82話 闘技場内部にて
修正のお知らせ
前話でビゲルの存在をすっかりと忘れ去ってしまっていたため、81話最後付近に少しだけビゲルについて触れる文を追加しました。
侵入メンバーの中にビゲルもいます。
真也たちが暗く狭い空間で息を潜めていると、それまでガタガタと酷かった揺れがピタリと収まった。
どうやら馬車が目的地に到着したようだ。
荷台に乗せられている〈キラーセンチピード〉がキールによって檻から出され、馬車から離れていく様子を、聞こえてくる外の音から把握する。
その音が聞こえなくなると、辺りは静寂で包まれた。
それでも、さらにしばらくは外の音に注意深く耳を傾け続けて馬車の周りに人はいないと判断すると、真也は馬車の荷台の下に作られた隠しスペースの出入り口を開く。
途端に入り込む独特の動物臭に顔をしかめながら外の様子を窺うと、狭い隙間から見えるたものは、木の柵で細かく区切られたスペースに一頭ずつ入れられている馬たちだった。
人影は見当たらない。
そこで真也は一人、抜身の剣を片手に馬車の床下から飛び出し、即座にその馬小屋らしき場所が無人であることを確認する。
もちろん、真也とカティの〈気配〉スキルによって索敵済みではある。
だが、この場所を仕切っているのは盗賊の集団。
〈気配〉スキルで隠れ潜んでいて探知できない敵がいるかもしれないため、常に最大限の警戒をする必要があるのだ。
「……大丈夫だ」
建屋の隅に並んでいる馬の繋がれていない馬車の陰などもしっかり確認し終えると、真也はまだ馬車の床下で息をひそめている仲間たちに合図を送る。
「あ~……やっと出られた……体がいてぇ……」
「やれやれ、ただ隠れてるだけでこんなに疲れるとは思わなかった……」
「ひでぇ目にあった……」
馬車から這い出で来たカティと秀介とビゲルが疲れたように愚痴を漏らす。
「え? そうですか? ちょっとわくわくしませんでした?」
「ははは……それはルリハちゃんだけかもね……」
次に出てきた瑠璃羽がうんざりとした様子の三人に不思議そうな表情で尋ね、秀介が苦笑いで答えている。
そして最後に、リーサが少しだけ間をおいて出てきた。
僅かに頬を赤らめて少し気まずそうにしているリーサに真也が視線を向けると、目が合った直後にリーサは慌てた様子で視線をそらす。
「……な、なに見てんのよ!」
「ああ、いや、別に……」
「……フンッ!」
怒ったような雰囲気でいちゃもんをつけてきた後、そっぽを向いてしまったリーサ。
ただ、それは気恥ずかしさを隠すためのものであり、怒っている訳ではないことは明らかだったので、そっとしておくことにする。
「おいおい、真也はいつまで遠足気分でいるんだ? ここは敵地だろ?」
「俺に言われてもなあ。これは俺のせいじゃないだろ」
「いや、とりあえず全部お前が悪い。原因の関係性を作ってたのは真也じゃないか」
「……まあ、今はさっさと先に進もうか」
白けた目で文句を言ってくる秀介に、真也はごまかすように馬小屋の出入り口へと向かうのだった。
この闘技場はコロッセオのような構造の四階建て円形建築で、現在、真也たちのいる場所は関係者区画の中にある馬車置き場であり、闘技場の中央付近に位置している。
闘技場の中心、闘技広場の真下にある地下待機部屋までモンスターを運びやすいように、運搬用馬車の置き場もその付近に設けられているためだ。
そして、ターゲットであるノーマンがいる場所は、闘技広場に隣接する観覧席の一階部分。
つまり、少し闘技場内を移動すれば目的地にたどり着けるところまで、すでに侵入できているのだ。
因みに、四階層ある観覧席の一階部分は貴賓席で、貴族などの有力者や闘技大会の主催者クラスの人物しか座ることが出来ない場所となっている。
そして、今回の計画において最大級の障害、大盗賊ロケが、そこでノーマンの隣に座っているという情報を、つい先ほど得ていた。
馬車に潜んでいる間に臨時ログアウトをした真也が、同じくログアウトしていた乗鞍から色々と話を聞いていたのだ。
乗鞍いわく、闘技場の観客たちは大会が始まる前とはいえ、不気味なほど静まり返っているらしい。
もちろん、大盗賊団の首領などという大物が、そのライバル盗賊組織である盗賊ギルドの、幹部ですらない一構成員と並んで座っているせいである。
皆が皆、盗賊ギルドの勢力図が、そしてこの街を取り巻く情勢が大きく変わることを感じて、恐る恐る様子を窺っているのだろう。
舞台は整っている。
真也はそう確信しつつ、すでに構造を聞き知っている闘技場の内部を慎重に移動していく。
(おい、うろついてるヤツが多くてぜんぜん進めねえじゃねーかよ)
(そりゃ、敵の本拠地みたいなもんだからな。仕方がないだろう?)
イライラとした様子で耳打ちしてくるカティに、なだめるような声色で返す真也。
現在、真也たちは〈気配〉で人の接近を感じ取り、脇道に逸れて身を隠しているところである。
先ほどからそれの繰り返しになってしまっていて、一向に目的地にたどり着けそうにない。
カティの高レベルな〈気配〉スキルの効果で、パーティメンバー全体を潜伏状態にしているため、かなり見つかりづらい状態になってはいるが、目視されてしまえば終わりなので無茶は出来ない。
碌に隠れる場所がない石造りの狭い通路を、人に見つからずに進むことはやはり難しいようだ。
(もういっそジャマなヤツは叩きのめしちまおうぜ)
(まあ待て、それはあと少しの辛抱だ)
石造りの狭い通路は音が響いてしまうため、不意打ちからの一撃必殺で出る程度の戦闘音でも、他の敵に気づかれてしまう危険性があるだろう。
大胆には動けない状況であったが、その問題はしばらくすると解決された。
遠くで響く爆音。
それを合図にして、にわかに周囲が騒がしくなる。
(よし、始まったみたいだな。ここからは強引にでも進むぞ)
真也が小声で確認すると、皆が緊張感のある真剣な表情で頷いた。
計画は、全て順調に進行している。
この騒ぎの原因は、白石が率いるビゲルの手下たちが、闘技場の外から攻め込んできたことだ。
もちろんそれは陽動である。
目的は闘技場の周囲にノーマンの手下たちを移動させること。
そして、本命は手薄になった闘技場内を楽に移動し、ビゲルをノーマンのもとへと連れていくことだ。
「……っ!? な、なんだおま――」
通路を駆け抜け、道中の避けられない敵は、真也と秀介が出合い頭に切りかかる。
瑠璃羽がすべてのステータスにバフをかけていることもあり、敵の盗賊たちは瞬く間に沈んでいく。
外から聞こえてくる戦闘音のお陰で、真也たちは目立つこともなく敵を処理し、目的地に向かって突き進んだ。
何度か一方的な戦闘を潜り抜けると、地下へと下る異様に幅の広い通路に入っていく真也たち。
その突き当りにある大きな地下室が、目的地に向かうための最短ルートだからだ。
人間サイズではない巨大な鉄格子の扉をくぐり、その地下室内部に入ると、そこには多数の大型テイムモンスターたちがたたずんでいた。
そこは〈闘獣杯〉参加モンスターの控室だ。
そしてよく見ると、モンスターたちの合間に倒れ伏す人間たちの姿が確認できる。
「き、来たか……! け、計画通りにやってやったぜ……!」
真也たちを出迎えたのは、自分の仕出かしたことに怖気づいている様子のキール。
キールには控室の飲み物に薬を混ぜさせて、他のテイマーたち、つまりキールの仲間たちを〈睡眠〉状態にさせていたのだ。
「これはキールの仲間のテイマーたちを巻き込まないようにするための措置だから、そんなにビクビクしなくても大丈夫だ。後から訳を話せば皆理解してくれるさ」
「あ、ああ……そ、そうだよな……」
真也の言葉に歯切れの悪い返事を返すキール。
彼にはまだ最後に手伝ってもらわなくてはならないことがあり、少し心配になった真也が、カティに声をかけるよう目配せをする。
「ありがとな、キール。感謝してるぜ」
「ホントか!?」
カティの感謝の言葉を聞いた途端、元気な様子になったキールを見て、本当にチョロいな、とほくそ笑む真也。
「じゃあ、昇降機の操作は任せたぞ」
「ああ! 任せてくれ!」
真也はキールに最後の協力を頼むと、皆を連れて木造のゴンドラのような物に入った。
真也がわざわざ地下にまで来た理由がこの昇降機だ。
それは上昇するゴンドラで真上にある闘技広場にモンスターを輸送するための装置。
つまり、闘技広場に直通するルートなのである。
そして、闘技広場のすぐ目と鼻の先に観覧席の一階部分、ノーマンとロケの居場所があるのだ。
彼らとの対面はすぐそこまで迫っている。
「……」
「そんなに緊張するなビゲル。こういう時ほど笑っていた方がいい」
「……あ、ああ!」
最後に、緊張しきったた面持ちのビゲルを不敵な笑みで励ますと、真也たちは決戦の場へと上がっていくのだった。




