だろう? 嫌なら参加しなければいい」


 柵と言っても木灯篭にロープをくくりつけているだけだが。 

 木灯篭は日本のお神酒みたいに奉納されるもので一つ一つ奉納者の名前が書かれていて、この世界での正月やお盆に当たる時にライトアップされる。

 

 第一カップルはゴーシュ様とドリルで、50数えた後次のグループが出発した。


 そして私とウォーターフィールドが三番目に坂を上る。


「ん? どうした。何で止まっている。」


 第二カップルの気弱君とその彼女が階段の途中で止まっている。


「いや、前が……」


 第一カップルの姿は確認できないが、オレンジの光が止まっている。

 場所もわきまえずにいちゃつき始めたか?

 


 そこに異様に響く声が聞こえた。


「ここに来ては危ないよ。帰りなさい」

 

「なーんだ伯爵の息子か」


 第一グループの声も聞こえる。こちらは大して響いていない。


 「行ってみよう」「えっ」


 第二カップルの女子が彼氏をひっぱり、私たちも後に続くことにした。


 ◇


 ドリルたちの数段先に人が立っていた。

 

 ランタンを持っているのはいい。蛇腹の襟にかぼちゃパンツという前時代的な服装に左目と両手に包帯巻いているのはなぜだ。


「ぷっ。だっさーい」


「私の子孫がお世話になっているようだね」


女子の酷評も気に止めず、ランタンを持ったレイ(仮)が首をわずかに傾げた。


「では、葬列に加わってもらおうか」


 ぽっと彼の手元のかぼちゃランタンの光が青白いものに変わる。


 は? 今何をした? 


「な、なぬぃ言って、いるのかな」


「脅かすなんて……」


「私はただ皆さんに安全に帰ってもらおうと思っているだけだよ」


 何も火がついていないはずの灯篭が坂の青白い光が階段の一番上からぽつぽつ灯り始める。


 その時点では黒子(くろこ)が灯りをともしていないかと皆息を詰めて目を凝らしていた。

 光が第一カップルの(そば)の灯篭に灯る。


「いやっ」


「ひ……人だ……」


 ドリルがゴーシュ様に抱きつくが、彼も震えた声を上げるだけだ。


 西洋っぽい世界だから、ウィル・オ……なんとかかも知れない。


 なんてことを暢気に思っていると私の段の灯篭にひとりでに青白い光が灯った。たしかに誰もいなかったのに。

 落ち着け。冷静になれ。私だって一度死んだんだから、幽霊になっていたはずだ。 幽霊時代は全く覚えていないけれど。


「す、すごい仕掛けだな」


ゴーシュ様は引きつった声を上げる。


「ねえ。ちょっと」


 第二グループの女子が、ミイラ男を指差す。

 青白い光がミイラ男の身体を包み始め――


「き、きえ……」


「消えた」


  青白い光は灯篭の明かり含めてすべて消えた。


 私たち全員少しの間その場に固まってしまったが、ゴーシュ様がいち早く立ち直りミイラ男のいた場所に駆け寄った。


「誰もいない」


「本物だったらどうするの?」

「葬列に加えるって」


 皆、悪い子を丸呑みにするっていう伝説を信じているわけではないだろう。

 だけれど、あのミイラ男が音も立てずに消えたのは事実だ。


「もう、ヤダ。降りよう」


 後ろから涙声が聞こえる。

 知らない間に第四カップルが追いついていたようだ。

 女生徒の声に彼氏は「お、おう」と答えてさっさと降りていった。


「俺らも降りよう」


 


 


 次の出番を待っていた第五グループ以降の男子がゴーシュ様たちに、


「どうした?」

「本当に出た?」

「灯篭が光るなんて、すごい仕掛けだな」


 とか、好き勝手なことを言っている。


「ゴーシュ。あれはお前が?」

 

 ウォーターフィールドに話を振られたゴーシュ様は首を横に振った。

そうだ。この肝試しを盛り上げるために準備したとしても、電気もないこの世界で勝手に灯篭が光るわけがない。

 大体、ミイラ男が消えた直後は足音なんて聞こえなかった。 虫の音がやけに耳に残っただけで……。


「あのミイラ男って足あった?」

「は?」


日本式幽霊なら足音がなくても不思議じゃないが、この世界の人には『幽霊に足がない』という発想自体がない。


 ミイラ男の姿を見てさえいない女子がわざとらしく悲鳴を上げているのを確認して、私は気になっていたことを小声で聞いた。


「あなた達、もう魔法使えたりするの?」


 破滅ルートではヒロインが獲得できなかった攻略対象たちがルルナの渡した魔法の書で魔法を使えるようになるはずだ。

 使えたとしてもたぶん物語の中盤以降だと思うのだが。


「は!?」

「お前ってそんな夢見る少女だったか?」


 聞くんじゃなかった。ウォーターフィールドなんて完全に私をバカにしたような表情だ。


 加えて、第二、第四カップルから体験談を聞きだした女子達が「きゃーっ」「こわーい」 とか言って、かわい子ぶって悲鳴を上げているのが、無性に腹が立つ。


 実際みていなければ、私もこういうバカ騒ぎに加わっていただろうが。

 


 一方、実際にミイラ男を見たドリルたちは墓に続く坂を見上げていた。


「ねえ、ここって一本道よね」

「この明かりもないところ登ったのか」


 ゴーシュ様は日没から今までここに誰かが来ないか確認していたはずだ。


「周り木があるし、地元の人しか知らない裏道とかあるんじゃない?」


「でも、灯篭に火が点ったのとか、人がぱぁーって光って消えたのかは? 」


「「「……」」」



「あ、安全を考慮して、肝試しは中止だ」


 ゴーシュ様の言葉に第五グループ以降が不満そうだったが、結局そのまま宿(しろ)に戻ることになった。



 城を見上げた時、青白い光が見えてしまったのは内緒にしておこう。


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