53話 作戦会議
会場の空気が自分寄りになっていくことを確認した真也は、その結果に満足し、ゲームへとログインした。
床と壁の硬さを感じ、目を開けると、そこはグラネルの宿屋だ。
立ち上がりベッドの上を確認すると、泣き跡が残る不安げな寝顔のカティが、縋るようにシーツを抱きしめ静かに寝息を立てていた。
「おい、起きろ、大丈夫か?」
「……ぅぅ……リーサぁ……」
余程疲れているのだろう、声をかけ肩を揺らしても、カティは一向に起きそうもない。
しばらく寝かせておいてやるか、と考えていると、窓際に置かれたテーブルの上に、昨夜には無かった物が置いてあることに気付く。
牙のような形をした金属製の物体、それは昨日盗まれた筈の〈FANGコア〉だった。
少し警戒しつつもコアを手に取り調べると、アイテムの説明が鑑定済になっていた。
〈FANGコア〉
錬金術によって作り出されたアイテム。
接触したモンスターに寄生し、その個体を強化する。
寄生されたモンスターは周囲のモンスターを従わせることが出来るようになり、そこから情報を吸い上げることも出来る。
寄生されたモンスターは〈FANGコア〉を最も多く持っている人間の意思に従い、集めた情報をその人間に送り続ける。
そんな説明文を読みながら、真也は思考にふける。
これはまず間違いなく、昨日の盗賊、レイスコートの仲間が置いていった物だろう。
リーサの状況を知ったのなら、当然あの男は救出に動く筈だ。
彼程の実力なら、あるいは簡単にこの件を解決出来そうにも思える。
だが、そうであるなら、真也を支援するようにアイテムを寄越す必要はない。
「……試されている、のか?」
そう呟いた直後、ドアがノックされる音が部屋に響く。
「真也さん、今、いいですか?」
瑠璃羽の声を聞いてドアを開けると、彼女の後ろには秀介と乗鞍の姿もあった。
「リーサさんを助けに行くんですよね? ……あの、わたし、お役に立てるかどうか分からないんですが、少しでもお手伝い出来ないかと思って……」
少々自信なさげな口調だが、確固たる意思をその目に宿した瑠璃羽。
例の動画に感化されているのだろう。
秀介と乗鞍は、俺らにも一枚噛ませろ、とでも言いたげな様子だ。
これから起こるであろう大注目のイベントに参加しない手はない、そう考えているのだろう。
「ああ、ちょうど良かった。皆に協力を頼もうと思っていたところなんだ」
真也が皆を部屋に招き入れると、ベッドの上がもぞりと動いた。
「……ぅん……シンヤ?」
複数の人の気配を感じ取ったのか、ぼんやりとした様子でカティが起き上がる。
「起きたかカティ。こっちの皆は俺の友人で、リーサの救出に協力してくれるそうだ」
「……へ? え?」
カティは突然の展開に状況が掴めず、しばらく混乱した様子であったが、各々の自己紹介が終わるくらいには落ち着き、目に涙を滲ませながらも礼の言葉を言い続けていた。
「おいおい、メソメソするなよ、救出作戦はこれからだぞ。お前も協力するんだろう? そんなことで大丈夫なのか?」
「……め、メソメソなんてしてねえし。……ふん、シンヤこそ、ホントに大丈夫なんだろな?」
いつまでもカティがそんな様子では調子が狂うため、挑発するように励ましの言葉をかける。
それに意地を張って反発したのか、あるいは真也の意図を汲み取ったのか、カティは強がるように言い返す。
「愚問だな。まあ、とにかく今は情報を整理しよう」
カティの言葉を一言で切って捨て、昨夜に彼女から聞き出した話を整理し、皆と確認していく。
「まず、昨日の昼頃、工房にシャロット達が来てリーサを強引に連れ去った。それをカティは隠れて見ていた訳だな?」
「……ぁぁ」
「何情けない顔してるんだ? 隠れていたいたことは恥ずべきことじゃあない。むしろ最良の判断だった」
「……え?」
「お前が見つからず、情報を集めて俺に教えたからこそ、救出作戦を立てられるんだろう? それに、シャロットにお前がリーサの仲間と知られると、関係を知られている俺までそう思われる。それを防げたことも成果だな。相手に敵と知られていなければ、救出はかなりやりやすいだろう。お前の行動は何も間違っていなかった、自信を持っていいんだぞ?」
カティは何も出来なかった自分を責めている様子であったため、真也はすかさずフォローを入れておく。
そして、目に見えて表情が明るくなったカティに説明を引き継ぐよう促すと、少しだけ自信を持った様子で話し出した。
「アタシはその後、〈気配〉で隠れながら天馬騎士の連中をつけたんだ。奴ら、リーサを馬車に押し込めて王都に帰るって話してた」
「ペガサスは体重の軽い女性や子供を一人しか乗せられないから、馬車でリーサちゃんを連れて行くってことかな?」
「ああ、だろうな。馬車ならグラネルに来るまで三日。一日経っているが、まだ後二日はある。時間は十分だ」
秀介の推測に真也が同意の言葉を返す。
「カティ、その後はどうやって俺のところに来たんだ?」
「アタシはそれから、すぐに川を上る荷船に忍び込んだんだ。夜にこの街に着いて、必死にシンヤのことを探し回ったんだけど……全然見つからなくて……」
密航は、体が小さく〈気配〉スキルが高いカティだからこそ出来た荒業なのだろう。
しかし、街は広く、夜中に短時間で旅人一人を探し出すのは不可能な筈だ。
「でも、疲れ切って座り込んでたら、見たこともないオッサンが、聞いてもないのにシンヤの居場所を教えてくれたんだ」
「……なるほどな」
確実に昨日の盗賊だろう。
真也がどう動くのかを見て、リーサとの関係を確かめる気なのかも知れない。
「でも、それなら、リーサさんも船ですぐに連れて行かれちゃうんじゃないですか?」
「いや、川を上る船は、〈テイマー〉が調教した水棲モンスターに曳かせる形になるから、揺れが酷いし安全性も悪い。要人を運ぶには適さないんだろう」
瑠璃羽の疑問の声に真也が答えると、乗鞍が補足情報を話し出す。
「リーサさんの父親は行方不明の今でも名目上、公爵家の当主だそうです。なので、貴族の流儀に則った扱いをしなくてはならず、彼女を船などの粗雑な手段で移動させると角が立つのでしょう。権力争いが熾烈な時勢なので、ちょっとしたことでも政敵に付け入られる隙は作りたくないでしょうね」
取り敢えず、まだ時間的余裕はあることを確認した。
「馬車なら、街道を通っているところを襲撃するか? 周りは麦の藪で簡単に潜めるし、真也が道にトラップでも張って足止めも出来るんじゃないか? ……いや、相手は天馬騎士団だったな。忘れてくれ」
「藪に隠れても空からなら見つかってしまいそうですし、そもそも、機動力の高い敵を開けた場所で相手にするのは利口とは言えませんね。ここは、泊まるであろう街道の途中にある宿で、深夜にひっそりと行動を起こすことが最良かと」
秀介と乗鞍が襲撃地点についての意見を言ってきたが、真也はそれに頷かない。
「いや、リーサを助け出す場所はもう決めている」
訝しげな視線を向ける二人に、真也は不敵な笑みを浮かべる。
「奪還地点はここだ」
真也はそう言うと、ストレージからアイテムを取り出し、皆の前に置いた。
「これは?」
羊皮紙を丸めた書状を見て、秀介が疑問の声を上げた。
「グラネルの領主に対して彼の友好貴族が書いた紹介状だ。そいつを使って領主の屋敷に潜入する。シャロット達は領主への挨拶のため確実にそこへ寄るだろう」
真也が周囲の顔を見回すと、皆、緊張した面持ちだった。
「救出作戦の舞台は〈穀倉都市グラネル〉、その領主の居城だ」




