ジェムリアの長城2
「イーストレペンスとウエストレペンスどちらが正統王家と思う?」
宰相の息子ディアス・ゴーシュの声にレイの顔がはっきり不快そうな表情に変わる。
が、それをすぐ引っ込め、
「皆様どうぞお好きなところを見て回ってください。
日没後の山登りは危険ですので、絶対登らないで下さい」
そう言って、人を減らした後、レイはディアス様に向き直った。
まだ周りには成り行きを見守る女子生徒がたくさんいるけれど。
私は身を隠すものが減ってしまったから見つからないようにちょっと身を低くした。
「残っているほうが正統でしょう。
ウエストレペンス王家の末裔だと教えられましたが、別に家系図が残っているわけでもありませんし、死霊王子は子孫を残さずに死んだことになっているんですから、良くて傍系です」
と、そこに東洋系の顔立ちの黒髪ツインテールおばさんが割り込んで説明を引き継ぐ。
「ウエストレペンスとレペンス王国はたびたび婚姻関係を結んでいます。
最後の王の妹が嫁いでいるのですから、一番近いウエストレペンスの傍系が現在のレペンス王国で間違いないと思いますよ。
もっと知りたいのなら私が何時間でも付き合いますが、ゴーシュ様あなたは……このような場で謀反を唆しに来たのですか?」
女性の『謀反』の言葉にレイは驚き、その顔はさらに険しくなる。
「違う。 私は今回の旅行に合わせて、レイ・ラハード殿に面会の申し込みをした。が、あっさり断られた」
公爵子息の面会を蹴って、のんびり説明会って……
「どこの貴族様か存じ上げませんが……あなた様にとっては『旅行のついで』でしょうが、私たちにとっては一番忙しい時期です。
謀反の誘いならほんといらないし。大体、謀反を起こせるほど父さんに人望があると思っているの?」
レイは公爵令息を馬鹿にしきった表情で見た。口調も丁寧さが抜けている。
まあ、確かに冷血伯爵に友達が多いとは思えないよねぇ。
というか、貴族名鑑の最初のほうに載っている名をなぜ覚えていない。
私も最初の数ページと攻略対象のページぐらいしか確認しなかったけれど。
「だから違う! なんで俺が謀反を唆さなければならん!俺はお前に――」
真っ赤な扇がディアス様の口をふさいだ。
「マリー・ライトと申します。無礼をお許しください」
割って入ったのは金髪縦ロールだった。
「マリーって、公爵令嬢様でしたか」
あ、宰相の息子の名前には反応しなかったのに公爵令嬢の名前には反応を返した。
「あら、私の婚約者の名をろくに確認せずに、お誘いの手紙を全部断ったのに、私の名前はご存知なのね」
「僕の友達にマリーから始まる名前の女性がいて、たまたま覚えていただけです。
今の時期本当に仕事が立て込んでいるので、知っていても丁寧にお断りしますよ」
つまり次期公爵なんぞ興味がない上、お断りの理由は適当にでっち上げたということだ。
一瞬、令嬢方の名前だけはしっかり覚えているタイプなのかと思った。
「でも、あなたが悪いのですよ。夜会に一度も姿を現さないのですから、ゴーシュはレイ様がどんな方か知りたくて夜も眠れなかったのです」
「えっと、一応そういう系統の趣味はないですし、弟が腹痛になったときは出たけれど?」
そこでレイは周りに視線を向けた。
聴衆が減るどころか増え始めている。
その状況を確認したレイはため息をついて、
「でも、わかりました。これ以上、ここで話し合うのは無駄です。
じゃあ、こっちの都合を考えない公爵様のために時間を作りましょう。
明日の昼でしたら、時間が取れます。同席者を許してくださるのならですが」
「同席者?」
「人数は流動的ですか、一人はこちらの女性、一人は貴族で平民二人、どっちつかずが一人といったところですかね。 細かいことは後で手紙を送ります」
「この無礼な女性が何だというのだ。 大体貴族同士の話し合いに平民を同席させるなど――」
「あなたは現在の王家が正統かそうでないのかを知りたいのですよね。この方はウエストレペンスの歴史を研究しているエリー・レイス様です。ちなみに爵位はまだありません」
紹介されたおばさんはにこりと笑いドレスの端をつまんで淑女の礼をしたが、すぐにディアス様に刺すような視線を向けた。
「ええ、今の王はそこそこ評判いいですけれど、第一王子は素行に多少問題がありますもの。
あなた方の陰謀に家族や仲間が二度も利用されるのは我慢なりませんわ」
ディアス様は一瞬口をぽかんと開けていたがすぐ立ち直って反論した。
「さっきから陰謀、謀反などと言って良いことと悪いことがあるだろう。
大体第一王子を公然と批判するなど――」
「このような場で宰相の息子が王家の正統性を問うのがそもそも間違っていると思いますが。
……私もレイも危うく死にかけたのです。 貴族の子息方がいるなかで、釘を刺しておくに越したことはありません。 話し合いはいつもの場所なのでしょう?」
中年の女性はちらりとレイに視線を向けると、レイはうなづいた。
「そうだね。まあ、約束しちゃったし、もし良ければライト様も参加されますか?」
「ええ、そのつもりです。ではその時まで」
ドリルはそう言うとディアス様の腕を掴んで引きずるようにその場を離れた。
こ、これはさっぱりわからないが、ぜひその密会場所を知りたい。
「なんであそこで無意味に煽ったんですか?」
「私たちの立場はオープンにしておいたほうがいいわ」
平然と言ってのけたおばさんにレイはため息を漏らし、ついでにまだ残っている野次馬に疲れが隠しきれていない笑顔でもう一度解散を促した。
「皆様、いろいろ見て回る時間がなくなってしまいますよ」
成り行きを見守っていた令嬢方は半分ぐらい散ったが、まだ居残っている者もいる。
さすがにこれ以上人が減ってしまうと、レイに気づかれてしまう。
どうするか悩んでいると、女生徒の一人――プリムラが彼に駆け寄った。
「あ、あのすみません」
「その、ラインハルト様のこと、どこにいるかご存知ありませんか?」
「この時間だとバイトしているんじゃない。それよりも、君は誰? 彼の知り合い? 何で僕に声かけてきたの?」
まあ、変な人を友人に紹介したりできないのはわかる。
「少し前のパーティーでラインハルト様にお世話になりまして。……その時はお礼が言えなくて。
その……あなた様と仲よさげに話してらっしゃいましたから」
本当は私と同じように下調べをしてきたのだろう。
レイとラインハルト、そしてルチルはウエストレペンス学院に在籍していて、貴族同士という繋がりからか、よく行動を共にする友人関係のようだ。
現在噂の的になっているプリムラは正体を明かして門前払いされることを恐れたのか、何とか名前を伏せてしどろもどろに事情を伝えるが――
「ああ、叙勲パーティーのあのプリムラさんね。たぶん君が見たのは弟のほう。
でも、君、今ラインハルトに会うのまずくない?」
「大丈夫です」
「それならいいんだけれど。昼間だし、喫茶店なら噂もひどいものは立たないだろうし。
でも、彼が君に会うかはわからないよ?」
「お礼だけでも……」
「わかった。ついて来て」
「でも、この後ご予定が――」
「いいから。いいから」
レイがプリムラの手を掴んで女の子達の輪から抜け山を降りていった。
私は二人の後をこそこそ付いて行った。
ディアス・ゴーシュ……宰相の息子。
マリー・ライト……通称ドリル。ディアスの婚約者。次期宰相位を狙っているとの噂も。
エリー・レイス……シャムロー・レイスの妻。養父の研究を引き継ぐ形で歴史学者になった。
貴族名鑑……貴族の名前等が掲載されている。姿絵を載せるかどうかは個々の自由。
年頃の令嬢の姿絵は大抵三割増しに美化されている。
ラハード一家は名前と最低限の略歴を載せているだけ(戸籍管理の曖昧な農村出身のため誕生日も適当)。




