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5話 盗賊協定

ラーメンを食べながらも会話は続いた。

昼間休憩は一時間しかないので食事のみに時間を取ってはいられない為だ。

全員が軽い自己紹介を済ませると、ちょうどラーメンも食べ終えていた。


基本的に余り関わりたくない部類のキャラと言える人しか居らず、冷や汗が垂れる。

口汚いマッチョな元米軍兵、ギークなフランス人、中華のボンボン小皇帝、アングリーコリアン、即物的バカ、メンヘラ、それとヒムタク。

もう帰っていいですかという面子だが、自分も同レベルで嫌なヤツだからここにいるのかも知れないと気付いてしまった。

恐らく自分はダブスタ陰険高慢ちきとでも言ったところだろう。


「じゃあ、本題いきましょっか」


日村の言葉に皆の目付きが変わる。


「皆で情報交換してきましょう」


そう言って口を閉じる日村。

もちろん皆黙ったままだ。

仕切ってるのならオマエが最初に話せよ、といった視線が大量に突き刺さる。

情報は欲しいが自分は出したくない、という余りに甘い考えなのだろうか。

情報交換はギブアンドテイク、それぐらい分かっているだろうに、あわよくば、とでも考えているのかもしれない。

皆からの批難の視線に、日村はしょうがないといった様子で話し出す。


「ああ、オレは資金を調達してから露店を見て回ったが、なんか胡散臭いヤツらばかりだったから武器屋で一番いい装備を買った」


意外に堅実な選択をする人物のようだ。

だが少しだけ違和感を感じる。

短い間だけれど日村の人物像は大まかにだが掴めていた。

日村は自分を頭がいいと思っている自信過剰の節がある。

その感覚からすると、露店で上手い買い物をしてやろう、自分なら出来る、といった根拠の無い自信を持って露店に挑戦していたとしてもおかしくはない筈なので、少し不思議に感じた。

こういった勘のようなものは的外れなことも多いが、意外とバカにできないものなので心の片隅に留め置いておく。


資金の調達という話は船の上でスリをしたことだろう。この場では暗黙の了解らしく、皆なにも言わない。


「それからはフィールドに出てレベル上げだ」


そう言うと、オレの話はもう終わりだ、とでも言うように押し黙ってしまった。


ばかばかしい。

そう言って鼻で笑いたかったが、何とか堪える。


見事に具体的な情報を何も出していない。

こんな表面的な話をされたら、皆も有用な情報を出し渋るだろう。

それはこの会合の主旨に反している。

情報交換とは信頼関係が全てだ。

実りのある情報交換をしたいのであれば、自分から出し惜しみのない態度で望むべきだろう。

更に、よりにもよって主催者が信頼される気がないとは、全くもってお話にならない。論外だ。


ため息をつきたい気持ちを抑え、口を出すことにする。

相手がそれなら、こちらもそれなりの対応をすればいい話だ。


「まず、何の武器を買ったんですか?」

「……ランク5の直剣だ」

「それだけですか?」

「……ああ、そういや短剣も買ってたな」


日村は少しだけ迷惑そうな表情をして答える。

何か尋問のようになってしまったがこの際仕方がない。

どうやらこの場で嘘をつかない程度の良識は持ち合わせているようだ。

積極的に話す気は毛頭無いようだが。


「で、どこのフィールドで狩りをしました?」

「町の西側から出て直ぐの平原だ」

「モンスターはどうでした?」

「アングリーチキンとか言うどデカいニワトリだよ」


日村は真也の質問攻勢に観念したのか、ようやく自主的に情報を吐き出し始める。


「結構強くてな、盗賊の攻撃力じゃあしっかり当てても直剣で2、3回、短剣で4、5回かかる。敵の攻撃は10回も食らえばお陀仏。店売り最強装備なのにこれだ。突進はかなり回避しやすいが、接近戦になると意外にてこずる。特に攻撃を当てた後の反撃を貰うことが多くて参っちゃうね。盗賊は〈技術〉と〈素早さ〉が高いから回避余裕って言ってると、〈攻撃力〉と〈防御力〉の低さに足下すくわれるって話だ」


通常の店売り最強装備では案外苦戦するらしい。

だが自分には関係の無い話だろう。

一撃で倒せば反撃など受けないのだ。

改めてタルジュ・シャムシールの有用性を実感する。

まあ、攻撃力補正値が倍以上あるのだから当然の話だ。


そして、この日村の発言を聞いて数名が眉をひそめている。

その理由はある程度予想がつくため、今は捨て置く。


「それで、レベルはどこまで上がりました?」

「……5だよ」


武器の分、少し効率が悪かったのだろう。


「なあ、オレばかりが話しちゃフェアじゃないだろう」


何か聞かれたくないことでもあるのか、怒涛の質問攻勢を遮られた。

まだオマエのターンは終わってないぜ! とか言ってやりたかったが、それは少々厳しい。

堪忍袋の緒のライフはもうゼロだろう。

これ以上どつき回すと怒り出すこと請け合いなので、日村からの情報収集にはさっさと見切りをつける。


「そうですね。じゃあ次は私が話しましょう。何か気になることがあれば遠慮なく質問して下さいね」


日村にあれだけ質問したのだ。

自分も受け付けることを示しその正当性を演出する。


「まず、信用優先で武器屋に寄りました。そこで私も一番高い装備を揃えて東の草原でアングリーチキンと戦ってました。武器は曲剣を選んだんですが流れるような動作がスタイリッシュで中々いいですよ」


嘘はついていない。

日村の話の影に隠れ、皆が勝手にランク5の武器を買ったと勘違いをするだけだ。

木を隠すなら森の中、情報を隠すなら情報の中だ。

秘密を隠すのは沈黙じゃあない。

秘密があることを悟らせないことこそが重要なのだ。


と言うのも、今、タルジュ・シャムシールの存在を明かすことは危険だからだ。

それこそ殺してでも奪い取る、という選択肢を取られてしまいかねない。


「草原は効率が悪いですね。索敵にばかり時間を取られてしまいますよ。スキルの〈気配lv1〉を取ったら少しはマシになったので、レベルは7まで行けましたけどね」


もちろん事実しか言ってない。

ただ、レベル7まで行けた理由の一つをついうっかり言い忘れてしまっただけだ。

嘘をついてなければ後々バレたときにも責められにくいし、しらばっくれられる。


「スキル構成は〈ピックポケットlv5〉〈剣術lv1〉〈気配lv1〉で、〈ピックポケット〉のレベルが5になったとき、ストレージ内のアイテムも低確率だが盗める、と書かれていたので参考にどうぞ」


どうせ皆も直ぐに知るであろう情報を、恩着せがましく伝えておく。


「ああ、そういえばモンスターから〈ピックポケット〉をするのを忘れてしまったことが少し気がかりです。私、小数点以下の僅かな可能性でもあれば、盗めるまで盗み続けてしまう性分なので、今結構後悔しています」


小さな笑いが部屋に広がる。

外国人にまで伝わって内心少し驚く。ファミ痛の罪はとても重いようだ。

笑いを取ることで空気を軽くし、話の締めとした。


質問は来ない。

それも当然だろう。

あらかじめ質問されそうなことには全て言及し、事前に潰しておいたのだ。

質問する余地が無いので、当然質問をされない情報公開となる。

するとあら不思議、持っている全ての情報を誠実に話したかのような印象になりましたとさ。

実情は全く違うが。


「ああ、それと後一つ。露店には偽物の武器が大量に出回っているようなので注意して下さい」


追加で反応の良さそうな爆弾を投下しておく。

表情が変わった者が数名。

先程の日村の話のとき、眉をひそめていた連中と顔ぶれは同じ。

まず間違いなく露店で武器を買った人達だ。

どうせ未鑑定な装備の説明文に書かれた攻撃力補正値と実際の攻撃力補正値で食い違いがあるのだろう。聞かなくても反応で分かる。


その後の皆の報告は、口が重そうに話された露店商に騙された人らの話や、代わり映えのない草原でのレベル上げの話、スキルのレベルを上げたときの情報が少々といったところだった。

有用な情報は盗賊プレイヤー達の動向程度だったが、ゲームが始まってまだ半日だ。その程度が限界だろう。


それに、この会合の本質はこれからだ、という確信があった。


「じゃあ、一通り情報交換も終わったところで重要な提案があります」


日村が切り出す。


「みんなにはプレイ動画のアップを少し待ってほしい」

「はあ? 何でだよ? 動画を上げなきゃ広告料はもらえねーんだぞ!」


皆がざわつき、即物的なバカといった印象のプレイヤーが即座に噛みついた。


「理由はあるからとにかく聞いて。まず、オレらの置かれた状況からだ。」


日村がそう言って周囲を見回すとざわついていた皆が黙り込む。


「オレらが最初の船の上でやった〈ピックポケット〉なんだが、実はまだ誰にもバレてない。理由は皆が根こそぎパクったからで、オレら以外のプレイヤー達は初期装備も準備金も無いのがデフォルトだと思い込んじまったみたいだ」


先程の秀介との電話で恨み言を言われなかった理由に納得し、同時に、よくもまあ取り残しを出さなかったものだ、と呆れ半分で感心してしまう。


「不親切だ、鬼畜仕様だ、と文句を垂れてゼロからの金策に勤しむプレイヤー達は見ていてケッサクだが、それがオレらのせいだと知れたらどうなる?」


日村は回りを見渡し、一呼吸置いてから口を開く。


「まず間違いなく盗賊狩りが始まるぞ」


盗みを働いて恨まれるのは当然のことだ。

復讐されることぐらい分かっていただろうに、盗賊プレイヤー達の表情は渋い。


「そしてそれがバレるタイミングはいつだ?」

「……盗賊プレイヤーがプレイ動画を上げたとき」


誰かが呟いた。


「そう、その通り。じゃあどうすべきか? もちろん盗賊狩りで生き残れる力を手に入れなきゃならんだろ。その為には時間が必要だ。だから一週間、プレイ動画を上げるのを皆で見送ろうって話だ」


一週間、それはクロスト2の義務であるプレイ動画投稿に設けてもいいインターバルの最大期間。

最低でも一週間に一度は投稿しなければプレイヤーは失格となってしまう。

だからどう足掻いても盗賊に残された準備時間は最大で一週間という訳だ。


これは乗るべき、ではなく乗らなければ不味い提案だ。

当然皆乗ってくるだろうと予想したのだが、


「ちょっと待て、ワタシ、その話、乗ってやってもいい」


一人のプレイヤーが口を挟んだ。

確かeスポーツのチャンピオンであることを鼻に掛けている高慢なアジア人だったな、とその人物像を思い出す。

正直、この提案に対してどうして上から目線になれるのかが不思議でならない。

因みに、片言なのは彼ら外国人勢がスマホの最新同時通訳アプリを使っている為だ。

一般に流通している翻訳機なので違和感があるが、クロスト2の中で行われる自動通訳は完璧に細かいニュアンスまで訳せるらしく、彼らもゲームでは支障は全く無いそうだ。


「でも、条件が、ある。ワタシ、正当な、分け前を、貰う権利がある」


そのプレイヤー曰く、盗賊以外の人数から盗賊の人数を割って考えると、盗賊一人につき10万ゴールドは船の上で盗めていた筈だが、自分はそれよりは少ない額しか盗めていないとし、公平な分配を主張しているようだ。


チャンスを生かせなかった負け犬の遠吠えだ、としか思えなかった。

だが、その不満は盗賊プレイヤー達の多くに広がり、少ない額しか盗めていないと思われるプレイヤーが騒ぎだした。

黙り込むのは自分が多く盗んだと言っているようなものなので、とりあえず「まあ、不公正ですよね」と、しれっとした顔で言っておく。


あっという間に喧騒に包まれる室内を、真也は冷めた目線で眺める。


この流れは良くない。

そもそも誰がどれだけ多く盗んだかなんて、本人しか知らないのだ。

自分からそれを白状する奴なんていない。

他にも知る方法はあるが、それは盗賊プレイヤーのプレイ動画を見ることであり、今はその動画公開をしない為の話し合いなので本末転倒である。


それに、もうある程度使われてしまった金を分配するのは無理があるだろう。

真也など、もう20万近くも使い込んでしまっている。

この話は纏まる訳がない。

そう判断した真也は直ぐに動き出す。


「この取り決めに対する皆さんの考えは全くもって甘いと言わざるを得ませんね。今はそんな話で揉めている場合ではない筈です」


少しだけ挑発的な発言をして、注目を集める。

そして話の間や抑揚を意識して、スピーチでもするかのように話し出す。


「準備時間が無くても、どうせ他の街に逃げればいいとでも考えているのでしょう?

ですが、それは難しいと思いますよ。

ゲームの中で我々が居る場所はいわば始まりの街、ここから移動しても今より強いモンスターの出る場所しか無いですよね。

そこへ、低レベルのまま向かうんですか?」


全員が押し黙り、話を聞く姿勢になった。


「我々の現状は、皆さんが考えているものよりも、恐らくずっと悪い。


初期装備が無く準備金のみという始まり。

その準備金をストレージではなく服の腰ひもに括り付けられていた状況。

盗賊の初期獲得可能スキルが〈ピックポケット〉のみということ。

わざわざログイン後に、数多くの初期スキルを盗賊以外のプレイヤーに選ばせたこと。

〈ピックポケット〉のご丁寧な説明文。

逃げ場の無い街。


全てを纏めると見えてくるものがありますよね。

明らかに誰かの意図を感じませんか?

もうこれは既に、シナリオと言ってもいいくらいです」


「それじゃあオレたちは……」という誰かの声を遮り、断言する。


「そう、我々は運営に担がれたんですよ。ゲームを盛り上げる悪役、いえ、やられ役にね」


それは憶測で、当たっているかは分からない。

そもそも実際の運営の意図なんてプレイヤーには分かる筈がない。だが、だからこそ、皆が憶測を真実だと思い込めば、その憶測は真実と遜色ない影響力を持つことになる。


「我々が負けることを望まれている。

確実に分の悪い戦いになるでしょう。

そして武器屋で聞いたのですが、この街は商人が中心で盗賊行為には厳しいそうです。

敵に回るでしょうね、NPC達も。

彼らと戦うにせよ逃げるにせよ、私達にはどうしてもレベルを上げる時間が必要なんです。

そしてこの取り決めは、その時間を稼ぐ最初で最後のチャンス。

皆さんは協力せざるを得ないんですよ。

そしてどうせなら、我々で運営の企みをひっくり返してみようとは思いませんか?」


苦々しげだった皆の顔に僅かな希望の色が灯る。


「何か、策があるのか?」

「いいえ、現段階ではノープランです。

ですが、この協定がその一歩目となることは誰の目に見ても明らかだと、私は思います」


既に聴衆の顔はチャレンジャーのそれとなっていた。

厳しい現状を突きつけ、そこに少しの希望を投げ込む。

人は簡単に煽動されるものだ。

だが、これでやっと話が纏まる。


「では、まとめさせて貰います」


話の主導権を奪われたのが気に食わないのか、少し日村の顔が険しい。

日村が纏められなかった話を纏めてやったんだから、むしろ感謝して欲しいぐらいだ、と思い無視する。


「一つ、今から一週間はプレイ動画投稿を自粛する。

二つ、効率的なレベル上げに関する情報を共有する。

三つ、この会合の内容と存在を第三者に秘匿する。

この三点をもって、"盗賊協定”とさせて貰いますが、よろしいですか?」


反論は誰からも来なかった。

これから一週間、どこまでのことが出来るかが盗賊達の命運を左右することとなるであろう。


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ブーメランが定期的に射出されるのおもろすぎるww
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