45話 招待状
日が暮れ始めた時間帯。
街道周辺の麦穂に夕日が反射し、正しく黄金の輝きが周囲一帯を埋め尽くす。
真也達一行はまばゆいばかりの光景に目を細めつつ、遠くにそびえる城壁を眺めた。
あと少し歩けば、そこはもう〈穀倉都市グラネル〉である。
イートゥスを出発してから3日目の夕方、ついに真也達は次の街の目前まで辿り着いていた。
「わぁ……素敵なところですね……」
感嘆のため息でも漏れそうな程感動した様子を見せる瑠璃羽。
「わたし、こういう場所にお友達と一緒に旅行するの、夢だったんです!」
「……やっぱり今まで旅行とかは行けなかったの?」
心底楽しそうな笑顔を向ける瑠璃羽に真也は少し不憫な気持ちになってしまう。
「いえ、行ったことありますよ。前に一回だけ、恵子先生が無理して連れて行ってくれたんです!」
「へえ、恵子先生がね……。いい先生だね」
「はいっ!」
家族ではなく主治医の先生が旅行に連れて行く、という少し不自然な状況が気に掛かった真也だが、恐らく何か家庭の事情があるのだろうと考え、無闇に触れることはしないでおく。
ウキウキとした足取りで歩く瑠璃羽を見て穏やかな気持ちになりつつ、真也は秀介に話掛ける。
「牧歌的な場所で平和そうだが、領主にはどんな悪い噂があるんだ?」
「なんでも、商人と結託して麦の出荷を制限して値を釣り上げようとしているだとか、街周辺の麦を焼き払ってもっとカネになる作物の農園にしようとしているだとか」
「どっちも麦の値は上がるだろうから、この街周辺の庶民はたまったもんじゃあない話だな」
「禁制の薬草類を大規模に栽培しようとしているだとか、根も葉もない噂もあるね。就任直後、いきなり税の割合を引き上げたみたいだから、悪い噂が後を絶たないみたい」
「領民の反感なんて全く気にしないタイプか」
「この世界じゃ麦を売っても大した儲けにならないから、グラネルは余り税収の多くない街らしくてね、なりふり構ってられないのかもしれないねえ」
「でも、そんな奴の領主就任がよく認められたな。この国の王は悪政を嫌う人物だろうに。なんせ、前作の主人公だろ」
真也達のいる国はこの大陸最大の版図を誇るアルスター王国であり、そこを治めるのは前作の主人公、アベル・アルスターである。
NPC達に少し話を聞けば分かることだったので、その情報はゲームが開始されてからすぐに判明していた。
前作のシナリオは自由度が高く、多くのルートが用意されており、それによってエンディング後の主人公の立場は大きく変わる。
アベルはアルスター王家の直系であったが、幼いころに母親が失脚させられた影響で市井に紛れて育てられ、やがて冒険者となる。
そこがゲームの始まりであり、その後は様々な方向性を自由に選べる。
主人公の出自など完全に無視して冒険者として大成したり、戦争で活躍して英雄になったり、はたまた盗賊ギルドの頭領に君臨したり、多様なシナリオが用意されている。
ただ、エンディング後にアルスター王国の国王となるシナリオは一つだけだ。
前作のメインシナリオで、多くの仲間の協力を得ながら国を纏め、世界中のモンスターを活発化させていた所謂ラスボスを倒して英雄になる、という王道シナリオだ。
捻りのないシナリオだが、捻くれたシナリオは他のルートにあるので、メインとしてはそれで十分だったのだろう。
とにかく、この世界は前作のメインシナリオのエンディングから繋がった世界であるということだ。
この国には前作主人公という正義感の強い聡明な国王がいる筈であった。
「それでも、国の腐敗は止められないみたいだね。元々国として末期だったのか、それともアベルの国王としての資質に問題があったのか」
「王侯貴族は権力闘争に夢中と聞いたな」
「らしいね。王党派と諸侯派に別れてギスギスしてるってイートゥスの商人達が言ってたし、アベルも手が回っていないんだろうなあ」
アルスター王国の内部事情について話をしつつ〈穀倉都市グラネル〉の中へと入り、本日の宿を探すのだった。
その日の夜。
ホテルの自室にて真也は、秀介と共に三澄の動画を見ていた。
〈岩垣の海岸〉の奥地へと進んで行く三澄一行。
今回は一つのパーティではなく、かなりの大人数だ。
狩場の深部に行くにつれて増える統率されたモンスターに対抗するため、6つのパーティによるレイドとでも言うような布陣を敷いている。
そのお陰でローテーションが組めるため、押し寄せる大量のモンスターにも消耗を最低限とする戦い方が出来ていた。
やがて、狩場の地面が白砂から岩盤へと変わり、三方向を海で囲われた広場が見えてくる。
どうやら最奥部に辿り着いたようだ。
その岩盤には、〈ティアークラブ〉がひしめいており、中心には雑魚の二倍程は大きいカニ型モンスターが居座っている。
「サイボーグっぽいから、やっぱり同系統のボスだよな」
「だろうな」
秀介が言ったように、ここのボスモンスターも〈白夢の森〉にいたボスと同様、鉄板やらネジ、パイプなどが体表から飛び出していた。
レンジャーの〈識別〉による情報では、名前が〈FANGクラブ〉でレベルは25。
ステータスやその他の情報の読み取りは出来ないようだ。
『雑魚を頼む』
三澄の指示で、瀧上ら魔法職達による範囲魔法の一斉掃射が始まりボスの周囲にいた雑魚を消し飛ばした。
その後、突入した前衛職によって乱戦が展開される。
海から〈ティアークラブ〉の増援が押し寄せるが、三澄らも頭数が多いので問題なく処理でき、ボスの〈FANGクラブ〉も、しばらくすると三澄の斬撃の下に沈んだ。
そして、ドロップアイテムはやはり〈FANGコア〉だった。
それを自分のストレージにしまった三澄が宣言する。
『事前にしておいた取り決めは、ボスドロップを皆の共有物とし、取り敢えずはとどめを刺した人物が所持しておく、だったな。取り敢えずは私が持っておくが、これは皆の物であるから安心して欲しい』
ボスとの戦闘においても、三澄は大活躍だった。
高威力の騎士剣は雑魚を一撃で薙ぎ払えるため、邪魔してくる取り巻きを手早く片付けることが可能で、ボスに攻撃するチャンスも多かった。
その上、与えるダメージも多いため、経験値も動画的な見せ場も三澄が掻っ攫っていったように見える。
「これじゃ不満が溜まっていざこざが起きるんじゃない?」
「いや、まだ問題はなさそうだ」
秀介が疑問の声を上げたが、真也はそれを否定した。
『武器のお陰で自分ばかりが目立ってしまって申し訳ないが、皆で一刻も早く一之瀬真也に追いつかなくてはならない。その為に、今だけは、抜けがけのような状況になってしまっていることを許してくれ。後で必ず埋め合わせはする。とにかく、今は一之瀬の一人勝ち状態だけは防ごう』
三澄が皆へ演説するように語った内容は、案の定、真也に不満の矛先を向けるものであった。
皆が皆、完全に乗せられている訳ではないが、集団としての意思は真也に対抗することに纏まっているようで、不和は表面化しなかった。
「ていのいいスケープゴートにされてんのな、お前」
「はははっ、だが、それが通用するのは今だけだ」
「おお、コワイコワイ」
真也の嘲笑うような発言に、秀介は茶化すように身震いをした。
翌日の動画を見ると更にもう一つの狩場でボスを倒していて、その次の日には何やら変わった事態が起きていた。
朝、三澄の泊まっている宿に領主の使いを名乗る男が訪れたのだ。
『ミスミ殿ですね。わたくしはマイヤー子爵様に仕える者でございます。子爵様が貴殿の率いる冒険者一行と、是非ともお会いになりたいとおっしゃられております』
マイヤー子爵というと、〈港湾都市イートゥス〉の現領主であり、前作でアベルの仲間になるキャラクターの一人。
そんな人物から三澄のパーティ全員への招待状が届いたのだった。




