56話 開演
シャロット率いる天馬騎士の一団は予定通りグラネルの領主の屋敷に向かい入れられ、領主によって簡易的ながらも歓迎のパーティが開かれていた。
だが、パーティの主催者、マディソン男爵が一向に姿を見せないため、パーティは単なる形式的なものでしかなく、歓迎の気持ちなど欠片もないことが窺えた。
単に通り道だっただけだとしても、正式な形で訪問した有力貴族を歓迎することは、この世界の貴族の常識であるらしく、パーティを開かざるを得なかっただけだろう。
会場は屋敷のパーティホールではなく広い庭であり、野外パーティの形式を取っていた。
数多くのテーブルの上に贅を尽くした料理が並べられ、傍らでは優雅に楽器が演奏されている。
そんなきらびやかな光景には貴族の見栄が詰まっているのだろう。
パーティの参加者はゲストの天馬騎士団に加え、街の有力者達と男爵の配下達だ。
そんな中、乗鞍は徴税官として仕える話が内定していたため、パーティへの参加が許され、その付き添いとして真也達もパーティ会場に来ていた。
現在、真也は料理を摘みながら、出席者達の、特に街の有力者達の話にこっそりと聞き耳を立てている。
「……近衛がこのような辺境に本当に来るとは」
「……なんでも、王命で素行の悪い領主を咎めに来たと、街ではもっぱらの噂で」
「……はは、それが本当なら、マディソン男爵は相当な屈辱でしょうなあ。いくら近衛騎士団長と言えども、準男爵家出身の小娘に小言を言われたのでは、あの性格の男爵様が我慢出来るとは、とても……」
「……むしろ、それが陛下の思惑で、怒りを誘って反逆の罪を着せ、反りの合わない男爵を堂々と失脚させるつもりなのでは、という噂さえ飛び交っているようです」
「……ははは、それは領民達の願望も混ざっているのではないですかな?」
グラネルに赴任して日が浅い為か、マディソン男爵に反感を持つ有力者がまだ多いのだろう。
小声ではあったが、このような場で男爵の悪口とも取れる発言をしていた。
実は今、街中がこのような噂話で持ち切りなのだ。
当然マディソン男爵の耳にも届いているだろうため、彼が苛ついていることは想像に難くない。
そしてそれは真也の思惑通りの状況であった。
当然、それらの噂を流したのも真也だ。
「マディソン男爵閣下のご入場!!」
真也が仕込みの確認をしていると、男爵がようやく会場に現れたようだ。
側近を引き連れて屋敷の玄関口から出てきた男爵は普段通りを装っているが、にじみ出る不機嫌そうな雰囲気を隠し切れていない。
そこへ、主賓としてシャロットが挨拶に向かって行った。
漂う不穏な空気に、自然と注目が集まる。
周囲の人間は気にしていない風を装いつつも、男爵とシャロットのやり取りに聞き耳を立てていることが明白だった。
「お久しぶりです、マディソン男爵閣下。本日は我々の為にこのような催しを開いて頂きありがとうございます」
「ようこそ、近衛天馬騎士団、団長殿」
シャロットの挨拶に、男爵はごく簡潔に返事をした。
その際、男爵はシャロットの名前を呼ばず、肩書にしか触れなかった。
お前が近衛騎士団長だから仕方なく歓迎してやっているんだ、とでも言いたいのだろう。
「このような辺境の街にまでよくぞおいでになった。その理由を私にも教えて貰えないとは、余程のことなのでしょうなあ」
「申し訳ありません、機密事項ですので」
「ははっ、機密ですか、でしたらもっと情報管理をしっかりとした方がいいのでは? いやあ、まさか、奴の娘を見つけてくるとは……」
「……何処でそのことを?」
「なに、風の噂ですよ」
「……」
リーサが軟禁されている部屋の方向にチラリと視線を向けた男爵は、シャロットを見下すかのように笑った。
自分の方が上手だと示して優越感に浸っているのだろう。
「……風の噂と言えば、男爵閣下にはよろしくない噂が余りにも多いようですが、いかがなものでしょう?」
「……」
余裕の笑みを浮かべる男爵に、無表情のシャロットがチクリと刺すような言葉を放つと、男爵の顔からも笑みが失せていた。
二人のギスギスとしたやり取りはその後も続き、パーティには緊張した空気が漂っていた。
空気の悪いパーティは無事に終わり、その日の夜。
屋敷のバルコニーで一人、シャロットが外の景色を眺めていた。
「……はぁ」
「気分が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「っ!? ……ああ、貴方でしたか」
ため息をついたところに突然声を掛けられ、驚いた様子のシャロットだったが、声の主が真也であったことを確認するとホッとした表情となる。
「奇遇ですね。もしかしたら何か縁でもあるのかも知れません」
「ふふっ、そうですね」
真也の言葉に、シャロットは柔らかく微笑みながら同意する。
だが、この出会いも当然のごとく作為的なものである。
真也は〈気配〉で闇夜に紛れながら、シャロットに接触するタイミングを計っていたのだった。
「何か悩み事でも?」
「……さっきのため息を聞かれてしまいましたか?」
心配げな真也の問いかけに困り顔で返すシャロット。
「ええ。街道で会ったときから表情が硬かったので、悩みがあるのでは、と心配していたんですよ」
「あの時には、もう気付いていたのですか……」
「少し、散歩でもしませんか? お力にはなれないかも知れませんが、悩み事を聞くくらいなら私にも出来ますよ?」
「いえ、そんな――」
「悩み事は話すだけでも楽になるものですよ。前回、イートゥスでは助けて頂いたので、少しでもシャロットさんの力になりたいという私の気持ちも汲んでは頂けませんか?」
断ろうとするシャロットの言葉を遮り、少し強引にでも誘いをかけた。
「ふふ、貴方はそういう人でしたね。では、お言葉に甘えましょう」
シャロットの好むような言い回しを選んだ甲斐もあってか、彼女の同意を引き出すことに成功し、真也は優しげに微笑むシャロットを連れて、屋敷の裏庭へと降りて行った。
灯火に照らされる綺麗に手入れされた裏庭を、真也とシャロットは並んで歩く。
先程から二人共何も喋らず、静かな夜の庭を眺めている。
「……最近、自分の選択が本当に正しいのか、迷うときが多いんです」
そんな静寂を破るかのように、ポツリとシャロットが呟いた。
「それは誰もが考えることじゃあないですか?」
「いえ、そういう程度の話ではないのです……」
シャロットは、まるで懺悔でもするかのように語りだす。
「私は……政争の為に一人の少女の平穏を犠牲にしようとしているのです。それも、その子はかつて仲間だった人達の娘なのに……」
「……」
真也が黙って話を聞く姿勢を見せると、シャロットは後悔を滲ませる表情で話を続ける。
「私は近衛騎士。職務としてそれをすることは当然でした。ですが、私が騎士になったのは、そんなことをする為じゃあなかった筈なんです……」
言葉を紡ぐごとに悲痛な表情となっていくシャロットは、真也に語りかけているのか自分に言い聞かせているのか、判断がつかないような雰囲気だ。
「幼い頃、私は妹を、目の前で物取りに殺されました。世の中のそんな悲劇を少しでも減らしたい、無力な者を守りたい、そう考えて騎士になる道を選んだ筈でした。ですが、今の私がやっていることはその真逆なのではないかと……。もし死んだ妹が今の私を見ていたとしたら、どう思うのか……」
仕事だと割り切るしかない、などと安易には言えない雰囲気のため、真也は押し黙るしかなかった。
「……すいません、普段は立場上、周囲に弱音など言えないので、つい話しすぎてしまいました。ですが、話しただけでもだいぶ楽になりました。つまらない話を聞いて頂きありがとうございました」
少しだけ目を赤くしたシャロットが、それを隠すように伏し目がちになりながらも礼を言った。
「いえ、本当に聞くだけしか出来ずに面目なかったのですが、お役に立てたのなら何よりです」
「それと、もう一つ、貴方のお気遣いに感謝の言葉を言わせて下さい」
「……はい? 気遣いですか?」
「ふふ、惚けなくてもいいですよ。先程、貴方は奇遇だと言っていましたが、悩んでいた私をわざわざ探して話しかけてくれたのでしょう? お気遣い感謝します」
「……さあ、なんのことでしょうね」
シャロットを探して会いに来たことは事実だが、それはこの後の計画の準備でシャロットを部隊から引き離す為だ。
だが、好意的に解釈してくれる分には何も問題はない。
その解釈を肯定するかのようにとぼける真也に、シャロットは微笑みで返した。
しかし、その一見穏やかな時間は、シャロットが何かに気付いたことによりすぐに終わってしまった。
「……っ!? この音は何でしょう!?」
「これは……戦闘音!?」
真也が驚きの声を上げながらも、自分の計画が始まったことを悟った。
「だ、だんちょ〜! こ、こんな所にいたんですか〜!? 大変です! 大変ですよ〜!!」
そんなタイミングで、天馬騎士団の副団長が裏庭へと駆け込んで来たのだった。
「落ち着きなさい! まず何があったのか報告を!」
「え、えっと、どうしてか、屋敷の中からモンスターが現れて、私たちに襲いかかって来るんです!」
「……屋敷の中からモンスター!? そんなことが!?」
「それだけじゃないんです〜! 街中からも続々とモンスターが現れて屋敷に集まって来てる、って空で哨戒してた団員から報告が〜」
「街からも……、まさか……あの噂は……いや、でも……」
副団長からの情報に戸惑うシャロットは、何かを考え込むように声を漏らしている。
まず間違いなく、マディソン男爵の陰謀を疑っているのだろう。
だが、もちろんこの事件は全て真也達の仕業である。
モンスターは全て〈FANGフォックス〉の影響下にある〈ゴールドフォックス〉だ。
屋敷のモンスターは、馬車の荷台の毛皮に潜ませていた。
街から現れたモンスターは、麦を巨大倉庫に運び込むバイトの際、麦の中に保護色で分かりづらい〈ゴールドフォックス〉を紛れ込ませて何度も運び込み、大量のモンスターを倉庫の中に集めておいたのだ。
そのモンスターの群れに天馬騎士を襲わせ、混乱に乗じてリーサを助け出す手筈となっていた。
「シャロット団長! ここにいらっしゃいましたか! 危険ですからすぐに部屋にお戻り下さい! モンスターは我々で対処致しますのでご安心を!」
その時、屋敷を警備する衛兵が裏庭に駆けつけ叫んだ。
「とにかく、今は部隊に合流します!」
シャロットはそう言い放つと、屋敷の方向へと向かったため、真也もそれに追従する。
だが、その歩みはすぐに止まることになる。
「……えっ?」
後ろから聞こえた副団長の声と、何かを切り裂く斬撃音。
それに反応してすぐさま振り返る真也とシャロット。
「なっ!?」
驚愕の声を上げた二人が目にしたものは、倒れ伏し動かない副団長。
そして、剣を振り下ろした衛兵の姿であった。




