68話 盗賊ギルド
「あ、さっきのモンスター、かなりいい経験値貰えてます! 僕、初撃しか戦闘に貢献してなかったのにこんなに貰えるだなんて凄いですよ!」
〈キラーセンチピード〉を倒してから少し経ち、その取得経験値を確認していた白石が声を上げた。
「レベル上げに少し狩って行くか?」
「絶対に嫌」
「ははは、まあ、普通に戦ったら結構厄介そうな相手だったし止めておこうか」
有無も言わせぬ拒絶をした真顔のリーサに、苦笑で返して巨大ムカデ狩りを諦める真也。
「ところで、さっきの爆薬はまだあるのか?」
「まだ結構あるわよ……ストレージの中を探せば」
真也が何気なく尋ねると、リーサは気不味そうに目線を逸らしながら答えた。
「……探さなきゃ見つからないのか。工房だけじゃなくストレージの中まで片付け出来ないとは……」
「べ、別にいいじゃない、すぐ使う分は確保してるんだから! 錬金術師のストレージは大きいの! そこに、工房に置いてたアイテムを急いで詰め込んで来たんだからしょうがないじゃない!」
仄かに顔を赤らめつつ必死に弁解するリーサに生暖かい視線を送る真也だったが、すぐに真剣な表情に変わる。
「おい、あの穴……」
「ああ、気付いてる」
警戒した様子で声をかけてくるカティを片手で制し、真也は秀介に目配せをした。
その合図に頷いた秀介は、すぐさま魔法陣を展開し魔法スキルの発動体勢をとる。
その標的は、少し先の街道脇に空いた大きめの縦穴だ。
「ちょっと! あのムカデとは戦わないってさっき言ったじゃない!」
「敵はムカデじゃあないから心配しなくていい」
顔を青くさせたリーサが抗議の声を上げたが、なだめるような真也の言葉を聞いて口を閉じた。
「ぐぎゃあ!!」
その直後、秀介が〈サンダーボム〉を打ち込み、雷鳴と一緒に情けない悲鳴が縦穴から響いた。
「一撃か、弱いな」
悲鳴以降に反応がなく場が静まり返ってしまったため、真也が縦穴に近付き中を確認すると、穴の底には武器を手にした七人の男達が〈昏倒〉状態で倒れていた。
男達を皆で縦穴から引き上げロープで縛り上げると、瑠璃羽の状態異常回復魔法で〈昏倒〉を解除させる。
「……うっ……クソッ……テメェら、いきなり何しやがる!」
目を覚ました男の一人が自身の置かれた状況を確認して声を荒らげた。
それに対して真也は冷たい視線を送りながら問う。
「通行人を待ち伏せしていた野盗の分際で、被害者ヅラか?」
「ハッ、なんのハナシだか。オレらはあそこでただ魔石を採掘していただけだぜ」
「〈気配〉スキルで潜みながら武器を構えた上で、採掘道具も持っていない連中が、単なる採掘者だとでも言うのか?」
「……フン、ここはモンスターがうろついてる場所だ、身を隠しながら武器を持っててなにが悪い? それに、これから掘り始めるところだったんだから採掘道具はストレージに入ってんだよ」
「なるほど、だが、盗賊ギルドの構成員は、いつから採掘者の真似事をするようになったんだ?」
「……」
真也が男達の腕に巻かれた布を指差して指摘すると、今まで口が達者だった男は押し黙る。
その布には、しっかりと盗賊ギルドの紋章が描かれていた。
物取りが失敗した時のことなど考えていなかったのだろう。
「盗賊ギルドは、強盗のように相手を傷付ける盗みは御法度。ましてやそれをアーレアに向かっている客人に行うだなんて、論外だよなあ?」
「……うぐっ」
男達に反論されなかったことから、盗賊ギルドのルールは二十年前から余り変わっていないことを確認する。
盗賊ギルドは、過去には非人道的な行為のまかり通っていたアーレアを改善し、規律と秩序をもたらす為に作られた義賊的な意味合いの強い盗賊集団であった筈である。
「お前らが本当に強盗じゃあなかったのかについては、盗賊ギルドで判断してもらうとしようか」
真也がニヤリと笑ってそう言うと、盗賊達は慌てたように騒ぎ出す。
「オイテメェコラ!! ナメてんじゃねーぞゴルァ!!」
「ンなことしてタダで済むと思ってんのか!! さっさと縄解けやオラァ!!」
「オマエの言うことなんてアニキは信じねえぞアホが!! ブッ殺される前にケツまいて逃げな!!」
チンピラのような口汚い罵声は耳障りで、こんな状態で街を連れ歩く訳にはいかず、もう一度〈昏倒〉させてやろうかとシャムシールに手をかけた真也だったが、それでは倒れた七人の男を運ぶハメになるため思いとどまる。
その代わり、液体入りのフラスコをストレージから取り出し、盗賊達の一人一人に投げ割っていく。
暴言が更に増しそうな行為であったが、そうはならず、むしろ静かになった。
アイテムを投げられた盗賊達は、口を動かしても声が全く出ていない。
それもそのはず、彼らは〈沈黙〉という状態異常にかかっているのだ。
〈沈黙〉は発音することを封じて魔法スキルを使用不可にする状態異常であり、それを対象に付加するアイテム、〈サイレンスボトル〉を先程真也は投げ付けたのであった。
静かになったことに満足した真也は、盗賊達を縛るロープを引いて無理やり歩かせる。
「なんか、シュールな光景だな……」
秀介が苦笑いでそう言うのも当然な空間がそこにはあった。
ロープで縛られ酸欠の金魚のように口をパクパクと動かす男達を引き連れ、真也達一行は荒野の街道を進んで行くのであった。
「どうも、一之瀬さん。アーレアにようこそ」
荒野の中心に栄える街、〈賭博都市アーレア〉にたどり着いた真也達を、街の入り口で出迎えたのは、一足先にここへやって来ていた乗鞍であった。
「そんなところで待ち構えて何のつもりだ?」
「待ち構えるだなんて人聞きの悪いことを。そろそろ皆さんが着く頃かと思い、お出迎えに来ていただけじゃあないですか。一之瀬さんは、いつも通り面白そうなことをしていますねえ」
真也に引かれる縛られた盗賊達を、乗鞍がいかにも興味深そうに確認してそんなことを言った。
「……ついて来るつもりか?」
「わたくし達の仲ではないですか」
「……しっかり協力してくれるんだろうな?」
「勿論ですとも、お役に立ちますよ」
その真意を探ろうと乗鞍の表情を注視した真意だったが、いつも通りの感情を読ませない笑顔からは何も情報は得られない。
「まあ……いいだろう」
〈商人〉の能力は確かに役に立つため、なんの目的で近付いて来たのかが現状でははっきりとしないが、同行を許可することにした真也。
「そういえば、商隊に参加して一週間ほど先に来ていたようだが、動画をまだ上げていなかったな。一体何をしていたんだ?」
「混乱した水運のお陰で値段が跳ね上がった嗜好品を、イートゥスからここへ持ち込んで儲けていたんですよ。詳しくは今夜に上げる動画でどうぞ」
真也の質問に乗鞍がもったいぶるように答えた。
その答えには、既にアップされている乗鞍がアーレアに向かっているときの動画で知れる情報しか含まれていなかったが、今夜にアップされるという動画を待てばいいか、と諦める。
真也達一行は連行される盗賊達のせいで注目を集めつつ、赤レンガの街並みを行く。
目指すは盗賊ギルドの本拠地だ。
荒事になる可能性も多少はあるため、念のため道中で二手に分かれる。
秀介にリーサとカティと瑠璃羽の安全を任せ、宿の手配をしておいてもらい、真也と白石と乗鞍で盗賊ギルドに向かうのだった。
アーレアの街の端にあるボロい小さな酒場、そこが盗賊ギルドの本部だ。
多くの構成員を抱える組織の本部としては余りに小さ過ぎるが、この街全体が彼らの家と言っても過言ではないため十分だという話である。
真也はその酒場の扉を押し開け、後ろ手で縛り上げた七人の盗賊達を店内に突き飛ばし、かなり強引に床へ転がす。
「おっと、なんだお前らか。ははは、そんなところに転がって何が面白いんだ? 相変わらず馬鹿な奴らだな」
バーカウンターの向こう側にいたメガネの優男が、店内に転がされた仲間であろう盗賊達を見て、朗らかに笑いながらそんなことを言った。
盗賊達は声の出ない口をパクパクと動かし、必死に何かを訴えようとしているが、優男は無視をする。
「ここは盗賊ギルドの本部で間違いないな?」
「ああ、お客さんもいたの。いらっしゃい。我々盗賊ギルドにご依頼でも?」
仲間であろう盗賊達を縛り上げて突き飛ばした真也を見ても、まるでそんな事実はなかったかのように話を進める優男。
理由を言うまである程度剣呑な空気になることを覚悟していた真也だったが、彼の対応に少々拍子抜けだと感じてしまう。
「この状況で依頼に来た訳がないだろう。街に来る途中、コイツらに襲われた。盗賊ギルドはそういう事はしないと聞いていたが?」
「おお、そういう事でしたか。今ちょうどギルド長がいるので対応を変わりましょう」
掴みにくい言動の優男が店の奥に引っ込み、代わりにまるで威圧するかのように大股で歩み寄ってくる偉そうな態度の男。
その男の顔に見覚えがあった真也は、眉にシワを寄せながら隣の乗鞍に耳打ちをする。
「……今、ギルド長って言ったよな? ギナールは引退したのか?」
「はい、そのようです。現在のギルド長は彼ですね」
「おいコラ、テメーら!! オレ様のカワイイ子分どもになんてことしてくれやがんだオイ!! このビゲル様が怖くねえってのか!? ああん!?」
盗賊ギルドのギルド長は、二十年前パシリのビゲルと呼ばれていた男であった。
「いや、今回はソイツらが俺達を襲って――」
「うっせーんだよ、ゴチャゴチャと!! テメーの話なんて聞いてねーんだよ!! ああん!?」
いつからここはチンピラギルドになったんだ、などと苛つく真也。
「癪に障るスカしたツラしやがって!! 性格の悪さがにじみ出てるんじゃねーのか!? ああん!?」
だが、ビゲルもギルド長になるくらいならば二十年で相当強くなっていることが予想出来る。
小物のような言動に騙されてはいけないのだろう。
「なんとか言ったらどうだゴルァ!! ビビっちまって言葉も出ないってのか!? ああん!?」
ここは挑発に乗らず穏便に交渉を進めよう、と冷静に思考を巡らす真也だったが、そこに乗鞍が耳打ちをしてくる。
「ビゲルのレベルは二十四。雑魚です」
真也はシャムシールを抜き放った。




