43話 旅路
リーサの工房を出た真也は〈港湾都市イートゥス〉の外門へと向かった。
そこがパーティメンバーとの集合地点であり、秀介と乗鞍は既に待っていたようだ。
談笑している二人の様子は特に問題なさそうで、軋轢などは感じられない。
秀介は誰とでも上手くやっていける性格であり、乗鞍も訳なく喧嘩腰になるような人物ではなさそうなので不和は起こり難いだろう。
真也は二人と適当な挨拶を交わして話の中に入った。
「ルリハちゃんはまだ来てないみたいだな」
「おや、噂をすれば、ちょうど今来たようですね」
しばらく世間話を続けていると、少し離れた所にローブを纏って大きな木の杖を持っている瑠璃羽の姿が確認出来た。
何やら数人と会話をしているようで、微かに会話が聞こえて来る。
「本当に大丈夫なの? ルリハちゃんは色々と素直過ぎるから、わたしゃ心配だよ」
「だじょうぶですよ女将さん! 安心できる人と一緒なんです!」
「う~ん、大丈夫かねぇ……いつでもウチに戻って来ていいんだからね」
「はい! ありがとうございます!」
宿の従業員達がこんなところまで見送りに来ているようだ。
それを見た乗鞍がポツリと呟く。
「随分と好かれてますねえ」
「一週間程度働いただけなのにな。彼女の人柄のなせる業なんだろう」
「いえいえ、一之瀬さんの話ですよ」
「……ああ」
「彼女のファンに恨まれるでしょうに、そんな危ない橋をよく渡りますねえ。わたくしにはとてもとても真似の出来ない行為です。さわらぬ神に祟りなしと言いますしね」
「……放っておけ」
そんな会話をしていると、瑠璃羽がこちらに気付きパタパタと早足で駆け寄って来た。
「ご、ごめんなさい! お待たせしてしまいました!」
「まだ待ち合わせの時間じゃあないし、気にしなくても全然大丈夫」
慌てた様子で謝る瑠璃羽に、真也は気楽な言葉を掛けて宥める。
「それでも気が引けるというか……」
瑠璃羽はそれでも気にした様子を見せるので、真也は微笑みながら少し甘い口調で語る。
「心配しなくてもいいよ。俺も、今来たところだから」
「へ?……あっ、そ、そうですか、ありがとうございます……なんか、その言い方ってちょっと恋び……あっ!? いえ!! なんでもないです!!」
顔を赤くしながらわたわたと誤魔化す瑠璃羽。
「またそんなことをして……」
「いやはや、炎上商法というものですね」
秀介に呆れた視線を向けられ、乗鞍にはわざとらしく感心した言葉を掛けられたが、真也は極力気にしないことにして涼しげな表情を作るのだった。
「真也さんのお友達の秀介さんですよね」
「そうそう、宜しくねルリハちゃん」
「はい! よろしくお願いします!」
満面の笑みで挨拶する瑠璃羽に、秀介は優しい笑みで返す。
秀介のことは瑠璃羽も真也の動画を見て知っていたのであろう。
「えっと、乗鞍さんの下のお名前は――」
「ああ、わたくしのことは乗鞍でいいです」
「そうですか? わかりました乗鞍さん、よろしくお願いします!」
瑠璃羽のファンはこのゲームを見に来ていると言うより、彼女自身を見に来ているようなものなので、自分の動画の視聴者として取り込むことは難しい。
乗鞍にとってあまり関わりたいプレイヤーではないのかも知れない。
だが、少々事務的な態度で接する乗鞍にも瑠璃羽は明るい笑顔を向けているので問題はなさそうだ。
簡単な挨拶をしながら街を出た真也達は、街道を北上して行く。
それは、大陸の南端にある〈港湾都市イートゥス〉から大陸の中心付近に位置する王都へと繋がるルートだ。
そのルートに並走する大河を船で遡上すれば陸路より大分早く移動出来るが、ゲーム的にはレベルを上げながら間にある街を巡るべきだろう。
直近の街で騎士団用の装備を売り払う必要もあるため、先ずはそこを目指す。
イートゥス周辺の草原は大分落ち着きを取り戻しており、モンスターは散発的にしか襲って来ない。
真也達は悠々と敵を蹴散らし進んで行くが、それでもフィールドが広大なせいで移動には結構な時間が掛かった。
そして、正午が近付いてきた辺りの時間。
およそ半日掛けて街道を歩くと、周辺の景色ががらりと変わった。
「うわぁ! すごい! 見わたす限りぜんぶ金色ですよ!」
瑠璃羽が感嘆の声を上げた原因は、街道の周囲一面を麦の穂が埋め尽くしている風景であった。
「ここは大陸有数の穀倉地帯だからね。なんでも季節に関わらず一年中収穫出来る麦が自生しているらしいよ」
秀介が事前に調べていた情報を話す。
「何と言うか、随分と都合の良いファンタジーな設定だな」
「まあ、どんなに貧しいNPCでも最低限の食事は取れるようにする措置だろうねえ」
「だろうなあ」
観光気分で街道を歩いていたが、すぐにここがモンスターのいるフィールドだということを思い出させられる。
「右から3匹近付いてるぞ、麦の群生地の中を移動しているみたいだ」
〈気配〉によって敵を察知した真也が警告を飛ばす。
それを聞いた瑠璃羽が魔法スキルを使用した。
彼女の周囲に白光の魔法陣が展開し、少しタイムラグをおいてから魔法が発動する。
「アタックエイド!」
瑠璃羽がスキル名を口にすると、赤い光が真也を包む。
それは対象一人の〈攻撃力〉を上昇させる補助魔法だ。
ここに来るまでの草原では回復魔法を使う場面が増える戦い方をして、1だった瑠璃羽のレベルを9にまで上げていた。
その為、彼女はある程度の補助魔法で戦闘をサポート出来るようになっている。
補助魔法でも戦闘に参加すれば経験値はそこそこ配分されるため、これからは瑠璃羽のレベルも順調に上がっていくだろう。
「来るぞ!」
近付いて来たモンスターを迎撃するため、真也はストレージからランク7の〈騎士剣〉を取り出す。
もちろん、それを装備しても真也はまともに戦えないだろう。
武器の要求攻撃力を満たしていないため、手に持つだけで〈素早さ〉にマイナス補正が掛かってしまう上、そもそも〈騎士剣〉を扱う為のスキルを持っていない。
だがそれでも使い用はある。
麦の藪に隠れて近付くモンスターがその外へと飛び出す直前、真也は〈投擲〉を使い、〈騎士剣〉を背負い投げの要領で投げ付けた。
剣が重いため投げるときは隙だらけだが、会敵前に投げてしまえば問題はない。
そして、投げられた〈騎士剣〉はその重量と高い攻撃力にふさわしい威力を出した。
藪の中を駆けていたモンスター1匹に直撃し、その体を吹き飛ばす。
残りの2匹が藪から飛び出して来るが、真也と秀介で対応可能だ。
敵は狐のようなモンスターで、麦穂の保護色となっているため少々見づらい。
なので外さないようしっかりと引き付けてからシャムシールで斬り払ったが、一撃では死ななかった。
だが、氷属性のお陰で〈素早さ〉が低下した敵の反撃は〈受け流し〉で対処出来たため、すぐさまとどめを刺す。
もう1匹を確認すると、攻撃力と防御力上昇の補助魔法を受けた秀介が雷光を迸らせた剣を振るい、乗鞍の弓によるアシストを受けながら問題なさそうに戦っている。
そちらは任せ、真也は最初に吹き飛ばした1匹に対処した。
「やっぱりエリアが変わると結構敵が強くなるね」
「シャムシールを使っても一撃で倒せなくなったのは少し痛いな。次の街に近付くに連れて、もっと強いモンスターが出るかも知れないし、慎重になった方が良さそうだ」
敵の全滅を確認すると、その強さを指摘した秀介に真也が同意した。
「今のモンスターの詳細は〈鑑定〉で分かるのか?」
「ええ、分かりましたよ」
事前に調べていてある程度の情報は持っていた真也だが、〈鑑定〉で分かる詳細なデータを知りたくて、乗鞍に尋ねた。
「ですが、ここで言う訳にはいきません」
「……そうか」
それはある程度予想出来た答えだった。
「一之瀬さんや海堂さんの動画をご視聴中の皆さん、わたくしの動画もご一緒に見て頂ければ、得られる情報が格段に増えて、より楽しめると思いますよ」
「……図々しい奴だ」
乗鞍はちゃっかりと視聴者に向けた宣伝を行っていた。
自分の職業特性を活かした中々と有効な手段だ。
パーティメンバーですら情報が欲しければ乗鞍の動画を見るしかないのだろう。
後で確認すればいいか、と諦めた真也は再び街道を歩き出す。
「そういえば、これから行く街はどんなところなんですか?」
「今向かってるのは〈穀倉都市グラネル〉。周辺の肥沃な土地に自生する麦を大規模に採集することで成り立つのどかな街だよ。でも、今は少し問題がありそうだね」
瑠璃羽の質問に秀介が解説を始める。
「何かあったんですか?」
「最近、領主が代わったらしいいんだ。ソイツが余り評判のいい奴じゃないんだよ」
「そうなんですか……」
少し考える表情になった瑠璃羽だったが、少しすると何やら期待の眼差しを真也に向ける。
「真也さんって、義賊さんなんですよね?」
「……どうだろうね」
明らかに勧善懲悪な展開を望んでいそうな瑠璃羽から多大なプレッシャーを受ける真也。
まあ、なるようにしかならないだろう、と適当に受け流す。
「因みに、俺は金策もレベル上げもせずに2日目からこの世界の情報を集めてたから、もっと色々知りたければ過去の動画を見てくれ」
「……秀介、お前もか」
視聴者に向けて明らかな宣伝をしだした秀介に、真也は苦笑いを隠せなかった。
その後、真也達が時々現れるモンスターを倒しつつ街道の先へと進んでいると、前方を行く馬車の一団が見えてきた。
「あ! あの人知り合いです!」
それを見た瑠璃羽が声を上げる。
「ルリハちゃんの働いていた宿に泊まってた商人とか?」
「はい! わたしをスカウトしてくれたお客さんです!」
「……ああ、例の人か」
前方の馬車の御者席には、いかにも悪徳商人といった風貌の男が座っていたのだった。




