6話 盗賊少女
昼休憩が終わり、再びゲームの中へとログインする。
道行く人々の位置や太陽の位置、見える風景は一時間前にログアウトしたときと全く同一。
レトロゲームのポーズ画面を解除した時のような感覚だ。
近くに串焼きの屋台を見つけて、ログアウトをする前はゲームの中で食事しようとしていたことを思い出したが、残念ながら満腹感は現実世界と同じなようで全く食欲が湧かない。
仕方がないので食事は諦め、未鑑定品を見せるために武器屋へと向かった。
飲食街から商業区へと向かう途中、人通りの少ない路地を通ると背後から聞こえてくる小さな足音に気付く。
それは忍び足といえる僅かな足音で、普通なら聞こえないようなものだったがスキル〈気配lv1〉のお陰で気付けたのだろう。
即座に振り向き睨み付けると、息を殺していた少女がビクりと驚く。
くすんだ灰色の髪をポニーテールに纏め、顔立ちは整っており年相応の可愛気はあるけれど、生意気そうな目付きが小憎らしさを感じさせてしまう少女。
気配に気付かれたのが気に食わなかったのか、憎々しげな表情で舌打ちをしている。
昼前にタルジュ・シャムシールを盗もうとしたクソガキである。
「またお前か……あんなことした直後によく顔を出せるな」
「うっさい! さっさとアタシのローブを返せ! このドロボー!」
「お前が言うな」
自分で脱ぎ捨てて行ったんだろうに、なんという言い掛かりだ。
盗人猛々しいにも程がある。
だが、呆れつつもこれはチャンスだと確信していた。
「お前、今別の服着てるんだからさっきのローブが一張羅って訳じゃないんだろ? ってことはアレはどうしても取り返したい程いい装備なのか? あー、どうしようかなー、どっかに売っぱらっちゃおうかなー?」
煽るようなことを言ってチラッと少女の反応を窺うが、残念ながら怒りもせず余裕綽々といった表情だ。面白くない。
「ふんっ、その前にアタシがテメーのことを憲兵に通報してやる!」
「そしたらお前が捕まるだろう」
「はっ、そんなことにはなんねーよ。この国じゃ盗みはその場で捕まえるか、ドロボーが盗ったモン持ってるとこを押さえるかしねーと憲兵は動かねえんだぜ」
少女は得意気に話し、そんなことも知らないのかオマエ、と言っているような目付きで見下してきた。少しイラッとくる。
この国の司法制度はよく知らないが、この少女が盗みを働いた直後に再び現れたことを考えれば本当なのかもしれない。
間違っている可能性もあるが、少なくとも、この少女はそう認識しているようだ。
「じゃあ俺がこの場から逃げれば済む話じゃないか。この場に憲兵はいないんだから、俺がお前のローブを持っているところを、お前が捕まえなきゃ憲兵はなにもしないんだろう? お前に俺が捕まえられるのかな? うん?」
「……うっ」
少女は言葉に詰まってしまった。
そんなこと彼女も分かっていた筈だ。
だから初めは気付かれないように近付いて、スリ盗ろうとでもしていたのだろう。
「状況も分かったところで、取引を提案しよう」
「……取り引き?」
「そうだ。お前、この街の地下坑道に詳しいだろう? なんたって逃走経路に使うくらいだ。詳しくない筈がない」
「……ああ、だったらどうだってんだ」
「坑道の地図を持っている筈だ。どこで手に入れた?」
「……自分で調べて描いた」
「嘘だな。俺からも逃げられない程度の実力で、あのダンジョンを調べられる筈がない」
この街の地下にあるのは〈大地の神殿〉といって、前作クロストにおける終盤のダンジョンだ。
広大な地下迷宮とそこに仕掛けられた大量のトラップが凶悪で、ある程度腕の立つ冒険者だとしても表層をうろつければいい方である。
前作の主人公パーティーでも、イベントで事前に罠の位置が正確に記された地図を手に入れてから挑むことになった筈だ。
そんなダンジョンに低レベルの盗賊少女が出入り出来る理由は一つ。
主人公パーティーが持っていた地図、またはその写しを持っているということだ。
期せずして転がり込んできた主人公関係者の情報に少々浮き足立ってしまう。
このゲームのクリア条件は今のところ不明で、この世界の問題を解決せよ、というヒントしかない現状、主人公関係者の動向を探るのが第一目標と言えるからだ。
「地図とその出所の情報、それとローブを交換だ」
「……ダメだ」
少女は苦々しげな表情で拒絶の言葉を口にした。
「どうして? このローブを売り払われてもいいのか?」
ストレージからローブを取りだして見せると、少女は渋い表情を更に歪めた。
「友達は売れねえんだよ!」
「ふーん、友達ねえ。どんな?」
「っ!?」
何か事情があるらしく、真也が友達という言葉に反応すると少女は焦り出し、誤魔化かのように言葉を続ける。
「それにそれはアタシのだっ! なんで取り引きしなきゃなんないんだよ!」
「今は俺のところにあるからな」
「うっさい! かーえーせーよー!」
喚くばかりで話にならないので、仕方なく手を変える。
「よし、分かった。じゃあ大幅に譲歩をしてやろう。まず、その地図の出所は聞かない」
友達の情報を話さなくてよくなったからか、少女の表情が少し明るくなった。
「次に、その地図のことを誰にも漏らさない」
情報が外に漏れる可能性を減らすと、悩むような表情になった少女。
「最後に、更なる報酬を追加しよう」
この取り引きが少女に利益が無いと認識されているため、それを覆す。
「……報酬?」
「そうだ。俺は地図の報酬に、このタルジュ・シャムシールを出そう」
「……えっ!? いいのかっ?」
「ああいいとも。お前はコレが欲しくて俺に付き纏っていたんだろう? さあ、どうする?」
タルジュ・シャムシールと少女のローブを片手で纏めて持ち、少女の方へと突き出す。
少女目はシャムシールに釘付けだ。
「……あ、ああ、うん。分かった……それでいい」
少女は懐から地図らしき紙を取りだし、狐に摘ままれたような顔をして近づいてくる。
そしておっかなびっくりといった様子で慎重に交換を終わらせた。
「持ったな?」
「……えっ?」
真也はすぐさま手を伸ばし、少女のシャムシールを持った手を上から掴み込む。
「よし、これで泥棒が盗んだ物を持っているところを押さえたという形になったな、この泥棒め」
「……へっ? ……はあっ!? 何言ってやがる!? アタシは盗んでねえじゃねーか!?」
「さっき盗んだじゃあないか。このまま憲兵の詰所に連れていったら、どうなるだろうなあ? ああ、お前が盗んだことは串焼き屋のニイちゃんが証言してくれるだろうから心配するな」
「き、汚ねえぞっ!?」
真也は少し屈んで少女と視線の高さを合わせ、僅かに笑う。
「知らなかったのか? 大人は汚い生き物なんだよ。いい勉強になったな」
年端もいかない少女相手に騙し討ちをし、完全勝利宣言をする大の男がどこかにいるような気がしたが気付かないふりをした。真実とはいつも人を傷つけるものなのだ。
「さあ、取り引きを続けようか?」
「ふ、ふざけんじゃねえっ!? 何が取り引きだ!? ただの脅しじゃねえかっ!?」
「うん? いいのか? そんな態度で? 窃盗で捕まった奴がどうなるか、知ってるのか?」
因みに真也は知らない。
「うっ……それは……」
「この街は交易都市、商人達の街だ。盗人にはさぞ厳しい裁きが待っているんだろうなあ? うん?」
「……」
「どうなの? ねえ?」
「……」
人から聞いた話を、さも自分が詳しいように言う。つまりただのハッタリだ。
だが少女は黙り込み、涙目で震え始めてしまった。
「教えてくれるな? この地図の出所を」
「……っ!?」
完全に怯えられてしまったようだ。
「ああ、泣くな泣くな。別にお前にもその友達にも、危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも無い。ただ話を聞きたいだけだ。……そうだな、もう一度譲歩をやろう」
「……?」
「お前が地図の出所を教えてくれるのなら、俺はそのシャムシールを貸してやろう。その情報源と話し終えるまでだがな」
意味が分かってないようで、少女は涙目のまま困惑の表情を浮かべている。
「俺はお前らに危害を加えない。だが、もしお前がそうでないと判断したのなら、ソイツで俺を斬り殺せ」
「……へっ!?」
「俺の生殺与奪の判断を、お前に預けてやる、と言っている」
「は、はあ!? 正気かよオマエ!?」
「ああ、正気だとも。お前は俺を信用出来ないんだろう? 当たり前だ、俺は汚い大人だからな。だから俺から先にお前を信用してやる」
「……」
「お前は俺を斬り殺さない。そう信用、いや、信頼してやる。お前がそれにどう反応するかは、お前次第だ」
真也は少女の手を解放した。
この少女は人を斬れない、といった見立てをしているが、当てが外れて斬り殺される可能性は十分にある。
我ながらバカなことをしている、といった思いもある。
だが、賭けのチップは自分の本物の命ではなく、所詮ゲームの参加権だ。
そして、大きなことを成し遂げるには、それなりの危ない橋を渡らざるを得ないことは確かである。
この少女との繋がりは、後々重要なものとなる。
そういった予感を感じた真也は、迷わずリスクを取ったのだ。
「もちろん逃げたらどこまででも追いかける。俺を斬るか案内するかの2択だ」
「……」
「もう一度言う。友達とやらの話を聞きたいだけだ。案内してくれるな?」
「……うん……分かった。……こっち」
歩き出した少女を真也が追う。
「俺は真也って名前なんだけど、キミ、名前なんていうの?」
「……カティ」
「へえ、可愛い名前じゃないか」
「ふんっ。世辞なんていらねーよっ!」
早歩きになったカティの後ろ姿を慌てて追った真也だった。