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喫茶店にて

「やー」

「げっ」


 レイに呼びかけられたラインハルトは、彼の隣にプリムラを見つけて露骨に嫌そうな顔をした。


 プリムラをちょっと助けただけなのに『部屋に連れ込んだ』なんて噂が流れてラインハルトはさぞかし迷惑しているのだろう。


 私はというと探偵のごとくこそこそ物陰に隠れて尾行。

 観光地で良かったよ。見失わない程度の人ごみで、素人でもバレなかった。

 代わりに二人の会話はほとんど聞こえなかったけれど。


  でも、さすがに喫茶店内ではほとんどの人が帽子を脱いでいる。

 麦藁帽子からレースリボンを取って、目立つ髪にささっと巻いた。


 そろそろと店内に入っていくと、ウエイトレスが、


 「いらっしゃいませー」


 って、静かにしてよね。気づかれちゃうじゃない。

 案内しようとするウエイトレスを無視して、私は空いている席に座る。

  彼らの席に近くはあるが、観葉植物が衝立代わりになっているので向こうからは気づかれにくい。

 一応真横じゃなくて、観葉植物を隔てた斜向(はすむ)かいにだから大丈夫だろう。 


「何になさいますか?」

「ピーチジュース」


 そう言えばヒロインと攻略キャラのバイトイベあったな~。

 確か二学期以降だったはずだけれど。


「おい、休憩入っていいぞ」

「えっ。もうティータイムに――」

「じゃ、ラインハルト後よろしく」

「は?」


 気を利かせた店長(?)にラインハルトが反論しようとしている間にレイは手を振ってさっさと喫茶店を出て行ってしまった。

 あきらめたラインハルトはため息をついて、一旦バックヤードに引っ込んだ。

 残されて所在無さげなプリムラに店長が椅子を引いて座るよう勧めた。


 「いらっ……」


 成り行きを食い入るように見つめていると、ウエイトレスさんが客をこの席に案内してきた。 

 確かに混んできたけれど、他に席がいっぱいあるじゃないか。なぜここに案内する。


 だいたい『相席よろしいですか?』くらい聞くのが普通じゃない。

 一言文句を言ってやろうと、顔を上げたら、


 「しーっ」


 って、ドアップのレイ・ラハードが目の前にいた。

 案内のついでにウエイトレスさんが持ってきたピーチジュースが置かれる。


「静かに。あ、僕アイスティーでクリーム載っているやつね」


 えっ? まさか妹とここで……デート予定なの?

 ちょ、このままじゃライラと鉢合わせじゃないの~!!


「アイスフロートですね」


「桃パフェ追加でお願い」


 注文をメモに書きとめるウエイトレスに私はうっかり追加注文してしまった。

 しくじった。早くジュースを飲んで、さっさとここを出て行かなければならないのに、おごってもらえる男がいると思ったら、つい期間限定のパフェに手を伸ばしちゃったじゃないの~。


「ほら戻ってきたようだよ」


 レイに言われて、プリムラのテーブルを見る。


「あのお礼を言いたくて」


 プリムラの声はぽそぽそと小さくて聞き取りづらい。


「うん聞いた。手紙も届いた」


 どうしよう。このまま理由をつけて逃亡する?

 でもラインハルトたちの様子も気になるし。


「それと九月から、ウエストレペンス学院に通うことになったので……ご挨拶……」


 声がだんだん尻すぼみになってしまった。


 店内はがやがやと騒がしくなっているのに、そのテーブルだけは重苦しい沈黙が落ちる。


 ラインハルトは非常に迷惑そうだ。


 『パーティーから二人で抜け出した』

『客間に連れ込んだのを見た』

 『プリムラ贈り物を渡した』


 『ラインハルト・レイスがウォーターフィールドから婚約者を奪った』


 こんな噂が流されて、ウォーターフィールドとプリムラの婚約は先日ついに破棄となったそうだ。

 それから日をおかずにコーニッシュ家はレイス家に縁談を申し入れたらしい。


  責任を取れということなのだろう。


「僕の軽率な行動で君に迷惑をかけたことは申し訳なく思う。でもね」


 そこで息をついたラインハルトは語気を強めた。


「結婚式の当日に旅に出て、五十年後に雪山でカチコチになって発見される夫ってどう思う?」


「え?」


 私も「えっ」て声を上げましたよ。


「レイス家って変人の集まりだから」


 私の正面では、レイが天井を仰いでぽそりとこぼしていた。

 尚もラインハルトの説得は続く。


「結婚式の当日に旅に出て、絶対捨てるなという手紙と共に家にあふれるくらいの大量の貝殻を三十年間送り続けて旅先で水死体で発見される夫ってどう思う?」


「は?」


 レペンス王国は海に面していない国だ。一つ二つなら旅先からの土産と喜べるだろうが……

 大量の貝殻いさんを残された妻はどうしたのだろうか。

 私なら、全部金槌で砕いて、ごみに出すな。


「結婚式の当日に旅に出てたまま音信不通で二十年後に三十人の嫁を笑顔で連れて帰ってくる夫をどう思う?

 結婚式の当日に旅に出て……」


「ちょっと待ってください」


 呆然と聞いていたプリムラはやっと我に返り、ラインハルトを止めた。

 ラインハルトは首を傾げると、


「女性バージョンもあるけれど?」

「いえ結構です」


「うちってそんなのばっかりだけれど。それでも縁談を進めたい?」


「……縁談を進めるという話ではなく、ウエストレペンス学院には知り合いがいないので……」


「学院の構内それなりに広いしね。マーガレットって()を紹介するから案内してもらうといい。

 バイト終わるまで後一時間だから、その後になるけれど」


 ラインハルトは客入りを気にしているらしく、今にも席を立ちそうだ。


「いや、そこは女の名前を出したらだめでしょ。てかマーガレットって誰?」


「いや、ちょっとそれはひどくない? まー 先に捕まえて、うまく言っとくよ。

 ところでその制服って知り合いにでも借りたの? それとも制服も商っているの?」


 レイは王都の知り合いから借りたか父から入手したと勝手に勘違いしてくれたようだ。


「ええ、まあ」


「似合っているよ」


 あいまいな答えでも特に疑うことなく「似合っているよ」って言ってくれて、胸がきゅんっとなった。


 私だけに向けられたふっと笑った顔。甘い薔薇の香りがそこらじゅうから漂ってくる中、爽やかなハーブ系の香りがふわっと香る。

 声も爽やかだけれど、ほんの少し甘さがのっかって、語尾に残るかすかな息遣いに心臓が割れそう。 


 澄んだ水色の瞳が私を見てくれて、もうテーブルをばんばん叩きたい。


 耳の奥で「似合っているよ」が何度もリフレインしている。

 残っている内に頭の中に永久保存セーブせねば。


 でも、飛ばされた先で追加キャラゲットするなんて――


 どんだけチート属性貰っているのよ。あの子(ライラ)は!


 一人取り残されてしまったプリムラの前にウエイトレスが桃パフェを置いた。


「さっさと食べちゃおう。ぐずぐずしていたら気づかれ――」


「なんで彼女(・・)といるの?」


しまった。見つかってしまった。

 ラインハルトはレイには笑顔を向けたが、こっちを見たときだけ警戒するような顔になった。


「たまたまここで待ち合わせしていただけだよ」


「待ち合わせ?」


 爽やかな笑顔でさらりと言い切った友人にラインハルトは首を傾げたが、表情を消し「……そう。……どうぞごゆっくり」と軽く会釈して別のテーブルに注文を受けに行った。

 

 レイとラインハルト、ルチルは友人同士だ。

 それはライラの手紙にも書かれていたし、調べさせた内容とも一致している。

 

 ラインハルトは『友人の妻のナイラ』と一応の面識はあるのだろう。

 警戒するようなそぶりから、もしかして私が『ナイラ』ではないと思っている?

 本来なら私がレイの嫁で、あっち(ライラ)が偽者なのに。

 なんで私が不審者扱いされなきゃいけないのよ。失礼しちゃうわね。


 ……レイ一本に絞るのなら、すでにプリムラと変な旗を立てちゃったラインハルトラインハルトとの接触は避けるべきだ。


 別に全部のルートを行けるわけないんだし、シナリオ変わりすぎているこの状況なら、無理して手を伸ばすとノーマルエンドとかつまらないものになってしまう。

 私は神秘的な感じのラインハルトが好きだったのよ。

 バッドエンドは論外だけれど、カースオブレペンスのクライマックスで幽霊に乗っ取られてしまった彼も格好良かったのに、なんであんなふわふわ空気読めない系無害生物に変わっちゃったのよ~。


 仕方ない。ラインハルトルートはプリムラに譲ろう。大して惜しくないし。

 本当の本当に、ラインハルトルート見れなくても、ちっとも惜しく無いんだから。


「ん? どうした? さっさと食べよう」


「え、ええ」


 ◇


「お会計はいつもどおりで」


「レイ様が400で、ナイラ様が1100ですね」


 レイは頷いて、自分の分のお勘定だけ払う。そして、会計台から少しだけ離れてにこにこ微笑みながら私の方を見る。これって……


「はあ? 割り勘!?」


 そこは、全額払うか、貴族ならツケでしょう!


「どうしたの? もしかしてお金足りない? そう言えば、いつもよりがっついていたよね」

「がっつ……」


 「ぷっ」

 

 口元を押さえてくすくす笑っているウエイトレスをぎっと睨んだ。

 接客がなってないわよ。


「お姫様はご機嫌斜めのようだ」


「そりゃ人前でそんなこと言われたら、怒りますよ。ねえ、ナイラちゃん」 


 ウエイトレスの馴れ馴れしい態度に私はそっぽを向いた。絶対払ってやるもんか。

 そんな様子を見ていたレイは微笑んで、私の分もお会計を済ませた。


マーガレット/マリーゴールド……平民。ウエストレペンス学院医学部在籍。

男除けにウエストレペンス伯爵の子息であるレイを利用していた。

ライラ・レイ達とは時間さえ合えば一緒に昼ごはんを食べる仲。


ウエイトレスのお姉さん……ラインハルトの同僚。よく店を利用するライラたちとは顔見知り。


喫茶店『ペコペコ』……ラインハルトが働いているお店。名の由来はオレンジ・ペコーから。


ライラから姉への手紙は、最初のうちは交わした会話も覚えている限りは書いていましたが、姉が一つも返事をよこさない上、読んでいるかもわからないので現在かなり雑な報告に。

手紙というよりはレシピ本か植物図鑑と化しています。

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