69話 ギルド長の依頼
「なんだヤル気か!? ナメてんのかコノヤロー!! 上等じゃねーか!! かかってこいやクソが!!」
斬りかかる真也を迎え撃つビゲルは、腰に下げていた大振りのサーベルを引き抜き、威勢のいい啖呵を切った。
だがしかし、剣を交える度にその尊大な態度は陰っていく。
「テ、テメーが剣を向けてんのは盗賊ギルドのカシラだぞ!? 分かってんのかオイ!? ああん!?」
斬り合いで押され徐々に焦りの色が深まるビゲルの顔を、ただ無表情で見つめ無言で刃を振るい続ける真也。
「ぐっ……と、盗賊ギルドがどれだけデケェ組織か知らねーのか!? それを敵に回すことになんだぞ!! ぐえっ!? 痛っ!? ぎゃ!?」
力の差を認識させても虚勢を張り続けるビゲルに、真也は攻勢を強め、剣戟の合間にまるでいたぶるかのように少しずつダメージを与えていく。
「ぎゃあ!? ひいっ!? わ、分かった、オレへの非礼は許してやる!! だからこれで手打ちでどうだ!? ぐぎゃあ!?」
あくまで上から目線のビゲルに業を煮やした真也が、渾身の剣撃で体勢を崩させたところに蹴りを放ち、ビゲルを床に転がした。
蹲ったビゲルは〈昏倒〉している訳ではないようだが、何故かそのまま立ち上がらない。
「も、申し訳ありやせんでしたー!! あっしが、全てあっしが悪かったです!! 舎弟達の無礼もお詫びしやす!! これでカンベンしてくだせえ!!」
それは、見事な土下座であった。
極端にへりくだった態度に様変わりしたビゲルが、情けない声と小物臭い口調で許しを乞う。
パシリのビゲル、またの名を土下座のビゲルの本領発揮といえるだろう。
「なんか、凄い既視感が……この人、二十年経っても何も変わってないんですね……」
「誰かれ構わず喧嘩を売って、返り討ちで土下座までが彼の様式美でしたからねえ」
呆れ顔の白石と苦笑を浮かべる乗鞍の会話を聞き流しながら、真也はひれ伏すビゲルに詰め寄る。
「おいおい、まさか、謝っただけで許されるなんて思ってないよな? 一体どうやって落とし前をつける気だ? うん?」
「も、もちろんですぜ旦那、あっしに出来ることならなんでもいたしますよ、へ、へへへ……」
しゃがみ込み目線を合わせ高圧的な態度で詰問する真也に、先程までの高慢な態度はどこへやらといった様子のビゲルが、卑屈な笑みを浮かべ揉み手をしながら答えた。
「そうかそうか、それは好都合だな。お前にはちょうど聞きたいことがあったんだ」
「おお、そうでございやしたか、何でも、何でも聞いてくだせえ」
「ここ二十年で、ギナールやレイスコート達とアベルの間であった軋轢について、知っていることを話せ」
「……げっ」
真也の要求に、ビゲルの媚びるような薄笑いが凍りついた。
「どうした? 何でも、と言ってたよな? その反応は何か知っているんだろう?」
「……そ、それは」
追及され狼狽するビゲルは、しばし言い淀んだ後、酷く重そうに口を開き、弱り切ったような声で懇願する。
「も、申し訳ありやせん……それだけは……仲間を売るようなことだけは、カンベンくだせえ……」
「……ほう」
その姿に、真也は少しだけ感心していた。
二十年前のビゲルは脅されたら仲間の情報だろうが何でも喋ってしまう薄情者であったのだが、彼でも少しは人間的に成長しているのだろう。
「さっさと喋っちまいてーが、ギナールのアニキたちの情報を売ったら、きっとここで旦那に殺されるよりヒデー目に合わされる……」
「……ああそう」
怯えたようにそんなことを言うビゲルに、真也は白い目を向ける。
先程の感心は既に消え失せていた。
「じゃあ、質問を変えよう。どうしてお前がギルド長になってる? ギナールやギルドの幹部達はどうしたんだ?」
「うっ、それは……」
「成り行きですよ」
ビゲルが再び言い淀んだところに、先程から助けに入ろうなどと一切せず、真也達のやり取りを楽しそうに見ていたメガネの優男が口を挟んだ。
「ギナールさんと他の幹部達はだいぶ前に突然この街から出て行ってしまったんです。幹部がほとんどいなくなった中で、一人だけ置いて行かれた幹部がいました。もちろん、幹部の末席にお情けで着かせて貰っていたビゲルさんのことですね」
「幹部がビゲルしかいなくなったから、成り行きでギルド長の代理でもしてるのか……よく他の構成員がついて来たな」
「現在、実力のある方達は皆、ギルドとは距離を取っています。更にギルドの規律は乱れ、かつての隆盛は見る影もない状態です」
ビゲルの部下であろう優男の一切容赦のない言いように、真也は苦笑いで返すことしか出来なかった。
だが、扱き下ろされた当の本人であるビゲルは、何やら思案顔だ。
「……取り敢えず、続きは奥で話しやしょうや」
そして、何か良からぬことを思いついたような顔になったビゲルが、真也達を奥の部屋へと案内するのだった。
「それで、ギナール達のことを話す気にでもなったのか?」
酒場の奥にあった小さな個室に場所を移した真也達三人は、テーブルの対面に座るビゲルと話し合いを再開した。
「へへへ……そのことなんですが、一つ、あっしの願い事を聞いてもらえたら、話すことも出来るんですが」
「……おい、これはお前の部下の行為を詫びる話なんじゃあなかったのか?」
「そ、その通りでございやす、ですが、話す情報はギナールのアニキに関すること。迂闊に扱うとあっしも旦那もヒデー目にあうかもしれねえですぜ。だから、ギナールのアニキも納得するような形で話してえんです」
「……」
話を続けろ、と視線で促す真也に、ビゲルは嬉々として話し出す。
「まず、なぜギナールのアニキが盗賊ギルドを作ったかはご存じで?」
「賭博場のせいで腐り切っていたアーレアの街を改善するため。半ば奴隷化していた採掘者を開放し、盗賊となった者達にはある程度マシな仕事回すためだと聞いている」
「その通りでさぁ。アニキがいた頃は全て上手く行っていた……ですが、最近、ノーマンという不届き者がギルド内で幅を利かせ、賭博場を牛耳ってギルドが出来る前のような悪行を働いてるようでして……」
「それはお前の力が及ばないせいだろうが……まあいい、俺達に盗賊ギルドの内部粛清を手伝えという話だな?」
「へへへ、話が早くて助かりやす。アニキの理想のギルドを汚す奴らを退治した恩人になら、情報くらい渡してもアニキだって納得してくれる筈でさぁ」
随分とビゲルにとって都合の良い話だ、と呆れる真也だったが、悪い話ではないと判断していた。
この依頼を達成すれば、前作キャラの貴重な情報が手に入るだけでなく、ビゲルを通して盗賊ギルドに強い影響力を持つことが出来る為だ。
「やめておいた方がいいと思いますよ」
了承の返事を返そうとしたとき、真也の隣に座っていた乗鞍が、耳打ちで忠告の言葉を告げた。
「どうせロクな情報は持っていないでしょう。信用するだけ無駄です。わざわざ今、危険なことに関与することもないかと」
「こっちの方針にお前が口出しするなんて珍しいじゃないか。手に余るなら引けばいい、それだけの話だ」
乗鞍の珍しい言動に、その真意を考えつつも、真也は忠告を切って捨てる。
「いいだろうビゲル、その話、乗ってやろう」
「おお! それはありがてえ!」
真也の言葉に、ビゲルはたいそう喜んでいる。
「忠告はしましたよ」
最後にポツリと、乗鞍がそんなことを呟いていた。
夜になり、ホテルの自室にて、真也と秀介はプレイ動画のチェックをしていた。
「やっぱり他のプレイヤーも世界規模の動きに対応出来るよう、基盤づくりに奔走してるな。結構あの世界の組織に入り込むことに成功してるぞ」
「当然だろう。何しろプレイヤーとパーティを組めばNPCのレベルアップも格段に早くなるんだ。そのプレイヤー特性を活かせば、どこの組織からも重宝されるのは当たり前だな」
秀介の言葉に、真也はほとんど予想通りの展開だと答える。
「瀧上なんかは貴族の子弟を集めて魔法を教える塾を開いて、いいコネ作ってそうだ。あ、三澄なんかは教会と接触してる」
「プレイヤー達が多方面の勢力に散らばるか……後々、ぶつかるだろうな」
プレイ動画を眺めながら話をしていると、真也は今日の本命の動画がアップされていたことに気付く。
「乗鞍の動画が上がってるぞ、アーレア到着後一日目の動画だな」
乗鞍がアーレアに着いてからちょうど一週間のため、今夜にはアーレアでの動画をアップしなくてはならなかったのだ。
「……おい、これは……」
しばらく動画を見ていると、眉をひそめた秀介が声を上げた。
だが、真也は無言で動画を見続ける。
その動画には、賭博場を牛耳る件の人物、ノーマンと交友関係を結び、賭博場の利権に食い込もうとしている乗鞍の姿が映されていた。
「少し不味いかも知れないな……」
そう真也が呟いたちょうどその時、二人の携帯端末から緊急アラートが鳴り響く。
「……クソが!!」
端末から情報を得た真也達は即座に部屋から飛び出し、全力でイベント会場まで走る。
大慌てでゲームにログインした真也を待っていたものは――
――肌を焦がす激しい熱気と部屋を満たす黒煙であった。




