40話 会談
ゲーム開始から8日目。
6日目と7日目は月曜日と火曜日であり、その曜日は完全休日となっていて、ゲームにはログイン出来ない。
当然ゲーム内時間は進まないので、ゲーム内では実質的に6日目である。
その日の午前中、前回と同様に秀介とのレベル上げで時間を使った真也は、正午近くにログアウトをした。
そして、昼食休憩の強制ログアウト時間を目前に、真也は他人のポットの前で佇む。
「どうも三澄さん」
「……昨日の意趣返しかな?」
ポットから出てきた三澄が、怪訝な表情で真也に問う。
「まさか、私は一人で堂々と来てるじゃあないですか」
「まるで集団で抗議した人物を非難するようないい口だ」
「どうでしょうね」
「昨日のことは仕方のない事態だっただろう」
「そうでしょうか? 三澄さんが扇動して人数を集めたようにも思えますが」
「ふう、言いがかりはよしてくれ。皆の不満が悪い方向に向かわないよう、私が纏めたというだけの話だ。一之瀬さんはこの会話を公開して私を悪者にでもしたいのか?」
「そういうつもりじゃあないですよ。ただ、私の持っている疑念をお伝えしたまでです」
「それは勘違いだと明言しておく」
あくまで自分は正しい行いしかやっていないという態度の三澄。
「では、勘違いを解消する為にも、少しだけお話させて貰ってもいいですかね? その方がお互いの為になるでしょう?」
「……」
自分の正当性を主張し、それを武器としている三澄には断り難い誘いをした。
元々、集団で一人を責めるという少々外聞の悪い行動をしたのだ。
この誘いを蹴った会話を公開されると、三澄の印象が悪くなることは避けられないだろう。
「分かった、少しだけ話をしようか。時間は余り取れないから食事のついでになるがいいか?」
「もちろん構いませんよ」
三澄の提案を了承した真也は、ホテルの食堂へと向かうのだった。
バイキングで料理を取った真也と三澄は、食堂の隅の方のテーブル席で向かい合って座った。
「先ず、集団で威圧するような行動になってしまったことについては謝罪したい」
最初に三澄が謝罪の言葉を口にしたが、その表情に申し訳なさは出ておらず、当然のことをしたまでだ、とでも言いたげな澄まし顔である。
明らかに真也が録音して公開することを見越した発言だ。
「だが、あの行動は一之瀬さんの為でもあったことを言っておく」
「私の為、ですか」
「そうだ。私が皆の不満を纏めたからこそ、貴方の悪行が告発されずに済んだ。そう考えられはしないか?」
「ははは、心にもないことを言いますね」
「それはお互い様だろう?」
そんな理屈が正しいとは三澄も思っていないだろう。
これは昨日の昼、真也が放火の件で屁理屈をこねたことに対する意趣返しだろう。
「元々、私を告発することは倫理的に難しかったでしょう」
意外と小さい男だ、と思いながら反論する真也。
「このゲームをプレイした人間なら、この世界の住人をたかがNPCなどとは絶対に思えない筈です」
それは感情移入して見ているような視聴者も同様だろう。
「そして今、世界的な問題としてAIの権利にナーバスになっていることは知っているでしょう? 最近はAIの権利保護団体なんてものも幅を効かせている。最先端のAIはそれだけ人間と同様の存在だと認識させる力がある。無実の少女が自分の行いを引き金として死に至るというのは、中々精神的に辛いものがあるでしょう」
「貴方は信じられないことに、その少女を人質に取って平然としているようだが」
「私は色々と覚悟をして行動してますからね」
「非人道的だとは思わないのか?」
「そう思われることも覚悟していますよ」
三澄の軽蔑するような視線を涼しげな表情で受け流す真也。
「昨日、夜のニュースは見たのか?」
「私の行動にCESが強い懸念を表明した、というニュースを世界各国の報道機関が放送した件ですね」
AIの権利保護団体、〈我思う故に我あり〉Cogito ergo sum略してCES。
自己の存在証明を自分が思考しているという事実を用いて証明した哲学者の名言から、自分でものを考えて感情まで持ち合わせる、肉体が無い以外は殆ど人間と変わらぬ存在、AIを人間と同等と見なし人権を与えるべきだ、と主張する団体である。
今はまだぎりぎりマイノリティだが、直にメインストリームなりそうな程の勢いがある。
それだけAIの人権問題は世界的にナイーブなものとなっているのだ。
だからこそ、運営は彼らに配慮せざるを得ない。
その為、ゲーム世界の中で暴れ過ぎないようプレイヤーは強制的な実名プレイとなっている。
プレイヤーはゲーム内の行動に社会的責任を負わされていると言えよう。
「一之瀬さんはこのゲームを潰すつもりか?」
「そんなつもりはないですね。事実、まだCESは懸念を表明しただけじゃあないですか。私の脅迫が実現しなければ問題はなさそうですね」
AIに対する理不尽な扱いにCESは黙っていないだろう。
CESが騒ぎ出せば、このゲームイベントへの熾烈な妨害や、問題を起こしたプレイヤーに対する長期的な嫌がらせが起きるかも知れない。
だがCESは元々、クロスストーリーズオンラインのプロジェクトに賛同している。
AI達で社会が完結している箱庭を作る、という部分がAIの人間性を広めるものになると考えた為らしい。
真也の行動、罪の無いAIに非道な行いを仄めかしたことは、そんなCESに真っ向から喧嘩を売るようなものだ。
真也の脅迫に関わりたいプレイヤーなどいないだろう。
倫理的な重圧と社会的な汚名、だれがそんな泥を被ってまで真也を告発するのか。
それも、いつリタイアになるか分からず、大金が手に入る保証は無い中でだ。
更に、プレイ動画の炎上マーケティングとしても余り有効とは言えない。告発したプレイヤーの動画には、特に面白い出来事など起きないのだから、一時的に再生数が増えたとしても、長期的に見れば明らかに損の方が大きい。常に炎上するような泥沼に突き進んで行く覚悟があるのなら話は別であるが。
そんな覚悟があるなら盗賊といううってつけの職業がある。
だが、彼らが告発する可能性を取り除くため、真也は盗賊達を全滅させた。
そして、一番得をするのは告発しなかったプレイヤーだ。
自分は被害を受けず、真也という邪魔者が居なくなるという理想の立場。
汚名を被り告発したプレイヤーより、何もしなかったプレイヤーの方が得をするのでは割に合わないだろう。
三澄が何もしなくとも、告発など起こらなかった筈である。
「CESが懸念を表明するだけで済まなかった場合はどうするつもりだったんだ?」
「その時は脅迫を取り消しましたよ。今、そんなつもりはないですがね」
「自分が退場した後のゲームならどうなっても構わないということか。なんて自分勝手な」
「どう思って貰っても結構ですよ」
「貴方と話しても埒が明かない。一体何の為にこの場を設けたのか理解に苦しむよ」
「ただ一対一で話がしてみたかった。理由がそれだけでは不服ですか?」
「ふぅ、時間の無駄だったようだ。私はここで失礼させて貰う」
そう言って席を立った三澄は、彼の仲間のいるテーブルの方へと去って行く。
三澄は徒労感を感じていたようだが、真也にとっては有用な時間であった。
元々真也の目的としては、この程度の会話で十分だったのだ。
前準備はある程度終わった。
そう考えた真也は、去っていく三澄の背中に不穏な視線を向けるのだった。




