墓とパートナー
一旦、部屋に戻った私は侍女にライラから明日の会議場所を聞きだすように命じた後、観光をすることにした。
男子を誘おうかとも思ったが、男子達から倦厭され始めているし、女子は女子で私のこと嫌い始めているし……一人で見たいところをじっくり見て回るのもいい。
季節が良ければ戻って宝石掘りもいいかもしれないけれど……ゲームの中では掘らずとも宝石がごろごろ落ちていたのに比べて、さっきみたい普通の石ころしか転がっていないのを見てしまうと、わざわざ汗だくになって掘りたくない。
土産物はめぼしい物はもうほとんど妹が送っているだろうし、今から買うのもかさばる。
パンフレットを確認する。
「秘宝展にバラ園、運がよければきれいなお姫様に出会えるかも、ね。別に会いたくないけれど。
ドレスのレンタルに絵を描いてくれるサービスって、完全テーマパークよね」
巻末には一年の行事予定がびっしり書かれている。日が合えば収穫祭の参加イベントもあるようだ。
さて、どこに行こう。
◇
「眺めいい」
ほぼ真上から見下ろすジェムリア城址より、ここからのほうが、城も町もちょうど良い感じに視界に収まっていて一枚の絵のようだ。
これで、バックに墓石郡が無ければ、デートスポットになるんじゃないだろうか。
今私がいるのは、丘だか山だかの連なりの一番端。裾野には魔の森が広がっている。
何でも、この山に葬られた王家の人は山神様になるらしいんだけれど。
「墓あるじゃん」
ここは死霊王子の墓だ。
真新しい墓には『ウエストレペンス 最期の王子シャムロック・ラハード』と彫られている。
没年は書かれていない。
それもお世話する人がいるのか、歴女さんがお参りに来るのかどの墓も綺麗にお掃除され薔薇の花がいっぱい供えられている。
「魔女に呪いをかけられた王子はゾンビになって姫を食べるんだったっけ」
パンフレットにはその伝説については触れられていない。
ゲーム『ピースオブレペンス』でも『後継者が絶えて、ウエストレペンスは滅んだ』程度しか触れられていない。
闇落ちルルナルートでは、クライマックスに唐突にラインハルトを乗っ取った状態で登場するだけで、他ルートでは影も形もない。
『カースオブレペンス』では、夏の修学旅行で一応ビュジアルが出たのだが、どうも内容的にどろどろしていて、その外伝自体好みじゃなかったので真剣にプレイしなかったのよね。ほぼ一本道だし。
その夏イベでラインハルトに半分取り憑いた死霊王子はもろもろの恨み言を吐くのだ。
『イーストレペンスが妻子を殺した』とか『墓さえない』とか。
もうぐだぐだとうっとうしかったのを覚えている。
たしかに、ラハード様にもレイにも似ていたように思うが、霞がかった青白い光の輪郭で判然としなかった。
「寄付により建立……か」
墓さえないと嘆いた半分顔の崩れた哀れな姿は見えない。
夜にラインハルトを連れてこないといけないのか、それとも本当に成仏してしまったのか。
まあ、リアルで見たいとも思わないけれど。
「おー、フリーのタルジュ。君は参加する気あるのか? カップル参加が必須だが」
失礼な発言に振り返るとウォーターフィールドがいた。
「フリーじゃないわよ。より高みを目指している最中なの。てか何?」
今は次の攻略に向けて情報収集している最中なのだ。
「まあ、ほどほどにしておけよ。それより肝試しパートナーいるのか?」
「ああ、城を一周するやつね」
庭園に先に行くとラインハルトに会えて、裏口を先に行くと城に不法侵入を試みているルチルに出会えるんだっけ。
「いやいやあんなところ回っても面白くもなんとも無いだろ」
「まあ、そうよね」
きれいに修繕した今は薔薇に押しつぶされそうな廃墟の面影はない。夜は煌々と明かりが灯り……お化け屋敷としては失格だ。
「連絡なんも聞いていないのか? 相当嫌われているな。女子に」
ゲームではアルミナが前日に「城の玄関。午後8時ね」って耳打ちしてくれるのだが、ゲームとは随分内容が変わっているようだ。カップル指定もなかったし。
「うるさいわね。弟さんとプリムラの縁談、結局破談になったって聞いたけれど」
ウォーターフィールドはあの事件後、噂はなぜか転がりに転がりまくって婚約者に裏切られた哀れな男という評価に落ち着いた。
プレイボーイを気取ってたのに、周りから同情の視線と「ぷっ。振られてやんの」という嘲笑が集まりかなり懲りたようだ。
加えて、侯爵はせっかくの婚約をぶち壊しにした息子をこっぴどく責めたそうだ。
「ああ、年齢差とその他もろもろを理由に断られたよ」
弟はまだ10歳だそうだ。
まあ、『その他もろもろ』がメインの理由なんだろう。
「『レイス家との縁談が進んでいますので、ご心配には及びません』って? それはご愁傷様」
「こっちは侯爵家だぞ」
国境を守る辺境伯とも言える。つまりは……
「でも、ど田舎でしょう? ところであんた実家に帰るんじゃなかったの?」
ゲームでは修学旅行を利用して、そのままウォーターフィールドに里帰りし、ヒロインの個別ガイドを買って出てくれるイベがあるはずだ。
「大事な縁談を潰したんだから、せめて領地経営の何たるかをウエストレペンスで学んでこいと」
ウォーターフィールド湖は塩湖で塩の名産地なのだが、十年ほど前に隣国との間に大街道ができて、ウォーターフィールドの財政状況は悪化したと聞いている。
国内とはいえ、王都から山二つ超えないとたどり着けないウォーターフィールドよりも、隣国から輸入されている塩のほうが安価なのだ。
折りよく分家であるコーニッシュ家の跡取りがプリムラ一人になったのを機に血と土地を取り戻そうとしたらしいけれど、破談になっちゃったと。
真似るって言ってもウエストレペンスはテーマパーク風でウォーターフィールドは隠れ宿風にしかならないと思うけれど。
温泉なんて都合良く湧いてないだろうし、何をするにしても王都から遠いのがネックだ。
「塩湖って、浮くんだったら海水浴とか? あと海水と同じ濃度なら海の魚育ててみるとか? 育てられるかは知らないけれど。 後は塩トマトとか? 」
ああ、お刺身食べたい。鮭は川上ってくるから、海鮮親子丼はなんとか食べられるが、川魚は基本焼き魚がメインだし、海の魚は大体干物でレペンスに運ばれてくる。
「海水浴は昔からやっている。 海の魚なんてここにたどり着くまでに死んでしまうだろう」
「だから育てられるかは知らないって。でも卵のままなら運べるんじゃないかなーって。 本当に言ってみただけよ」
「大体塩トマトってなんだ?」
「うーん。なんか、ちょっと環境の悪いところのほうが、トマトが甘くなるんだったかな? ほら、この国って今空前のトマトブームじゃない? わざわざ土に塩混ぜる必要ないけれど、干潟とか海に近いところではそんなん作るみたいよ」
めちゃくちゃ真剣に聞いているけれど、私だってテレビでチラッと見ただけなんだから。
「言っておくけれど、普通のトマトの苗植えて急に甘くておいしいトマトができるって思わない方がいいわよ。たぶん塩害に強いトマトに品種改良されているんだろうから」
「そのトマトの種はどこにある?」
いや、そんなに話に食いつかれても、この世界にはたぶんないとしか。
「私も噂で聞いただけなんだから。種探すよりも自分で作ったほうが早いよ。たぶん」
彼はがっくりと肩を落としたが、
「ところで、肝試しどうする?」
すぐ立ち直り、話を切り替えた。
「『山』は攻略キャラクターのルチルとラインハルトだけれど、『城』と『庭園』に行っても会えるかどうかわからないのよね」
これ以上本命でないキャラクターに時間を費やすのももったいない。
「ラインハルト?」
ウォーターフィールドがぴくりと眉を上げた。
「今のは聞かなかったことにして」
「ルチル・ベリルシュタインなら赤毛の超絶美人とデートしていたぞ」
「はあ? 赤毛の美人って誰よ?」
「知らないって。俺だってチラッと見ただけだから」
「うーん。仕方ない。なんのイベもやらないのもつまらないし……」
今からあぶれた男子を見つけ出すのも、面倒だ。皆適当にばらけて観光している最中だろうし。
あー、ジェムリア城址でしっかり相手を探しておくんだった。
こうなったら、どっかのカップルを早急に破局させてーー
「参加する気があるのなら俺と組むか?」
前世知識はうろ覚え。ざっくりしすぎの上、勘違いも混じっています。
一応、鮭の刺身は数日氷室に入れて、寄生虫対策等していますが、たまに体調崩す人がいます。




