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41話 スニーキングミッション

ゲーム内時間で7日目の午後。

三澄のグループは一度5人程のパーティに分かれ、〈港湾都市イートゥス〉周辺の狩場攻略を手分けして始めていた。


三澄のパーティは、攻防のバランスが取れた〈騎士〉の三澄、技術と素早さ重視の二刀流軽戦士〈軽業士〉、女性専用職で素早さや精神力が高めの槍使い〈ヴァルキリー〉、索敵や探索要員で弓使いの〈レンジャー〉、そして、瀧上のパーティから引き抜いた、攻撃魔法と回復魔法の両方が使える魔法職〈セージ〉の5人組で構成される。


〈セージ〉の男は、瀧上の戦い方に最も不満を持っていた人物だ。

回復魔法が使える代わりに攻撃魔法が〈ウィザード〉などの攻撃魔法専門職より劣る〈セージ〉という職業では、回復魔法を活かし辛い魔法職パーティに向いていなかったので、彼の瀧上パーティ離脱も仕方がない結果だったのだろう。


そんな三澄パーティの攻略している狩場は、イートゥスから西の方向にある〈岩垣の海岸〉。

大量に並んだそびえる程の巨岩が壁の様な役割を果たし、入り組んだ通路のような構造になっていることと、歩き難い白砂の足場が特徴のフィールドだ。


〈岩垣の海岸〉でも〈白夢の森〉と同様、モンスターが活発化しており、その行動に変化が起きているらしい。

恐らくここにもボスが出現しているのだろう。

三澄達の目的はそのボスの討伐だ。


草原での集団戦闘によってレベルは20に届きそうな程に高められているため、それ程苦戦はせずに狩場の奥へと進んで行く。


そのパーティの背後、彼らの視界に入らない程の後方に〈気配〉を使い岩陰に隠れながら追跡する人影が一つ。

三澄のパーティが〈岩垣の海岸〉を攻略するという情報を前日の動画で知った真也が、小細工をする為に張り付いているのだ。


真也は三澄パーティの〈レンジャー〉よりも〈気配〉の能力が圧倒的に高いため、スキルで見つけられる心配は余りない。

なので、三澄らの視界の範囲に入らないことだけに集中している。

視界に入っても気付かれない、では不味い。

それでは後から動画を見た視聴者に、真也の行動がバレてしまう可能性が高いからだ。


プレイ動画は、プレイヤー視点とプレイヤーの後ろからの第三者視点の両方で撮影されるため、プレイヤーが見ている方向だけに気をつければいい訳ではない。

そのため三澄らからは見えない程の距離を取り、〈気配〉で場所を探りつつ〈眼力〉で遠くから様子を窺っていた。


現在、三澄達はカニ型のモンスター〈ティアークラブ〉三匹と戦闘を開始した。

三澄達はかなりバランスの取れたパーティとなっているお陰か、今まで危なげのない戦い方をしてきている。


先ず、〈レンジャー〉の索敵で予め敵を察知し、会敵すると〈セージ〉の小範囲魔法でモンスターグループ全体のHPを削る。

その後、〈騎士〉〈軽業士〉〈ヴァルキリー〉の前衛職達が突撃しモンスターと交戦する。

そして前衛職達の戦闘を、後方から〈レンジャー〉の弓と〈セージ〉の単体攻撃魔法、回復魔法で支援するという隙のない布陣である。


三澄達のそのような戦闘を、真也はここへ来るまでに何度も見ていた。

なので今回の戦闘は観察することなく、その時間を利用する。


真也は三澄達の通った道を逸れ、高い〈素早さ〉に物を言わせ砂浜を疾走した。

途中で出会う〈ティアークラブ〉などのモンスターは、駆け抜けざまに鎧袖一触で斬り捨てて行く。

硬い殻を持つモンスターなので、甲羅を切っても一撃では倒せない可能性があるが、関節や口元に狙いを定めれば何も問題はなかった。

〈岩垣の海岸〉のモンスターは〈白夢の森〉のモンスターよりも少し質が落ちる程度の敵なので、真也にとっては大した障害にならない。


ある程度の距離を駆け抜けると、巨岩に囲まれた浜辺といういかにも冒険的な雰囲気がある場所にたどり着いた。

〈気配〉で周辺を捜索すると、真也のいる浜辺へと近付いて来る5人組が確認出来た。

NPC冒険者達は儲かる草原のモンスター狩りに掛かりきりとなっていて、周辺の狩場に来る様な物好きは殆どいない。

まず間違いなく、モンスターとの戦闘を終えて探索を再開した三澄のパーティだろう。

真也は、三澄らの進行方向の先へ、彼らとは別の大回りとなるルートを駆け抜けて先回りしたのだった。


〈気配〉で探知出来るということは、ある程度距離が近いということだ。

直に三澄達と鉢合わせしてしまうだろう。

それでは今まで隠れて来た意味がないので、真也は急いで舞台を整える作業に掛かった。


前日の午後と今日の午前中を使って用意した物をアイテムストレージから取り出し、周囲にばら撒いていく。

重点的にばら撒く場所は、浜辺の波打ち際。

ある程度小道具を散りばめ終えると、つぎは大道具だ。

極々自然に見えるように大きめの演出用アイテムを配置していき、物を配置した中心付近に、今回の主役である舞台装置を設置した。


そして、波打ち際に配置したそれらのアイテムに海水や砂をかけ、その場に馴染ませる工作を終える。

その時にはもう、三澄達が直ぐにでもこの浜辺へとたどり着きそうな程に近付いていたので、真也は慌てて身を隠す。

巨岩の陰にあった窪み、浜辺の方向からは一切見えないその場所に隠れ、念の為に岩の保護色である灰色の布を被った。


その状態で少し待つと、やがて砂地を歩く集団の足音が聞こえてくる。


「雰囲気あるロケーションだな」

「おお! いい感じな所だ!」

「へえ、素敵じゃない」


〈レンジャー〉の男と〈軽業士〉の男、それと〈ヴァルキリー〉の女の声だ。

大岩に閉ざされた浜辺という、少し自然の神秘を感じさせる場所を気に入ったようである。

〈レンジャー〉は〈気配〉スキルで真也に気付くことが出来ていないようだ。

〈気配〉は相手が物理的に身を隠していると探知能力が落ちる上、そもそも彼と真也ではステータスと〈気配〉のスキルレベルに差があるので、会話が聞こえる程の距離にいたとしても気付けなくて当然と言える。


「作られたフィールドなんだし、多少綺麗な場所があっても当たり前だろう」


歓声上げる仲間達に、〈セージ〉の男は少し斜に構えた言動をした。


「なあ、あれは漂流物か?」


そこに、景色よりも気になる物を見つけたのか、〈レンジャー〉が指摘をした。


「そうだな、風景を演出するオブジェクトの可能性もあるが、何かいいアイテムが拾える可能性もありそうだ。取り敢えず調べてみよう」


三澄がそう答えると、彼らの足音は更に真也のいる場所へと近付く。


「難破船の漂流物、といったところか」


真也が波打ち際に散りばめた物を見たのであろう三澄はそう判断したようだ。

そしてそれは真也の思惑通りの反応である。


真也がばら撒いた演出用小道具は、船の廃材であった木片だ。

配置した大道具はタルや木箱、そして船の面影を残す廃材であった。


「っ!? おい! あれ! もしかして宝箱じゃないのか!?」


真也の仕掛けた舞台の中心に〈軽業士〉が気付いたようだ。


「待て、このゲームで宝箱が発見されたのは始めてだ。罠が仕掛けられているかも知れない」

「いや、〈識別〉した限りでは、難破船に積まれていたもので罠はなさそうだ。俺が開けてみよう」


警戒する三澄に〈レンジャー〉が答える。

〈識別〉は〈レンジャー〉の取得出来るスキルだ。

〈商人〉の〈鑑定〉に似ているが、〈鑑定〉よりも得られる情報が少ない代わりに視界に入っているアイテムを複数同時に調べられる探索向きのスキルである。


宝箱に罠なんて仕掛けていないからさっさと開けろ、と真也が思っていると、慎重に宝箱の蓋が開けられる音がする。


「おお! 剣が入っているぞ!」


〈軽業士〉が嬉しそうな声を上げた。


「騎士剣か。これは、かなり性能がいいな」

「一之瀬が持っていた曲剣よりもか?」

「いや、流石にそこまでではない。向こうはランク9の剣だが、これはランク7のようだ」

「ランク7か。まあ、店で買えるものより2も高いことを考えれば、かなりいいものだろう」

「落胆することはない。これは武器の大カテゴリーが〈大剣〉で小カテゴリーが〈騎士剣〉、一之瀬の〈曲剣〉より攻撃力が高いカテゴリーの武器種。三澄さんが使えばあのシャムシール並に高い威力も出そうだ」


〈レンジャー〉が三澄に〈識別〉の結果を説明する。


「難破した商船に積まれていた商品のようだ。持ち主はもういなそうだから貰ってもいいだろう」

「ああ、そうだな」


ただ、〈レンジャー〉の〈識別〉結果には間違いが混ざっていた。

剣の性能の説明は正しいが、その来歴は完全に間違っている。


宝箱に仕込まれた騎士剣は、真也が貴族街区から盗んできた装備の中の一本だ。

そのことは〈識別〉で分かる筈の情報だが、真也の小細工によって商船に積まれていたものと誤認させている。


その手口は、〈偽装〉のスキルを騎士剣に使用したというものだ。

〈偽装〉は、対象の情報を操作するスキル。

今までは真也自身のステータスを対象とし、盗賊ではなく剣士であるように見せかける為だけに使用していた。

だが、何も〈偽装〉は自分のステータスを偽るだけのスキルではないのだ。

当然見破られる危険性はあるが、レベルが20にも達していない〈レンジャー〉に真也の〈偽装〉を見抜くのは不可能だろう。


「それにしても、ちょっと趣味が悪い装飾じゃない?」

「たしかにゴテゴテとした悪趣味な見た目だな。だが、性能はいいから気にしなければいい」


〈ヴァルキリー〉の指摘に三澄は仕方がないといった口調で答えた。

三澄らは、その騎士剣が貴族街区から盗まれたものだと全く疑っていないようだ。


だがそれも仕方のないことだろう。

盗賊達のプレイ動画に映っていた、騎士団専属工房で作られる実用的でシンプルな騎士剣とは見た目が全く違うからだ。


外見でバレないよう、真也はそこにも細工を加えていた。

〈港湾都市イートゥス〉の鍛冶師にカネを握らせ、装飾を加工させたのだ。

良い武器を作る腕などないが、外見だけを取り繕うことは日常的に行っているクズ鍛冶師に依頼をしたのである。

武器の見かけだけを変える作業は上手いものだった。

もちろん、通報されても困らないよう、顔を隠した上で依頼をしたため、鍛冶師に裏切られても真也に危険は及ばない。


「騎士剣を扱えるのは私だけだから、昨日の取り決め通り、使わせて貰うが構わないか?」


三澄のパーティは、取得アイテムを極力公平に分配する取り決めとなっている。

誰か一人しか使えない装備が手に入った場合、そのプレイヤーが装備を貰い、他のプレイヤーに金銭的な補償をする、というルールを事前に作っていた。


「……まあ、そういう決まりだったから、そうするのが筋だよな……」


だが、〈軽業士〉の同意は少々歯切れの悪いものであった。

現在の状況では、カネを貰うよりも強い武器を手に入れた方が圧倒的に得であるため仕方がない反応だろう。


その後全員から同意を得た三澄は、騎士剣を装備し、攻略を再開するため狩場の奥へと進んで行った。


宝箱に罠はない。

だがその中身は、遅効性の毒物と言える。

三澄はしばらくしてから気付くだろう。

この宝箱が、ある意味ミミックであったことを。


種は撒いた。

後は芽が出るのを気長に待つとしよう。

そんなことを考えた真也は、三澄達への追跡を止めて〈岩垣の海岸〉から引き返すのであった。

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